“除け者通り”
なんだか微妙な空気になってしまった。
双子のアネリとモネリはいつもと同じ無表情だが、その他の護衛の騎士たちは、ちょっと居心地が悪そうにしている。せっかくの市井探索だが、これ以上空気が悪くなる前に帰るべきなのかもしれない。
そう思った矢先に、ある店が目にとまった。フラフラと引き寄せられるようにお店を覗き込む。
「わぁ、綺麗……!」
棒菓子の上に色とりどりの粉砂糖がキラキラと輝いている。見た目にも可愛いそのお菓子を食べてみたくなって、最後にこれだけ買ってもらおうと顔を上げて、その拍子にトンと誰かがぶつかってきた。
「あいたっ」
結構な衝撃でふっとばされて、みっともなく尻餅をつく。
「っててて……て、あれ?」
一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。すぐに尻の痛みなんてどうでも良くなった。
だって顔を上げたら知らない裏路地にいたのだから。
参った。本当に参った。
護衛から離れたつもりはなかったが、確かに身勝手にお店に駆け寄ってしまったので少し距離は空いていた。
だけどまさかこんな瞬間移動的に一瞬で、見も知らぬ場所に飛ばされるだなんて一体誰が想像するだろうか。
辺りを見回してみると、先ほどとは随分と様子が違った。
少し開けたこの路地にはゴミが散乱し、壁は薄汚れあちこちが欠けたり崩れたりしている。すえたような匂いまで漂っていて、ここにはあまり長居はしたくない。
人もおらず閑散としていて、さてこれからどうしようと途方に暮れて立ち尽くしていると、暫くして通りがかった女性に驚いたように声をかけられた。
「あんた、こんなところでどうしたんだい?」
振り返ると薄汚れたボロボロの洋服を身に纏ったパッチリ二重の女性が、瞠目しながら近付いてきていた。
「すみません。自分でもよく分からなくて……」
その女性は近付いてくるなり、引き攣れたような声で呻いた。綺麗な二重のその顔が驚愕にみるみる染まっていく。
「あのう……?」
「なんであんたみたいな綺麗な人がこんな肥溜めみたいな所にいるの!」
突然激しい剣幕で募られて、びくりと身を竦ませる。
「あいつらに見つかったら大騒ぎになっちゃう! 早くこの通りから出ていきなさい!」
「えっなに、急に……」
「早く帰りなさい! 見つからないうちに、ほら!」
「あの、ちょっと、それが……」
帰る道がわからないから、教えてほしくて話しかけたんだよなぁ。
参った。目の前で捲し立てているこの美女は、私の話を聞いてくれそうにもない。
「おい、なんの騒ぎだ」
「うるさいぞ、ネネ」
「げっ、ローヴァル」
さらに女性の騒がしさに気づいたのか、いつの間にか囲まれるように五、六人の男性が集まってきていた。その中でも、特に横柄な口ぶりで話しかけてきた男の姿は際立って目立っていた。
……イケメンだ。この世界では貴重な糸目以外のイケメンがいる。
スラリとした筋肉質の体に、褐色の肌に映えるような眩しい銀髪。少し垂れ気味の二重の目は甘く整っているが、酷薄そうな笑みが浮かんでいるためどことなく近寄りがたい感じがする。
その奥にあるエメラルドグリーンの瞳があまりにも鮮やかで、ちょっと見惚れてしまった。
「どうしたんだよ、鶏みたいに騒ぎ立てて」
「ローヴァル、その……なんでもないの」
「なんでもないことないだろ、ネネ」
唇の端を歪めて笑う姿も様になっている。かっこいい。
「その隣にいるのはいったい誰だよ。……ハハっ、こりゃすごい糸目だな。こんないい女お目にかかったことねぇや。なぁあんた、なにでこんな掃き溜めにいる? もしかして捨てられたのか」
男はうっとりと微笑んだ。色気のある笑みは破壊力がすごい。つい見とれていると、いつの間にかローヴァルと呼ばれたイケメンの手が腰に回されていることに気付いた。
「こいつ変な奴。ローヴァルに見惚れてたぜ」
「抵抗もしねぇ。こりゃ脈ありか?」
周りの囃し立てるような声に我に返り、やんわりと手を剥がそうとするが、びくともしない。
男は甘い笑顔を浮かべたまま、さらに力を込めてきた。
「……まぁ、んなこたどうでもいいか。あんたは俺が見つけた。これはもう俺のもんだ。今日の俺はついてるぜ」
その言葉に周りの男たちが次々と囃し立てる。
「頼むから俺たちにも回してくれよ!」
「でもこんな細っこいの、すぐ壊れそうじゃね?」
「そしたらジャッシュんとこにでも売っちまえ!」
「そりゃあいい! いい思いもできて金にもなるな!」
下卑た笑い声をあげている彼らを睨みつけるが、誰にも相手にされない。……なんだか大変なことになってしまった。
男の有無を言わせない力で強引に連れて来られたのは、この裏路地にあるボロボロの住宅の一室だ。
すえた匂いは相変わらず付き纏ってきて、それに男たちの汗臭さも加わり、もはや嗅覚が麻痺寸前だ。室内もどこもかしこもボロボロで、絨毯もカーテンも色褪せた様子で薄汚れており、あちこちに穴が空いている。
男たちは思い思いの場所に座ると、無遠慮な視線でジロジロと眺めてきた。
「しっかしこの嬢ちゃん、なんか物怖じしねぇなぁ」
「もしかして、俺たち期待されてる?」
「糸目の女ってのはすきものなのかね」
下世話な野次の中、頭上から苛立たしげな声が降ってきた。
「お前ら勘違いすんなよ、これは俺のもんだ」
見上げると先ほどの銀髪の男が私の腕を掴んだまま、目を眇めていた。
「おいおいローヴァル、そりゃねーぜ」
「俺たちみんなで見つけたんだろ」
「確かに独り占めしたくなる気持ちも分かるが、そりゃいけねーな」
「なぁ、お前ら」
酷薄な笑みを浮かべた銀髪の男は、ゾッとするような雰囲気を纏った。眇めた目も相俟って、あまりの険悪さに身動きもとれない。
「俺が誰か、忘れたわけじゃねーよな? お前らみんな気のいい奴らで、俺たちはよく冗談を言い合うけど、今回のこれはあいにくおふざけじゃねぇ。これは俺のもんだ。他の誰でもない、俺がもらった。な、わかるな?」
その場がシンと静まった。さっきまでやんやと囃し立てていた男たちが、一様に黙りこくっている。
冷や汗をかいている者、コクリと唾を飲み込んだ者、目を泳がせている者。みんながみんな、銀髪の男の迫力になにも言えないでいると、その鮮烈なエメラルドグリーンの目がこっちを向いた。
「心配すんな。拾ってやったからには最後まで面倒みてやる」
見下ろしてくるエメラルドグリーンは、色褪せた室内の中で場違いなほどに明るい。笑っているはずのその瞳の中にちらりと伺えた獰猛さに、食い千切られそうな錯覚がして息が出来なくななる。
「俺はな、お前らと違って日ごろの行いがいいんだよ。だからきっと女神ソロルインがテルメンディルにお情けを貰ってくれて、こんな糸目を贈ってくれたんだ。だからこれは俺のもんだ。お前らのもんじゃない。お前らには触る権利もない。なぁ、“除け者通り”のゴミ溜め共よ」
誰もなにも答えない。ローヴァルの問いかけるような視線に、誰も返せない。
ローヴァルは微笑んだ。
「俺は、悲しいよ」
悲しいと言っているのに、微塵もそんなこと思ってないような酷く乾いた笑みだ。
「お前らなら、わかってくれるって思ったんだけどな」
その瞬間、一斉に男たちが弁解し始めた。
「ローヴァル、悪かった!」
「ちょっとおふざけが過ぎちまっただけなんだよ!」
「もちろんお前のだって俺たちはわかってるぜ」
「あんまり見事な糸目だったもんだから、羨ましくなっただけなんだよ」
「なぁ、見るだけ、見るだけならいいだろ?」
汗をかきながらヘラヘラ笑って弁解し続ける男たちを見て、彼の目つきから険がとれた。
「……わかってくれたらいいんだよ」
和解出来たのか途端に下世話な話に花を咲かせる男たちを見て、遠い目になる。
ここまで私のことだというのに、当の本人は一言も話すことなく蚊帳の外だ。
……ねぇ、誰か私の話聞いて。
「なぁ、あんた」
ローヴァルは私にとろりと甘ったるい笑みを送ってきた。
「あんたのこと、教えてくれ」
男たちを牽制したあと、ローヴァルは私をソファに座らせた。そして自分もその横に居座りながら、手を取られたり、髪に手を滑らせたり、やりたい放題やられている。
若干ペット扱いのような気がしないでもなかったが、唇に指を滑らせ始めたときには、流石に妖しい手付きに冷や汗が吹き出してきた。
「あんたの名前が知りたいな」
恭しく持ち上げられた手にかかる息。うっとりと凝視されている。
「この手の感触も唇の柔らかさも、こうやって触ればわかるけど。でもまだ足りない。あんたの隅々まで……なにもかも知りたい」
色気だだ漏れの目つきと声に、ほんといたたまれない。そのまま口づけられそうな空気に目が泳いでしまう。
イケメンは大好物だが、初対面でこれはちょっと……なんとなく気恥ずかしいっていうか、お互いもっとよく知り合ってからというか、いきなり肉体的な接触を匂わすよりも、もっと精神的に甘やかしてほしいというか。
……なにを現実逃避してバカなことを考えているんだろう、私。
そんなことより、どうやって解放してもらおうか考えるけど、なかなか考えが纏まらない。
早くみんなの元へ戻らなければと思うのに、思考がすぐにサラサラの銀髪とか、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳とかに散ってしまう。
「あの……」
ようやく思い切って単刀直入にお願いしようと切り出したときに、被さるように聞き覚えのある声がした。
「はぁ……こんな所にいやがった」
怒気を抑えた静かな声に、咄嗟に立ち上がろうとして腕を引っ張られる。
「聖……お嬢様、お迎えに参りました」
声の聞こえた方、戸口にリングロッドさんが立っていた。




