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聖女の仕事

 

 本当はすぐにでもファラウンドさんに、次の外出の許可をもぎとりに行くつもりだった。だけど聖女の役目とやらが忙しくなって、そうもいかなくなってしまった。あれだけ暇だった私は、今は休む暇もないくらいにこきつかわれている。

 私は今、花びらに祝福をかけ続ける作業をしている。なんでかはよく分からない。次の祭りで使うためと言われたが、それ以上説明されなかったし詳しくも聞かなかった。

 とにかくそうしろって言われたから、その通りに今はひたすら祝福をかけ続けている。

 次々と運ばれてくる色とりどりの花びら。どこから出てきたのか問いつめたいような量が入れ替わり立ち替わり私の部屋に運ばれては、聖騎士たちが祝福のかかったものとそうでないものを交換していく。

 果ての見えない、気の遠くなるような作業。

 最初はキラキラ輝き出す花びらにはしゃぐ余裕もあった。けど今はただ、充分すぎるほどに見飽きた光景にうんざりだという感想しか出ない。祝福をかけるというたったそれだけの動作でも、延々と同じことを強要されるのはひどくつらい。

 それに普段私に激甘でべた褒めな聖騎士たちが、今はただの花びら運搬係になってしまったのがなんだか妙に寂しい。私は自分で思ってる以上に、彼らに依存気味なのかもしれない。


「ねえ、サネリ、モネリ」


 片手間に祝福をかけながらのぼんやりした呼びかけに、二人とも忙しない手を止めて、律儀に振り返ってきた。


「こないだの外出は楽しめたかな?」


 黙ってついてくるばかりだったから、ふと気になって尋ねてみたのだけれど、真っ青な四つの瞳はぱちくりと瞬きをすると、私を見返してきた。


「聖女様、折角のお気遣いですが」

「私たちは、聖女様に捧げられた存在」

「麗しき女神の御子たる聖女様、貴女様のためだけに私たちはここにいるのです」

「聖女様を差し置いて楽しむなど、言語道断」

「私たち自身が楽しいのかどうかなど、とるに足らないこと」

「全ては聖女様の御心のため」


 返ってきた予想外な言葉に、思わずポカンと口を開ける。二人は絶句している私に構うことなく、榛色の長い髪が床につきそうなほど深く頭を下げる。


「……それなのに、私たちは聖女様のお側を離れてしまいました」

「……その御心を乱すものから、お守りできませんでした」

「私たちは自身の役目が果たせなかった」

「私たちは聖女様のお役に立てなかった」


 そのまま二人とも、身を起こそうとしない。声色は常と変わらず、どんな表情をしているのか全く想像もつかない。


「ああ、麗しき女神の御子たる聖女様」

「貴女様の存在だけが」

「私たちの存在意義であるのです」

「私たちの全てであるのです」

「わ、わかった、わかったから。いい加減頭上げない?」


 二人は同時に頭を上げた。――別にいつもと変わらない。いつもの無表情。

 その言葉は私を至上の神と崇めているかのような、大仰なもの。でもそれがまるで幻だったのかのように、二人とも何事もなく業務に戻っていく……あまりの落差になにも返せなかった。








 それから私が突然姿を消した事実は、どうやら上手くもみ消されたようだった。……多分ね。誰もなにも言ってこないから、そう思っているけど、詳しいことはわからない。とにかくティリオロ大司教がなにも言ってこないってことは、きっと大丈夫ということなんだろう。

 あのハンチング帽のイケオジがどうにかしてくれたのかな? リングロッドさんと知り合いのようだったし、後始末をつけるとも言ってたし。

 ……それにあの突拍子もない出来事。突然どこかに飛ばされるなんてこと、あり得る? ……まぁそれは私だって毎朝お祈りで全身から光を放出させているわけだし、ありっちゃありなのかもしれないけども。

 色々と考えなきゃいけないことは沢山あるのに、あまり考え込みすぎるとそれらはちりぢりに散っていってしまう。


「聖女様、お疲れではないですか」


 ボーッとしていたら、いつの間にかティリオロ大司教が目の前にいた。どうやら面会の時間になっていたらしい。

 目の前の見事な笑顔を眺める。


「ええ、大丈夫です」

「それは良かった。麗しき女神の御子たる聖女様にこんな労働を強いるのも心苦しいのですが、数多の民が心待ちにしてます故」


 ふと、ティリオロ大司教は目を見開いた。


「ところで、先日の外出の件でちょっと小耳に挟んだのですが……聖女様は、途中で人混みに流されて護衛の元を離れてしまわれたのだとか」


 ドキッと鼓動が跳ねた。今さら尋ねられるなんて思ってなくて、ちょっと油断していた。

 ……手回しはどうなってるんだろう。

 アデハルドさんは誤魔化せるのか心配していたけど、私に直接聞くなんてやっぱりもみ消せなかったのだろうか。


「さぞかし心細かったでしょうね」

「……そうですね、でもリングロッドさんが見つけてくれたので」


 気遣うような声音で優しく手を握られる。


「なにか、御心を煩わせるようなことはありませんでしたか?」

「……いいえ。あ、でも」


 ティリオロ大司教の目はとても不思議だ。隠された糸目から現れる、光を放つような輝く黄金の瞳。力強く視線を奪われるような、エネルギーに満ちた眼差し。

 引き寄せられて、いつまでも見ていたくなる。


「結局、気になったお菓子が食べられなかったんですよ」

「……そうですか」

「リングロッドさん、あのお菓子ってなんて言うんですか」


 思わぬところから飛び火したリングロッドさんは一瞬目をぱちくりとさせたが、すぐに仏頂面に戻ってなんでもないことのように言った。


「……私も存じ上げませんが、あれは市井の婦女子に人気のものだと聞いています」

「そうなんだ! 見た目も可愛かったですもんね。どんな味なんだろう」

「聖女様。それは残念でしたね」


 ティリオロ大司教は再び優しげな笑みを浮かべ、立ち上がった。


「なんにせよ、少しお疲れのようですね。聖女様のお役目を果たすためにも、今日はもうゆっくりと休まれてください」

「ありがとうございます。そうさせてもらおうかな」


 笑みに笑みを返して、立ち去ろうとする大司教を見送る。そのついでにちらりと扉の所に立っているリングロッドさんを伺った。

 彼もまた常と変わらぬ無表情だが、急に変なパスを出してきた私を責めているのかなんなのか、鋭い視線で見返された。


「あっ、ティリオロ大司教」


 ちょうど出ていこうとした彼を呼び止めると、大司教は少し驚いたような顔で振り向いた。


「市場は美味しい食べ物がいっぱいあって、とても素敵でした。また近々外出しようと思います」


 ニコニコ笑顔のままの私に、ティリオロ大司教は目を見開いてじっと見つめてくる。


「聖女様、それは……」


 きっと否定される。そんな予感がして、私は咄嗟に無邪気を装っていた。


「楽しみだなぁ。今度はなにを食べましょう。よかったら次はティリオロ大司教も一緒に来ませんか?」

「……そうですね。考えておきます」


 一瞬ひくりと口角がひきつったような気がしたけど、見返したときにはいつもの笑顔で、今度こそ退出しようと腰を折られた。


「でもその話はいずれまた。今は降臨祭の準備に御心を捧げられますよう」

「はい。外出を励みにがんばりますね」

「……」


 一瞬変な間が空いたが、ティリオロ大司教はそれ以上なにも言わずに、頭を深く下げて退室していった。









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