溢れ出す不信感
あの日からリングロッドさんの顔がなんとなく見れない。
あっちから歩み寄ってくることはないのだから、仲良くなるには自分から動くしかないのは分かっている。けど頑なじゃないと言い張る頑なな態度を思い出すと、らしくもなく躊躇ってしまう。
もう一度仲良くなれるきっかけを作るには、もう美味しい料理しかない。屋台料理をダシにまた距離を縮めなければ。
だからティリオロ大司教に次の外出をお願いしたいのに、のらりくらりと躱し続けられている。んー、もやもやが溜まるなぁ。私の話は聞かないくせに、彼は自分の話は押し通そうとする。
「茶会に招待されている?」
ティリオロ大司教の取り繕った笑顔の下から不機嫌さが滲み出ている。それに恐る恐る聞き返した。
「ええ、エフェルミア王家の方々からどうしてもとお話を受けまして」
「そうなんですか」
ティリオロ大司教は長い溜め息を吐く。
「王家の方々のたっての希望なので仕方がありません。どうか参加していただけませんか」
「それは、いいですけど」
伺うように見つめる私になにかを感じたのか、ティリオロ大司教の顔から笑みが消え、黄金の瞳が顔を覗かせた。
「またなにか隠してることありません? この間みたいにいきなり夜会に参加させられたりするのはもう勘弁ですからね」
「聖女様は私を疑っていらっしゃるのですか」
真顔のティリオロ大司教がじっと見つめてくる。ニコニコ微笑んでいるときは人の良さそうな感じしかしないのに、真顔になるとどこか底知れなさを感じてしまう。
「疑ってるわけじゃないですけど、でも……」
「私が貴女様に一度でも不義を働いたことなどありましたでしょうか。こんなにも日々貴女様に心を砕いているというのに」
その嘆いてみせる様が大袈裟に感じて、眉を顰める。なんか嘘臭いけど、他の聖騎士たちの前でそこまで言われたら言い返すこともできず、渋々頷き返す。
「あ、でも、いい加減外出の件についてははっきりさせてください。許可をください。それができないのならファラウンドさんに会わせてください」
「聖女様」
宥めるような、嫌に優しい声で呼ばれた。
「先の外出の件、有耶無耶にしてしまいましたが、お忘れじゃありませんよね?」
声とちぐはぐな、表情の消え失せた顔。ギラギラの黄金の瞳だけが威圧するように輝いている。
「僭越ながら申し上げますと、我が教団は危うく女神の御子たる聖女様を失うところだったのですよ」
「……そうだったかな? ただ迷子になっただけじゃないですか」
「すっとぼけませんよう。今度は一体どこに行こうというのです」
「こないだ食べられなかったお菓子とか、あとフィンデ揚げも食べ損ねてます。それにまだまだ他にも美味しそうなものがいっぱいあって……」
ぜひともリングロッドさんに教わりながらブラブラしたい。口から出かけた不純な動機を慌てて飲み込む。
「美味な料理をご所望だというならば、料理人たちに伝えておきましょう」
「そういうことじゃないんですよ」
明らかに煙に巻こうとしている態度に、つい尖った声が出る。
「ずっとここに一日中いるのもしんどいんですよ? 私、毎日祝福して頑張ってるでしょう? どうしてたまの一日くらい、自由にさせてくれないんですか」
「聖女様、私の目を見てください」
なんの脈絡もなく、突然肩を掴まれた。
「痛っ……」
「いいですか、聖女様。貴女様には重要なお役目があります。そのように自由に振る舞える時間など残されておりません。じきに騎士を選んで神殿へと赴いて頂かなければならないのです。その辺の自覚はお持ちですか?」
「それはわかってます。でも、神殿に行かなければならないのなら尚更、今のうちにしたいことさせてくれてもいいじゃないですか」
「いいや、わかっておられない」
ティリオロ大司教が身を乗り出してくる。影になった顔に黄金色の瞳だけが異様に輝いている。いつも丁寧に撫で付けられている髪が一筋ハラリと落ちてきて、不穏な影を濃くした。
「わかっていたらそんな言葉など出てくるはずがない。貴女はただ、言われた通りに振る舞っていたらいい!」
絞り出すように紡がれた言葉の強さに、思わず目を見開いた。
「……失礼いたしました」
大司教は腰を下ろすと、なにもなかったかのようにニコリと再び微笑んだ。
「検討しておきましょう。私から教皇様に献言しておきます。ですから面会は不要ですよ。それよりまずは茶会への出席を」
「……ハイ」
頭の中に霞がかかる。
溺れるような焦燥と息苦しさを覚えて、喉を抑えた。
後日、指定された日時に王城へと向かう。
夜会のときの反省を受けて、今度はワンピースタイプの比較的簡素なドレスにしてもらった。今日は珍しく同じ馬車にティリオロ大司教が乗っていて、ニコニコと人のいい笑みを浮かべながらカーテンの隙間から窓の外を伺っている。
「珍しいですね」
私から話しかけられると思っていなかったのか、一拍おいて大司教はこっちを向いた。
「ティリオロ大司教も参加するんですか」
「ええ、参加というか、まぁ……」
歯切れ悪く答えると、ニコリと誤魔化すように微笑まれた。
「どうしたんですか? いつもは騎士さんたちに任せっきりなのに」
観察するようにジロジロと眺めても、大司教は笑顔を崩さない。
「どうかお気になさらず。聖女様が健やかに過ごされていらっしゃるのか、この目で確かめたいと思っただけですので」
ティリオロ大司教はニコニコと微笑んでいる。
それ以上会話することもなく、静かに馬車は進んでいった。




