ポンコツ女神、一発殴らせろ。
「あ、起きた。」
また、あの少女が目の前に居た。
体を起こそうとしたけれど、重くて起きない。
「動かないで。綺凜、栄養失調なんだって。」
―― 子どもやのに難しい言葉知ってんのやな。
「今はゆっくり休んで。」
慈々に諭され、動くことは諦める。
「ここは?」
「私の家。綺凜、倒れたから連れてきたの。」
「ふうん。ありがとう。」
―― 倒れたんか、私。
深くは考えなかった。
いや、考えたくもなかった。
ここがどこだとか、何が起きたとか。
考えるだけ無駄だと思った。
どうせ、私にはわからないのだから。
「もう少し寝ると良いよ。」
慈々がそう言って微笑む。
「ウン。」
今はその言葉に、甘えてしまう事にした。
◇
体がふわふわした。
ここは夢の中なのだろうか。
こんなに意識のはっきりとした夢があったのか。
「そりゃあお前、そうでなくては話も出来ぬだろう。」
嫌に陽気な声がして、視線を動かす。
振り返った所に、『いかにも』な白髪で長い髭を貯えた老爺、ではなくやけに美人な女がいた。
「誰?」
「お前たちの言う、神様だ。」
―― なるほどわからん。
「お前……。まあよい。お前をここへ呼んだのは他でもない。お前の現状について説明するためだ。」
「ぜひお願いします。」
このまま目覚めても、慈々が事情を知ってる様子はない。
調べようにも何をどう調べればいいのか分からない。
そんな状況なのだ。
彼女が“胡散臭い”神様でも状況説明してくれるなら、これほど有難い事はない。
一瞬、彼女が何か言いたそうな顔をしたが、気にしないことにした。
「お前が居るのはメルヴァーナという大陸だ。科学よりも魔法が発達し、お前のいた地球とは全く別の世界で、お前がそのメルヴァーナに居るのは、すまぬ、私のミスだ。」
「あ?」
―― 神様のくせにミスすんなよ。
「神と言えども万能ではないのだぞ。」
万能と言えずに神と呼べるのであろうか。いや、呼べるわけがない。(反語)
いや、これを詰めても話が進まないので、ここはスルーしておくことにする。
「それで?」
「ああ。実は今、メルヴァーナは危機に陥っておってな。魔力が枯渇しているとか、そういう根本的な話ではないのだが、実は以前は我々の仲間であったラマシュトが悪さをしていてな…。この世界の者たちを苦しめているのだ。」
―― 邪神、ってか。
それで、ただの一般人である私にそれを話してどうしようというのか。
私に出来ることと言えば、…何もないのだ。
「お前はただの一般人ではない。メルヴァーナからすれば異界人なのだぞ。」
「いや、せやけど…。」
「よく聞け。お前はまだ気づいていないだろうが、お前の中にはとんでもない潜在能力が潜んでいる。それは鍛えれば、この世界で右に出るものが居なくなるほど強大なものだ。」
確かに、異世界転移者と言えば、チート的能力を保有するのが定石。
種類はあれども無双できるというのが“お決まりのパターン”ではある。
けれど、それが私にあるというのは実感がわかない。
「案ずるな。私がタダでミスする訳がなかろう。」
「まずミスをするなよ、ミスを。」
「……、お前に万物の女神たる私が加護を与えた。」
「聞けよ話を。」
「うるさい。とにかく、お前は今、メルヴァーナでラマシュトを止められる唯一の人物なのだ。今後、お前があの子を止めなければ必ず世界は混沌と化す。そうなれば、お前は死ぬ。」
―― 神様のくせに脅迫か。
だが、この時点で私を地球に返すと彼女が言っていない事を鑑みると、このメルヴァーナとかいう世界で生きていく他、選択肢はないのだろう。
別に、地球に残してきた未練もない。
「しゃあないね…。」
「ふん、お前ならそういうと思っておったぞ。」
「調子のええ女神さまやな。」
「そろそろ時間だ。目覚めたらまず、自分のステータスを確認しろ。お前専用の武器と共に送っておく。」
「送るってどうやって…。」
―― あ、意識が…。
まだ話の途中だというのに、声が出せなくなった。
視界もどんどんぼやけて霞んでいく。
「達者でな、綺凜。また会おう。」
最後に、ポンコツ女神の腹立たしい笑顔が見えた。
せめてもの報復に、思いっきり舌打ちをしてやった――。