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帰り道の内緒話

 

 男に触れられたと思ったら、先ほどまでサネリ・モネリや護衛の騎士たちと散策を楽しんでいたあの通りに戻ってきていた。

 目の前にはついさっき美味しそうだと呑気に眺めていた砂糖菓子のお店。

 微動だにしていないというのに一瞬で元の場所に戻ってきたのが信じられなくて、リングロッドさんに抱き上げられたまま呆けていた。

 ――ハンチング帽の男の素性を聞けなかった。彼はリングロッドさんと知り合いのようだった。


「お嬢様!」


 遠くからなのにアデハルドさんがすぐに気づいてくれて、周りもびっくりのものすごい勢いで駆け付けてくる。遅れてサネリ・モネリと他の騎士たちも駆け寄ってきた。


「ご無事ですか? 今までどこに!」


 真っ青な顔色で、アデハルドさんは飛びつかんばかりに突っ込んでくる。いつもの余裕さがなくって、よっぽど心配をかけていたんだと申し訳なくなる。すぐに声をかけようと口を開いたが、それをリングロッドさんに遮られた。


「どうも人混みに流されていたようだった」

「……え?」


 まさかのとんでもない言い訳をぶちかましてくれたリングロッドさんに、思わず目を剥く。


「はぁ? なに言ってんだお前」


 しれっとしたリングロッドさんに、後から追いついてきたケレアンが着いた早々に激昂している。

 リングロッドさんに対してあまり当たりがよくないケレアンだけど、この発言がさらに火に油を注いでしまったのか、怒りに糸目を歪ませている。


「あれは人混みに流されたとか、そんな暢気なご様子じゃなかった! 聖……お嬢様はまるで、突然消え去ったかのようにいなくなって、行方知らずになって……それを人混みに紛れていただけだと? ふざけるのもいい加減にしろ!」

「ふざけてなどいない。事実を言ったまでだ」


 リングロッドさんは唾を飛ばす勢いのケレアンに顔を顰めた。苦々しそうに眉根を寄せている様を見ると、自分でも苦しい言い訳だとわかっているに違いない。


「それに断りなく単独行動を起こして、残された僕たちがどれほど混乱したか!」

「だがお嬢様は無事にお戻りになった」

「それは結果論で!」

「結果が良ければなんでもいいだろ」

「もういい、二人とも」


 アデハルドさんがヒートアップしている二人を手で制す。

 どんなときもにこやかに高貴な笑顔を崩さない彼にしては、珍しく真顔でリングロッドさんを見つめた。


「なにが起こったのか詳しく説明してくれるつもりはないんだな」

「だから言っただろ。人波に攫われて、遠くへ流されてしまったと」


 あくまでその話を押し通しますか。

 かといってほかにいい言い訳が思いつくかといったら、なにも思い浮かばないけれども。


「どうしてそんなに頑ななんだ。下手したらテルメディア教の威信が揺らぐほどの大事件になっていたのかもしれないんだぞ」

「頑なになどなってはいない。それに何度も言わせるな、そんな重大な事件につながるようなことなどなにもなかった。聖女様はただ、食欲と好奇心に唆されるままに一人、通りの先まで行ってしまった。それだけだ」

「……ティリオロ大司教の目は誤魔化せない」

「誤魔化せるさ。そうせざるを得ない」


 暫くの間、二人は鋭く見つめ合う。


「危険な目に遭わせてないだろうな?」


 リングロッドさんはコクリと力強く頷く。

 ……いやいやいや、遭ってましたからね! あなた抜剣してたでしょうが。明らかに危険だと判断してたでしょうが!

 しかもこっちにもバンバン衝撃波みたいなのきてたしさぁ。あれはリングロッドさんの中では危険に当てはまらないんですか、そうですか。 


「僕は騙されない」


 納得はいってないけど渋々引き下がったアデハルドさんのうしろから、ケレアンがこっちを睨めつけてきた。


「お前なんか聖女様にとって害悪にしかならない存在だ。聖女様の身を穢す前にさっさと出ていけ……!」


 喚いているケレアンに、だけどリングロッドさんは一切取り合う姿勢もみせず、淡々と歩を進め始める。……なんというかこの人は、繊細な美貌に反して丸太のような神経を持っているに違いない。


「聖騎士様」


 みんなを置いてずんずん進むリングロッドさんの前に、今度はサネリとモネリがスッと立ち塞がってきた。


「お嬢様を探してくださりありがとうございました」

「見つけてくださりありがとうございました」

「あとは私たちが変わります」

「どうぞお降ろし下さいませ」


 今度はヒタッと見上げてくる双子。

 それ以上なにも言ってはこない。だけどまっすぐに向けられる二人の視線は、今のこの状況をちょっと役得だとか思ってる内心を見透かしてそうで、思わずそろりと視線を外す。

 リングロッドさんは制するように差し出された手をちょっとだけ眺めていたようだけれど、珍しいことに、本当に珍しいことに彼は首を横に振った。


「いや、お嬢様は大変お疲れでいらっしゃる。このまま馬車に運ぼう」


 リングロッドさんと双子の世話役は暫く視線でなにやら交戦していた。

 お互い一言も発しない。

 仏頂面と無表情が静かに視線を交わしている様は下衆な勘繰りを通り越して、冷や汗が出てくるような緊張感だ。その視線での戦いに、先に折れたのはサネリとモネリだった。


「……では聖騎士様、よろしくお願いいたします」

「……くれぐれも粗相のないようにお願いいたします」

「わかっている」


 素っ気ない護衛騎士がなにを考えているのか分からない。分からないが、もう色々考えるのは疲れた。

 私は困惑する心情を押し込んで、ただ身を預けることに決めた。







 こんな騒ぎがあって、これ以上の散策を続けるわけにもいかない。

 ということで大通りを中央広場に戻る途中、淡々と私を運んでいるリングロッドさんが、珍しく小声で話しかけてきた。

 ――珍しくというか、話しかけられるのは初めてかもしれない。


「不可解なことばかりで、困惑されているでしょう」


 その言葉に見上げるが、視線は合わない。彼の視線は真っ直ぐに前を向いているので、それが私にかけられた言葉だとはすぐにわからなかった。


「あ、えと……うん、そうですね。あの、どうして私があの場所にいるってわかったんですか?」

「それは、あの男が」


 なんだか不本意そうに、リングロッドさんの眉間に一瞬皺が寄る。


「あの方は、一体」

「……聖職者とだけ」


 リングロッドさんは躊躇ったあと、曖昧にぼかした。


「……なんだか不思議なことばかりでした。突然別の場所に飛ばされて……そんなことってあり得るんですか」


 思考が妙に加速される。口を開こうとしたリングロッドさんを遮って、唐突にクリアになった思考を繋ぎ止めるためにとりとめもなく呟いた。


「“除け者通り”って、なに? 女神ソロルインって。ローヴァルは私のこと、女神からの贈り物って言ってた。それにあの風はなに? ……理解できない。訳のわからないことばっかり……」


 喋り続けていくうちに、加速された思考はすぐに鈍ってきて、頭の中はまたぼんやりしてしまう。


「考えたら、ちょっと疲れてきました……」

「聖女様」


 スッと、リングロッドさんの静かな声が重い頭に沁み入ってくる。


「説明したところで、貴女様はきっと分からない。深く考えても……これはあの男のせいなんです。こんな訳がわからないことが起こったのは全部あの男のせい。なにを考えてこんな騒ぎを起こしたのかは知りませんが……いやきっと、奴はなにも考えず事を起こしたに違いありません。私がこっぴどく叱っておきます。これはあの男のただの悪戯でした。今はそれで終わりにしましょう」

「そんな、だってなにも解決してない」

「聖女様」


 ことさら強い言葉が、私の思考を遮った。


「顔色が悪い。どうかお休みになってください」


 淡い色が混じり合った夜明けの瞳は、ずっとまっすぐ前を見据えている。

 ただその声がひたすら静かで、そのことになんだかほっとして、ぼんやりする頭の望むままに私は目を閉じた。







 帰りの馬車では疲れのあまり、寝てしまったようだった。

 無理もないと思う。今の私は大聖堂のあの部屋が生活の全てだ。

 することなんかほとんどなくて、朝のお祈り以外はほぼ一日をぼーっとして過ごしている。暇でしょうがないときなんかは昼寝までしたりするくらいだ。

 それなのに今日は短時間であんなにも濃い出来事が立て続けに起こった。疲れきっていてもしょうがない。

 そう自分に言い訳してぐーすか遠慮なく寝ていたら、いつの間にかもう大聖堂に着いたようだった。またお姫様抱っこで運ばれているのか、心地よい一定のリズムで揺られている。


「リングロッド、貴様ばかりずるいじゃないか!」

「ずるいってなにが」


 しれっとしたリングロッドさんの声が頭上から聞こえる。


「馬車までお前が抱っこしてさしあげたんだから、今度は私の番だろう!」

「じゃあ、どうぞ」


 リングロッドさんが立ち止まって、声の主……アデハルドさんに私を差し出そうとしているのが分かった。


「え? ま、待ってくれ。まだ香水もふっていないし、肌当たりが悪くないように着がえもしなければ……!」

「……面倒くせ」


 ボソリとリングロッドさんは呟いて、また歩き出す。


「あ、おい待て! お願いだから待ってくれ!」


 無駄に悲惨そうな響きのアデハルドさんの声が遠ざかっていく。

 今日の一件でよく分かった。距離を詰めるには、やはり胃袋に訴えるに限る。

 とりあえず、また美味しいものを食べに行くために外出権をもぎとらないとなぁなんて、揺れる腕の中でふわふわと考えていた。









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