冷めた騎士
「聖女様、護衛の騎士を連れてきました」
明くる日、ティリオロ大司教が複数の騎士を連れて部屋へとやってきた。その後ろに控えるのは、ずらりと並んだ見事に糸目の騎士様たち。
この世界で崇められている女神テルメンディルは、艷やかな黒髪が美しい糸目の女神だ。
遥か昔、この世界を創った全知全能の神イシルヴァラは人間の愚かさに絶望して世界ごと破壊しようとしたらしい。その危機を救ったのが女神テルメンディルといわれている。
テルメンディルの美貌に惚れ込んだイシルヴァラは女神の懇願を聞き届け、女神は見事この世界の平穏を取り戻した。
なんだかなぁといったこの世界の神話だが、それでテルメディア教がここまで布教できているのだから、人の心はわからないものである。まぁそれで女神に似た容姿を持つ者が持て囃されているらしいから、この騎士たちも見目の良い者を揃えたということなのだろう。私がここで敬われているのも女神様様だ。
それにいずれの騎士たちもスラリとした背に体格が良く、男性としての色気に溢れているのは事実。その顔は一様に糸目で、皆ニコニコと微笑んでいる。
……私は自分の糸目は好きだが、好みのタイプは糸目ではない。好きな人は好きなのだろうと思うが、生憎と私のタイプは王道なイケメンだ。
というわけで少しがっかりしながらずらりと並んだ糸目の騎士たちを眺めていると、一番端に一人だけ彫りの深い騎士が並んでいるのに気づいた。
程良く引き締まった体は他の騎士よりやや筋肉質で、背も高い。サラリと流れる髪は艶のあるアイスブルーで、白磁の肌に整った眉目、鼻筋はスッと通っている。薄い唇は真っ直ぐに結ばれていて、ニコニコしている他の騎士たちとはどこか様子が違っている。
なにより目を惹かれたのは、夜明けの空を切り取ったような、ごく淡い赤紫の混ざったような瞳。冷めきった感情を良く映しているその瞳は、なによりも目を奪われた。
「聖女様の護衛に選ばれて光栄です。トーリン・トッドです。お見知りおきを」
「私はネイミス・ダンと申します」
「この度は……」
騎士たちは次々に名乗りを上げてくる。
最後の彫りの深い美形騎士は一拍おいて、ポツリと「リングロッドです」と、それだけ呟いた。
派手な彩色に見合わず、寡黙な人なのか。それともその瞳に浮かぶ冷めた色を見ると、皆が持て囃す聖女には興味無いというところか。
「この者たちが聖女様を守る騎士となります。今後ミンタティルの丘の神殿まで随行する騎士を選んで頂きますが、まずは交代で護衛に当たらせて頂きたく」
ティリオロ神官はニコリと微笑んだ。
「いずれの者も敬虔なる信徒であり、またその騎士としての技量も充分な者ばかり。聖女様のお好きに選んでくだされば結構ですので」
なにだか含みのある言い方だな。お好きに、だなんてどういう意味だろう?
これだけ同じような糸目ばかり揃えておいて、まるで美形を寄せ集めましたとでも言わんばかりだ。そもそも、こんなことされたって私は帰らなければ――。
「聖女様」
いつの間にかティリオロ大司教に目を覗き込まれていた。黄金色に輝くその瞳が、真っ直ぐに向けられている。
「聖女様はなにも難しいことを考える必要はないのです。貴女様はただ、平穏を祈ればいい」
「そう……そうですね。わかりました」
私は祈るためにここにいる。祈るくらい簡単だ。
あとはお気に入りの騎士を見つけて、平穏な世の中を安穏と生きればいい。
「それでは聖女様、早速朝のお務めに参りましょうか」
ティリオロ大司教が手を振ると、四人の騎士を残して残りの騎士たちは蜘蛛の子を蹴散らすように、サッと消えていった。
「朝のお務めとは?」
「大聖堂で平穏を祈っていただきます」
そうか、祈ればいいのか。
コクリと頷くと、大司教はまた人の良い笑みを滲ませた。
「それでは向かいましょう。こちらです」
促されるがまま、私は立ち上がった。
私のいる建物から内部の廊下を伝って行くと、タティルブラディア大聖堂内へと出る。世界宗教であるテルメディア教の大本部というだけあって、荘厳な雰囲気の漂う厳しい聖堂だ。内部も見たことのない複雑な造りで、すぐにどこを歩いているのかわからなくなった。
キョロキョロとそこかしこに飾られているステンドグラスや天井画、なにかの象徴のような生き物像に見とれていると、いつの間にか祭壇へと着いていた。
「さぁ聖女様、ここに」
大司教に呼ばれ、祭壇へと近づく。
祭壇の向こうには黒い艷やかな石で作られた、私そっくりの女性の像があった。
「祈りを」
大司教に促され、途方に暮れる。
祈れ、祈れと言われたって、その宗教によって祈り方も違うだろうに。そもそも私はあっちでは無宗教で――。
「聖女様のお好きにしていただいていいのですよ。ただ、平穏を祈っていただければ」
押し殺したように言われて、黄金色の瞳が向けられる。それに余計な思考が取り払われて、促されるままに両膝を地面につけ、像を見上げて両手を結ぶ。
「女神様……」
平穏をお願いします。
これで、いいのかな?
たぶん合っていたのだろう、なにやら私の周りをキラキラと光が煌めき始めた。ダイヤモンドダストのように綺麗だ。……ちょっと埃が光ってるようにも見えるけど。
「おお……」
「これは……」
うしろから感嘆の溜息が漏れてきた。
「やはり女神の御子……なんと素晴らしい聖女の力か」
感動に打ち震えているらしいティリオロ大司教の声。
早々に膝が痛くなって、私は立ち上がった。
「これで大丈夫でしょうか」
「なんと素晴らしいお力でしょう!」
「このような暖かな力は感じたことがありません」
「お祈りなさる聖女様のお姿も……」
大司教をはじめ、ついてきていた護衛の騎士たちも口々に褒めてくれる。
遠巻きに見ていた聖職者らしきローブ姿の人々もざわめいている。
その中で唯一反応が薄いのがやっぱりリングロッドという彫りの深いイケメン騎士だ。彼をジッと見つめていたことに気づかれたのか、温度の無い冷めた瞳は私を避けるように、すぐに長い睫毛の影に伏せられて見えなくなる。
「聖女様、お見事でした。さて、あまりお姿を見せられていては混乱を招きましょう。そろそろ退出を」
大司教に促され、チラチラと睫毛を伏せたリングロッドさんを伺いながらも、私は大聖堂内を後にした。