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泣き虫イケメンの正体

 

 フィラナが立ち去っていったあともひっきりなしに人が押し寄せては、入れ替わり立ち替わり話しかけられる状況が続いていた。

 うん、もういいだろう。そろそろ一度避難させてほしい。少し外の空気が吸いたい。

 足の痛みやコルセットの締め付けに加え、室内のこもった空気に様々な香水や芳香剤の香りも混ざり、気分まで悪くなってきた。

 護衛騎士たちに一人になりたい旨を伝えてバルコニーへと滑り込む。追いかけてくる人をアデハルドさんたちが止めるのを尻目に、私は手すりに掴まってようやく深く息を吐きだした。

 中の喧騒が嘘のように、外は静かで空気も冷たい。その空気を吸い込むように、深呼吸を繰り返す。が、いかんせんコルセットでガチガチに締めてしまっているために、いくら繰り返したところで空気を取り込めた気がしない。

 ……ちょっとだけ、もう弛めたい。

 ドレスが崩れてしまうけど、あとでサネリかモネリに言ってまた直してもらえばいい。胸元を少し強引に引っ張ろうとして、バルコニーから庭へとつながる階段に気づく。人目のつかないところに移動するかと細いヒールを乱暴に脱いで手に持つと、足先の解放感に一息つきながら階段を降りることにした。








 階段の先には小洒落た散歩道に繋がっているようだった。その道の先に立派な噴水があるのを見つけて、よろよろと歩み寄る。


「……あれ」


 途中で歩みが止まる。噴水の向こう側のベンチに、誰かいる。


「……っ聖女、様?」


 俯いていた人物は私の立てた物音に振り向き様に立ち上がると、はっと目を見開いた。


「どうしてこんなところに……?」

「あ……お邪魔するつもりはなくて」


 その目尻に溜まった涙を見て咄嗟に目を逸らす。誰だか知らないが来ちゃいけない場面に鉢合わせてしまったみたいだ。

 慌てて立ち去ろうと踵を返すが、数歩行った先でうしろから手を掴まれた。


「お待ちください! あの、このことはどうか内密にしていただけませんか」


 絞るような声で懇願されて、怪訝に思って振り返る。

 涙に濡れた、ガラス玉のような綺麗な青。金髪の髪を乱した年若い青年のその美しい瞳に、なんとなく思い出す顔があった。


「……もしかして王子様、ですか?」


 エフェルミア王国第三王子、だったかな。なんちゃって糸目疑いの王子様だ。たしかその王子様が綺麗な青い瞳をしていた。

 当てずっぽうで言ってみたけどどうやら合っていたようで、年若い青年は私の言葉に頷くと俯いてしまった。そのあまりに弱々しい様子に無碍にするわけにもいかず、渋々様子を尋ねてみることした。


「どうしてこんなところで泣いていたんですか」


 乱れた金髪に泣き腫らした赤い目元、涙に濡れた見事な二重。なんかただごとじゃない雰囲気だ。

 しっかりと掴まれた手が離れる気配もなく、それに若干顔の良さに吊られてしまったのもあり、促されるままにベンチへと腰を下ろす。


「それは、その……お恥ずかしながら……」


 第三王子は時折すすり声を上げながら、なんとか言葉を紡ぎだした。

 うーん、なんというか、顔面のキラキラしさも相まって私よりもよほど庇護欲がそそられる。相手は男性なのに負けた気がして複雑だ。


「僕は家族の中で、唯一糸目じゃなくてですね……」


 か細い声がポツリと漏らす。


「皆見事な糸目なのに、よりによってエフェルミア一族の僕だけがなんで糸目じゃないんだろうって考えるだけで……」


 僕だけがって……そうか? さっき話しかけられたフィラナにアルフィディル枢機卿、教皇ファラウンドやリングロッドさんだって糸目じゃない。

 他の貴族だって言わないだけで糸目を取り繕ったりしてる人もいるんじゃないの。


「家族からも、王家の血を引く者が糸目でないなど決して悟られてはならないって、重々念を押されているんです」


 ――ああ、そういうこと。心配しなくても吹聴とかそんな意地悪なことはしませんよ。


「大丈夫です、心配しないで。このことはここだけの秘密にしましょう」

「ありがとう、ございます」


 安心させるためにニコッと笑いかけてみたんだけども、ロイヤルイケメンの二重からは再びぽろぽろと涙が溢れ出てきてしまった。……すごい、イケメン王子様というだけで零す涙もなんだか高貴で美しく見えてくる。


「聖女様はかくも麗しいのに、御心の中まで本当にお美しい。こんなことで気弱になる自分が情けない……」

「そんなことないですよ。だから泣き止んで、ほらよしよーし」


 あまりにも目の前のロイヤルイケメンが弱々しく泣くものだから、つい子供をあやすみたいに頭をなでなでしてしまった。

 うおっ、めっちゃ手触りがいい。柔らかな金髪は見た目に違わずさらりと流れて、ついつい手にとって弄んでしまう。

 整った正統派な美貌といい、気弱に項垂れた態度といい、なんだか新しい扉を開いてしまいそうだ。

 悪い大人が純真な若者につけ込むような後ろめたさに、明後日に飛ばされそうな思考を無理やり目の前の問題へと戻す。


「その、別に糸目じゃなくたってよくないですか。キラキラしてるし、綺麗な目だと思いますよ、あなたの目。私はそっちの方がいいな。大体この国の人は糸目に拘りすぎなんですよ。そりゃ糸目を褒めてもらえるのはありがたいですけど」

「聖女様……」


 王子は碧眼にキラッキラのロイヤル涙をこれでもかと湛えて私を見上げていた。そのうるうるした破壊力抜群の顔面にうっとくる。

 ――ほんと、ため息をつきたくなるほど麗しい顔面だ。


「聖女様は僕が糸目でなくても気にしなくていいと、そう仰ったのですね」

「そうだね。自信をもってその顔面を自慢していいと思うよ」

「糸目じゃなくても?」

「むしろ糸目じゃなくていい。ぜひともリングロッドさんのふてぶてしいほどの堂々とした態度を見習ってほしい」


 あの好みどストライクのご尊顔を思い浮かべてうっとりとする。

 彫りの深い整った顔立ちに、どこまでもストイックな佇まい。――うーん、やっぱりリングロッドさんが一番だね!


「聖女様は、僕を認めてくださるんだ」


 気づけば、涙でうるうる煌めいていた瞳が、パァァァと明るく希望に満ちたような輝きに変わっていた。


「誰も認めてくれなかった僕を、王家の恥晒しだと家族でさえ蔑む僕を、聖女様はそのままでいいと受け入れてくれるんだ!」


 麗しい王子様は、その美貌を朱く染めながらおずおずと私の手を両手で包み込むように握り締めてきた。


「今日この日を、僕は一生忘れることはないでしょう……! 他の誰でもない、女神の御子たる聖女様にありのままの僕を認めてもらえた。ああ、僕はなんて幸せ者なんだ!」


 王子様が感極まったようにぐいっと私の手を引き寄せた、そのとき。


「その手を離していただきたい」


 突然聞こえた身も凍るような声に、背筋をヒュッと悪寒が駆け抜ける。

 微塵も気配を感じさせず、いつの間にか私たち二人の間にリングロッドさんが割り込んでいた。


「女神の御子に迂闊にも近寄るなど、エフェルミア一族といえど許されることではありません。テルメナシュ王子、どうか手を離してはもらえませんか」


 リングロッドさんの体ごしによく見ると、王子の首元に護身用の短剣が突きつけられている。

 ……これって王族に対する不敬罪、じゃないよね? さっきとは違う意味で冷や汗がだらだらと吹き出してきた。


「リ、リングロッドさん……」

「あ、う……い、嫌だ」


 王子は震えながらも、なんでか引かなかった。


「なぜおまえにそんなことを言われなければならないんだ……」

「テルメナシュ王子」


 宥めるようなリングロッドさんを遮って、王子様は縋るように言い募った。


「だって聖女様は僕を認めてくれた。受け入れてくれた。この温もりは僕に与えられたもの。この手は僕に差し出されたもの! ならば僕はなにがあろうとも自ら手放すことなどない!」

「あくまで引かない、と」


 ぶるぶる子犬のように震えながらも、王子様は潤んだ瞳でキッとリングロッドさんを見上げる。その視線を受けてリングロッドさんの目がわずかに細められた。


「……残念です。王子、それではお覚悟を」

「ちょちょ、ちょーっとタンマ! ストップストーップ!」


 王族相手だというのにあっさりと短剣を振るおうとしているリングロッドさんに、死に物狂いで制止をかける。

 王子は王子で真っ青な顔に目蓋を閉じたまま、まるで覚悟を決めたように悲壮な顔で立ち竦んでいる。

 ――いや、覚悟を決める前に早く手を離そうよ。


「と、とりあえず王子様、手を離したほうがよくないですか」

「ナージュ、と」

「はい?」

「聖女様には是非ともナージュと呼ばれたい」


 ……。

 色々突っ込みたいのを我慢して、必死に王子に頼みこむ。聖女のご意向とやらには従ってくれるのか、ややあって握りこまれた手が離れていき、それと同時にリングロッドさんは短剣を下ろした。

 王子様は尻込みしながらも、恨みがましい目をリングロッドさんに注いでいる。その視線を受けてか、リングロッドさんは盾になるように私の目の前に立ち塞がった。ナージュに一言声をかけようと身を乗り出しても、頑としてその場所を譲ろうとせずに視界を遮ろうとしてくる。


「聖女様……」


 冴え渡る淡い赤紫に冷たい色を乗せて、リングロッドさんはじっと王子を観察している。その手にまだ短剣が握られたままなことに気づいて冷や汗がたらりと流れた。


「テルメナシュ王子……聖女様をこんなところに連れ込んで、二人きりで一体なにをなさろうと?」


 そんなに大きな声で話したわけでもないのに、リングロッドさんの声はよく響く。それにびくつきながらも、王子は青褪めた顔で言い返した。


「君には関係のないことだ。出しゃばらないでもらいたい。私はただ聖女様にお慰めをもらい、お情けをかけてもらっていただけだ」


 リングロッドさんがスッと目を細めた。弄ぶように持ち変えていた短剣を、右手に構え直す。

 その動作に制止をかけるべく、とっさに彼の右腕を抱え込む。

 いつもなら赤面もののかっこいい動作だったが、今は生憎とそんな甘い雰囲気は欠片もない。あるのは切り裂かれるような鋭い殺意だけだ。


「リングロッドさん、私たちはただ一緒にお話していただけでですね」

「僕は聖女様にお慰めをいただいて……!」

「王子。ちょっと黙って。話がややこしくなる」

「でも、」

「言い訳は私がするから」

「だって……」

「だってもクソもない。王子言い訳ヘタ……このままじゃなんか誤解を生みそうだから」

「クソって……聖女様がそんな汚い言葉使うなんて……」

「今そこに反応する? とにかく黙って、できるだけ遠くに逃げて」

「逃げるだなんてとんでもない! せっかくこうして聖女様と身も心も一つになろうというときに、ここから去るなんて!」


 命の危機を回避してやろうと頑張ってるにも関わらず、意を汲んでくれない王子に思わずイラッとする。


「いいから行って! これ以上ぐだぐだ言わない!」

「は……はいぃ!」


 リングロッドさんの前に回り込んで、視界から王子を消そうと試みる。

 その獲物を狙い定めるような目をやめて欲しい。心臓に悪すぎる(いろんな意味で)。


「あのー聖女様、またお会いできますよね?」


 まだ名残惜しそうに振り返ってきた王子に思わず半眼になった。

 ……王子様、お願いだから目の前の聖騎士の殺気に気づいてほしい。視線だけで殺せそうな目で見られてますからね!

 王子から注意を反らそうとリングロッドさんの視界の前で大きく手を振りかぶっていると、やっとその夜明けの瞳が私に向けられた。


「聖女様、なぜ騎士たちに声もかけずにお一人でバルコニーを降りられたのか」


 燃えるような淡い赤紫の瞳が、珍しく睨めつけるように私を見据えてきた。茶化した言い訳なんか通用しそうにないのが嫌でも伝わってくる。


「あ、あのですね……」


 あまりの迫力にしどろもどろだ。だってこんなに感情的なリングロッドさんなんて見たことない。


「テルメナシュ王子になにをされました?」


 こんなに威圧的なのも初めてで、その圧にたじろいでしまう。


「恐れることはありません。正直に話してください」

「いや恐れるっていうか……別になにをされたとかはなくて、偶然出会って向こうが一方的に……」

「一方的に」


 シン、と冷えきった空気の中でリングロッドさんの硬質な声がよく通る。絶対零度の声音が問い詰めるように繰り返した。

 茜のように燃える瞳が、逸らされることなく見開かれて向けられている。


「あの、二人の秘密の話なので、詳しくは言えないんですけど」

「二人の秘密、とは。あのクソ王子は一体なにを秘密にしろと強要したのでしょうか」

「それは言えないけど、でもただの……」

「言えないこと」

「いや、そうだけどそういう意味じゃなくて」


 あれ? なんか話が通じないな。

 話せば話すほどリングロッドさんを誤解させている気がする。王子のことを言い訳がヘタだと言ったけど、私も人のことを言えないかもしれない。

 とうとう彼は短剣を取り出してペチペチし出したので、余計に焦ってうまく言葉を紡げなくなる。どう説明したら伝わってくれるのか焦っていると、後ろから聞き覚えのある声がかけられて、天の助けとばかりに勢いよく振り返った。









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