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色彩豊かな外の世界


 ということで、ティリオロ大司教になんやかんや調整してもらって外出当日。

 無理に笑顔をつくったような大司教に見守られて、総勢八名の大所帯は大聖堂から出発した。私とサネリ・モネリに騎士二名が馬車に乗っており、馬に騎乗した騎士三名が前後についてくる。

 馬車内の護衛はリングロッドとアデハルドという正反対コンビ。アデハルドは始め市井など興味ないかと思っていたが、護衛に志願してくれていたみたいだ。

 馬車の中ではその彼がずっと一人で喋っている。耳に心地良いその美声を聞きながら、私はまだ見ぬ市井へと思いを馳せた。








 この国は広大な中央広場を中心に、いくつかの大通りが放射状に伸びている。大通りの先には代表的な建物があり(大聖堂通りならその先には大聖堂があり、港通りの先にはこの国を代表する港がある)、この大通りと大通りの間には突如として生茂る林が行く手を遮っている。この人工林を区切りとしてそれぞれのエリアが分かれているようだ。

 例えばタティルブラディア大聖堂周辺のエリアは少々特殊で、大通り間近まで木々が生い茂り、隠れるようにぽつりぽつりと家が建っている。そして大聖堂周辺は聖職者だけが住むのを許されているそうだ。

 それから大聖堂通りには立ち入りの時間が制限されているため、中央広場から大聖堂通りへの入り口には立派な石造りの門が聳え立ち、見張り番が構えている。

 その石造りの門をやっと通り過ぎると、にわかに活気づいてきた。人の声や馬車の音、そこここに息づく人々の生活の声。ここに来て私はタティルブラディア大聖堂が異様に静かだったことに気付いた。


「広場に着きます」


 にこやかなアデハルドの顔に憂いが差す。


「想定していたより人が多い。この中に聖女様を降ろすのか……」

「でも、一応は変装してきてますし、きっと大丈夫ですよ!」


 今にも引き返そうと言い出しそうなアデハルドに慌てて言い募る。


「せっかくここまで来たし、みなさんがついてますから」


 どれだけ平民の格好をしても、聖騎士たちの小綺麗さを隠すことはできない。なのでいっそ裕福な家の令嬢を装ってはどうかということで、私たちは敢えて小奇麗な格好をしてきていた。

 それでもどこか躊躇っているアデハルドをよそに、外から扉が開かれる。差し出された手を取りながら、広がった景色に目を奪われた。

 この世界に来て初めて、私はこんなにも沢山の色を見た。石畳の床に、そこかしこに停めてある客待ちの辻馬車。色とりどりの頭髪が辺りを埋め尽くし、広場の様子はよく分からない。

 アデハルドが心配に思うのも無理はないような混雑具合だった。


「絶対に護衛より離れませんよう」


 険しい顔になったアデハルドに頷く。気持ちは既に、まだ見ぬその先へと向かっていた。








 事前に得ていた情報を元に、市場通りへと一歩足を踏み入れる。

 この通りにはずらっと青果店やら精肉店やら、粉屋に乳製品店にその他諸々よく分からない食材を売っている店が並んでいる。そしてその中には調理したものを提供している出店なんかもあるわけだ。


「こちらを」


 リングロッドが指し示した先にあったのは、店先に吊るされた鳥の丸焼きだった。


「ソロロ焼き、と書いてあります」

「ソロロ焼き! これですか。美味しそうですね!」


 はしゃぐ私とは対照的に、騎士の面々はさっと表情を強張らせた。特にアデハルドに関しては、顔色まで悪くなっている。

 ウキウキと店先に並ぶと、店主だろう親父にジロリと睨めつけられた。


「冷やかしなら帰んな」

「冷やかしじゃありませんよ。ソロロ焼きを二つ、お願いします」

「あ? あんたたちみたいな身なりの(もん)がこれを喰うってのか?」

「ええ、そうですが」

「ハッ……もの好きな金持ちもいたもんだな」


 なにか癇に障ったような様子の店主から、リングロッドさんが強引にソロロ焼きを受け取る。

 それを手に喜色満面で護衛の騎士たちを振り返った。


「誰か一緒に食べませんか?」


 両手に持ったソロロの串焼きに、騎士たちは一斉に後退った。サネリとモネリなんか、はなから他人事のように後ろに控えてそっぽを向いているような有様だ。

 その中でいつも冷めた目をしているリングロッドさんだけが、珍しく視線を寄越してきていた。


「リングロッドさん、どうですか?」


 試しに一つ差し出してみると、意外なことに躊躇いがちに受け取られた。


「聖女様の、ご命令なら……」


 命令ではないが、そういうことにしておきたいのだろう。畏怖の視線を集めながらも、リングロッドさんは思い切りよくかぶりつく。


「……うまいな」


 そう呟くと残りもがつがつとがっつき始めた。


「嘘だろ……」


 なにをそんなに騎士たちがたじろいでいるのかわからないが、リングロッドさんの様子を見る限り美味しそうだ。私も我慢出来なくなって、思い切りかぶりつく。


「ひぇっ、聖女様?」


 トーリンが心配そうに伺ってくるが、心配しなくてもめちゃくちゃ美味しい。ジューシーな肉に塩と幾種類かのスパイスが効かせてあって、お供にお酒が欲しくなる。


「美味しいですよ?」


 誰か食べるならもう一本買おうかと思ったのだが、続いて名乗り出る者は誰もいなかった。








 異様な空気の中、リングロッドさんだけが私が差し出す食事に興味を示してくれた。


「リングロッドさん、ロスの煮込みはどこですか」

「あちらです」

「これ、フィンデ揚げじゃないですか?」

「いえ、これは違いますね……ですが美味しそうです」

「これも食べてみましょうか」

「ほう、衣の揚げ具合もなかなかですね」


 リングロッドさんが言っていた食べ物以外にも、次々と目に入った美味しそうなものを買い上げてそれを彼に渡していく。始めは他の騎士たちにも平等にと思い順繰りに差し出していたが、そのたびに顔色を悪くして戦慄き出すものだから、共感を得るのは早々に諦めた。

 こんなに美味しいのに、勿体無いなぁ。

 唯一理解を示してくれるリングロッドさんを盗み見る。彼は与えられた料理を手一杯に持ち、豪快に消化している最中だ。いつもの無気力な雰囲気と違って、どことなく楽しそうなリングロッドさん。

 ……男を落とすには胃袋を掴めって本当だったんだな。

 あれだけ壁のあったリングロッドさんとの距離が、数々の料理のおかげで縮まった気がする。


「リングロッドさんだけですね」


 その言葉に、彼は頬張ったままちらりと視線を上げた。


「美味しいものを美味しいと分かち合ってくれるのは、リングロッドさんだけだ」

「彼らには馴染みのないものですから」


 普段自分が口にしているもの以外は、なかなか受け入れがたい。それはよく分かってるので無理強いはしないけど、やっぱり来たからにはみんなで笑い合いながら食べたかった。


「リングロッドさんは?」

「……私がなにか?」

「リングロッドさんも、小さいころから聖騎士団に所属していたんですよね? 抵抗はなかったんですか」


 次の一口を運びながら、彼は暫し考え込んだ。


「さすが平民出身は違うな」


 そのとき、刺々しい声が響いた。


「そのような下賤なものを食べ、挙句の果てに聖女様を唆してその御身を穢すとは」


 彼は確か、いつかリングロッドさんの素性を話してくれた騎士だ。


「言ってろ」


 リングロッドさんは気にした風もなくすぐに食事に戻るも、先ほどまでの楽しげな様子はもう感じられない。

 うーん、せっかくの街歩きにトゲトゲしたくないな。


「そんなこと言わないで。ほら、食べてみたらわかりますよ」


 手に持っていた果実を絞ったジュースを差し出すも、彼は余計に頑なになって後退ってしまった。


「我らは誇り高きテルメディア聖騎士団。幼いころより厳しい戒律を守り抜き、今こうして聖女様のお側に侍る栄誉をいただけている。だがお前はただ一人このような下賤なものを平気で口にし、その身の穢らわしさを自ら証明した。まさに聖女様に相応しくない凡庸な平民よ!」


 そっかぁ。宗教上なにか食べてはいけないものでもあったのかなぁ。それを考えずやたら勧めたのは私の落ち度だ。


「ごめんなさい、なにも考えずに勧めてしまって……」


 そのとき、バーガンディ頭のアデハルドが前に出てきた。


「ケレアン」


 いつもどことなく漂わせている軽薄臭を引っ込めて、アデハルドは静かに言った。


「我らがなにを口にしようとも、戒律には引っかからないはずだ」

「……ですが」


 なおも言葉を連ねようとしたケレアンを遮って、アデハルドは静かに続けた。


「その凝り固まった価値観を聖女様に押し付けないように。ここにある数々の食事も限りある命を頂いた大切なものだ。聖女様はそのことを自ら体現なされたのだ」


 静かな口調だが、どこか迫力のあるその姿は高貴で恐ろしい。ただのナルシストな高位貴族という印象しかなかったが、やるときはやる人みたいだ。

 というか、そんなに深い意味はなく、美味しいものをみんなで美味しいと分かち合いながらただ食べたかっただけだったのに。

 貴賤とか穢れるとか、よくわからない。

 結局ケレアンは俯いてしまって、差し出した食事を取ってくれることはなかった。








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