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モブ勇者の成り上がり  作者: barium
五章 冒険者
70/70

70.黄金を纏う古の毒龍 下

この回を書く際、ファフニールについて沢山調べました。

ファフニール博士です。


極限まで集中した和也の耳には雑音が消え、龍の視線から動きを読むことさえできていた。


和也を押しつぶそうとする龍の攻撃を、まるでひらりひらりと風に舞う衣のように避ける。そして何度も、何度も龍の足元に潜っては、切りつけていく。


ちょこまかと動く和也達に業を煮やしたのか、怒り狂い、動きが単調になっているおかげで、和也達はほとんど無傷で攻撃を続けることが出来ていた。


攻撃をしては逃げ、撹乱し、再び攻撃する。といった、完璧な連携が出来始めていた。

一度に与えられるダメージは少ないが、着実に攻撃を与えていく。

いつの間にか龍の足元には剥がれ落ちた鱗が散り、大きな血だまりを作っていた。


しかし――――


「はぁ…はぁ…っ!」


極限の集中下での戦闘は、和也達の体力をかなり奪っていた。


苦しい。息が詰まる。

肺がきゅっとなって、うまく空気を吸えない。まるで、深い海の底にいるみたいだ。

足も重くなってきた。というか、足どころか、全身が重い。酸素が足りていないのだろうか?頭がくらくらする。息が切れる。過呼吸のように吸って吐いてを繰り返している。


時がたつほどに、和也達の動きは精彩を欠き、かすり傷が増えていく。幸い、まだ大怪我は負っていないが、それも時間の問題かもしれない。


「ガアァァ!!!」


怒り狂った龍が、和也めがけて()()()を吐き出す。ドンという音と共に、砲弾のように次々に発射されるそれを躱し、距離をとる。


砲弾の着地点を見てみると、ひび割れた床に紫色の液体が溜まり、シューシューという音とともに石材が溶け出し、気化していた。


「溶解液!?」


やばい、あんなのくらったら死ぬ!

あんなの危機感知するまでもない。和也の本能がゴンゴンと警鐘を鳴らしている。

ヘロヘロの体に鞭を打ち、気合で躱す。

和也を追い詰めるように何発もの砲弾が撃ち込まれていく。


やばい、数が多い。避けきれな――――――


「―――うわあっ!」


躱し損ねた毒の砲弾が二の腕を掠める。

ジュッという肉が灼けるような音と、燃えるような痛みが傷口に走る。


「―――っ!」


痛い。超痛い。皮膚が焼け爛れている。傷口はジュクジュクと熟れ過ぎた果実のようになっていて、血が止まらない。

…だけど大丈夫、まだ剣を振れる。


「ガアアアアァ――――!!」


己の必殺技(とっておき)が直撃しなかったことで、更に激高した龍が咆哮する。


「くっ―――――」


空気がビリビリと振動し、鼓膜が破けそうなほどの大音量に思わずよろめいてしまう。

その瞬間、龍が勝ち誇ったような笑みを浮かべた気がした。


ぶうんっと空気を押し潰しながら和也の前に大木が迫ってくる。


否。


大木ではない。大木と見間違えたそれは、龍の尾だ。先端までびっしりと鱗に覆われた、巨大な龍の尾。しなりながら、どんどん近づいてくる。鱗の模様がハッキリわかる。もう目の前だ。


避けられない――――と瞬時に悟った和也は、ダメージを少しでも軽減しようと体を丸め、剣を盾にする。

直後――――トラックと正面衝突したかのような衝撃に耐えきれず、和也は吹き飛ばされる。勢いよく吹き飛ぶ様は、まるで射られた矢だ。

勢いそのまま壁にぶつかり、ゴロゴロと音を立てて石レンガが崩れだす。壁が脆かったお陰で、少しだけダメージが軽減されたのが不幸中の幸いだ。ぐしゃっとトマトのように潰れなくて、よかった。


重い。痛い。まるで体中が悲鳴を上げているかのようにズキズキと痛む。


「―――ッ!ゲボッ!!―――はぁ、はぁ…」


折れた肋骨が内蔵にでも刺さっているのか、咳込んだ拍子に口から血があふれ出す。痰と絡み、泡のようになった血液がポコポコと弾ける。

口の中が血だらけで、不味い。左腕がぐにゃりと本来の可動域の逆方向に曲がっている。また、折れてしまっているようだ。

盾代わりに使った剣も根元からぽっきり折れてしまっている。しまった、もう替えの剣がない。手元に残っているのは投擲用のピックだけだ。


「カズヤッ!!」


アリアがこちらを振り向き、名前を叫ぶ。こちらへ駆け寄ろうとするが、それを阻止しようとした龍に激しく攻め立てられ、それも叶わない。

とりあえず、生きていることを伝えるため、右手をひらひらと振る。大声で呼び掛けに答えるほどの元気は、ない。

それを見て少しほっとした様子のアリアは、再び龍に立ち向かっていく。


しかし、彼女ももうボロボロだ。遠目からみても明らかに息が上がっているし、動きが格段にのろくなっている。

和也が再び戦えるようになるまで、持ちこたえてくれるといいが。

そう思いながら、震える手で回復ポーションを取り出す。左手で栓を抜こうとして、戸惑う。というのも、左腕が肘の先からピクリとも動かないからだ。指を1本曲げることさえ叶わない。

手で開けるのを諦め、奥歯で挟み、栓を抜く。ポンッという音が鳴り、青臭い雑草のような匂いが鼻腔をくすぐった。

そしてそのままゴクリ、ゴクリと若葉色の液体を飲み干す。苦虫を嚙み潰したような味だ。雑味が口の中に残る。飲めたもんじゃない。

もう一本取り出し、傷口に掛けておく。飲んで良し、掛けて良しの万能品だ。かつてないほどの重症だが、なにせ飲んだのは最上位のポーションだ、きっとすぐに戦線へ復帰できるようになるだろう。

だが、傷が癒えたところで、どうやったらあの龍を倒せる?一旦逃げて戦線を立て直すか?

しかし、入ってきた扉は固く閉じられている。開けるのに四苦八苦しているうちに攻撃されたらひとたまりもない。

血が足りず、ぼんやりとした頭で思考する。


次はない。

たとえ動けるまで回復しても、もう一度攻撃を受けたら僕は死ぬ。

もう、失敗は出来ない。


絶望的な現実に焦り、冷や汗がダラダラと頬を伝う。

……考えろ!!考えろ!!!

どうすればあいつに勝てる!?

神話級の化け物を倒す術は何かないのか――――――


そこまで考えたところで、電流のような閃きが頭の中を走った。


―――――っ!そうだ、神話だ!!

神話を思い出せ!!

ファフニールは神話の怪物だ!

なら!なにか手掛かりが掴めるはずだ!


神話に興味を持っていたころの記憶を探る。しかし、肝心な時に限って思い出せない。霞ががったようにぼんやりと不透明だ。


そうしている間にも、時間は無常に過ぎていく。

怪物と一人対峙するアリアがどんどん追い詰められる。剣は欠け、銀糸のような髪は返り血で赤く染まり、全身に傷を負いつつもなお果敢に立ち向かう様子はさながら勇者のようだ。


……っ!思い出した!ファフニールの財宝には剣があったはずだ!


和也は半身を起こし、きょろきょろと辺りを見渡す。すると近くに鋼鉄でできた頑丈そうな扉を見つけた。和也達が入ってきた巨大な扉の反対側。ドワーフが出てきた扉だ。

あそこだ、あそこが宝物庫に違いない。

扉の周りの壁も鋼鉄で作られているようで、いかにも頑丈そうだ。

ある程度まで回復した和也は、龍に気づかれていないことを確認し、扉に向かって最短距離で駆けだす。


しかし、流石は番人だけあって、宝物庫に駆け寄る和也のことに気が付いたようで、龍が血相変えて突進してきた。


間に合えッ……!


急いでドアノブに手を伸ばし、扉を開く。ギギギギと重厚な音を立て、開いたそれに、飛び込むように中に入り、慌てて閉める。

ほっと息をつくのも束の間、ドンッという衝撃に体の芯から揺れる。どうやら、龍が扉に体当たりを食らわせたらしい。そしてそれに追随するように何度も龍が扉に攻撃を食らわせる。衝撃の度に、扉や壁が歪んでいく。

耐えられないことを知った和也は、壊される前に剣を探さねばと、扉から視線を外し、振りかえる。


「…っ!」


すると、眼前に広がる黄金の海。

視界の端から端まで黄金色に染め上げられたその空間は、この世の富をすべてかき集めたのではないかとまで錯覚させた。


「凄い……」


あまりの光景に、感嘆の言葉が唇から漏れ出す。

だが、和也に呆然としている時間は許されていない。一刻も早く剣を見つけねばと、視線を巡らせる。


「どこだ…?」


しかし、そうあっさりと見つかるわけもなく、焦りがどんどん和也の身を焦がしていく。黄金の山をかき分け、崩し、どんどん奥へと進む。本当に剣があるのか?と、だんだん疑心暗鬼になっていく。

黄金の光に眼が眩み、チカチカと眩しい。


「……ん?」


と、そこで和也は金塊の奥に少し、ほんの少しだけ他と違う輝きを見つけた。

金とは違う、銀色の光。それを見つけ、黄金を蹴散らしながら駆け寄る。


「あった……!!」


そこには、一振りの剣が黄金に半ば埋もれる形で眠っていた。

柄の長さからして、恐らく片手剣だろう。銀で出来た柄頭は、円錐形に近く、同じく銀の鍔には緻密なレリーフがあしらわれていた。

和也は黒い革が巻かれたグリップを掴み、思いっ切り引き抜く。

銀製の美しい剣だ。

黄金に隠されていた刀身は長さが70センチほど。刀身の中央には龍の彫り込みがある。切っ先は鋭く、岩をも貫いてしまいそうなほどだ。

刀身には小さくフロッティと銘打ってある。宝剣フロッティ。これがこの剣の銘だ。


和也は何度か素振りをし、感触を確かめる。少し触っただけだが手になじむ。鞘が無いが、これは後で適当に見繕えばいいだろう。とりあえずの対処として、ズボンに空いた穴に紐で括り付けておいた。


「あれ…?」


軽くなじませたところで、和也は異変に気付く。

いつの間にか龍が宝物庫への攻撃を止めているのだ。


ぞわっと、背骨の上を百足が伝うような悪寒が走る。

慌てて、黄金で埋もれた足を引っこ抜き、扉まで駆ける。

そして、「龍が待ち構えてるかもしれない」そんな単純なことさえ忘れて思い切り扉を蹴破った。


そこには、地に倒れ伏したアリアとそれを踏み潰さんとする龍の姿があった。


「ああああああ―――――ッ!!!」


絶叫しながら、風を切り裂き、走る。

間に合え!間に合え!間に合えッ!!

心の中で、何度も唱える。

蘇るのはあの日の情景。

無力感。相手との絶望的な差に打ち負かされ、辛酸を嘗めさせられたあの時のように、世界がスローモーションへと変わる。恐怖や諦観、そして絶望。

様々な感情がぐちゃぐちゃになったあの目が脳裏によぎる。

そして、懸命に前へと伸ばした手が―――――


「届いた!!!」


アリアの腕をつかみ、転がるようにその場から離れる。間髪を容れずに龍が先程まで和也が存在していた場所を踏み潰した。

その衝撃に、アリアを抱きかかえながら吹き飛ばされるように転がる。


立ち上がり、龍からできるだけ離れたところまで走り、ゆっくりとアリアを降ろす。

そして、恐る恐る手首に手を添える。

トクン、トクン、と生命の動きを感じた。


「よかった、気を失っているだけみたいだ」


ふう。と、安堵の息をつく。

しかし、安心してはいられない。あの龍を倒すほかにここから逃れる術はないのだから。


アリアの応急処置を終えた和也はすっと立ち上がる。


僕は、あの時よりも強くなった。

何度も何度も死にそうになりながら、戦ってきた。

もう、あの頃の自分には戻りたくない。

こんなところで立ち止まるわけにはいかない。屈辱を、無力さ、絶望を無かったことには出来ないんだ。


紐を解き、剣を構える。


もう、モブのままではいられない。

僕は、勇者だ。


だから――――――――――



「―――――勝つ!!!」



気迫を込め、龍のもとへと駆ける。

「ガアアアアァ――――!!」と龍が咆哮し、毒の砲弾を連射した。

それを、右へ左へと軽やかに躱し、どんどん距離を詰めていく。

「ッ!?ガアッ!!」龍が怒号を上げながら、手のひらで押しつぶそうとする。

和也はそれに迷うことなく直進し―――――


「はああっ!!」


―――――宝剣フロッティを振り下ろした。


切り落とされた龍の指が、くるくると宙を舞う。


「グオオオオオ―――――!!」


龍が苦悶の声を上げ、身をよじる。

傷口からは血が、湯水のように湧き出ている。


よかった。今度は、ちゃんと攻撃が通る。そのことに安堵しつつ、剣を構えなおす。

和也を掴もうとする龍の手をしゃがんで躱し、そのまま後ろ脚まで接近する。すれ違いざまに、体をひねりながら、左脚の腱を切断した。

龍がよろめき、後ずさる。しかし、転倒までには及ばない。


和也は、反対の脚の腱も切断しようと、後ろから接近する。

和也の接近に気付いた龍が、尾を振る。ぶおんと大気を震わせながら接近するそれに、ズザザッ!!と背中を擦り剝きながら床と尾の隙間に体をねじ込む。

何とか尾をスライディングで躱した和也は、今度こそと、右脚の腱に向かって剣を振る。


しかし―――――


「なっ!!」


―――――龍が巨大な翼を羽ばたき、和也の攻撃を躱した。


空中の龍がぐぐぐっと体をたわめかせ、何かを溜める様な行動をとる。


不味い、溶解液がくる!そう直感した和也は、


「いけっ!!!」


剣を龍に向かって投擲した。

銀色の弾丸のように射出されたそれは、龍の胸に深々と突き刺さった。


「ガアァッ!?」

思わぬ攻撃に龍はバランスを崩し、頭から落下した。

雷が落ちたかのような衝撃に、地面が揺れる。

揺れが収まると直ぐに龍へと向かい、柄しか見えないほど深く刺さった剣を引き抜いた。


「ああああああ!」


そして胸から尾の先へと駆けながら龍の全身を斬り付ける。そのまま走り抜け、龍の射程範囲外まで逃れる。


そして、龍がむくりと起き上がった。

全身から血を吹き出す様子は、まるで回転花火のようだ。

龍がちらりと己の翼を見る。ズタズタに切り裂かれた飛膜がもう飛ぶことはできないと語っていた。


「ガアァァ……」


龍が力なく吠える。

以前のような威厳はもうなく、無様に死に体を晒している。


しかし、それは和也にも言えることだった。

一撃の被弾も許されない高速の戦闘に、和也の神経はすっかり摩耗しきっていた。息は上がり、未だ癒えていない傷がズキズキと痛む。左腕なんて、痛覚すら感じられない。

剣を持つ手が震える。少しでも気を抜けば、剣を取り落としてしまう。


龍と和也の視線が交わる。

お互い、相手の息の根を止めるほかに、助かる道は無いと悟っていた。


ごくりと、唾を飲み込む。

何が来る?

爪か?尾か?それとも毒砲弾か?

和也がこの戦闘で培った経験をすべて思い返し、行動を予測する。

何が来てもいい。

対策は出来ている。


そう、思っていた。


どちらも動き出せないような重厚な空気の中、先に動き出したのはファフニールの方だった。


脚を曲げ、溜めるような動作をした後―――――


「…え?」


―――――家を丸呑みしそうな程の大口を開けて、和也に向かって一息に跳躍したのだ。


見たことのない行動。まるで予想だにしない行動に呆気にとられる。


龍の口腔内が近づく。



白い、大きな牙が並んでいる。




黄金の見た目に反し、口の中は真っ赤だ。





てらてらと、龍の唾液が光っている。






喉の奥は真っ暗で、まるで夜みたいだ。







あ、光が消え―――――――――――――――








―――――――――――――――バクリ。


そんな音が聞こえ、和也は暗闇に包まれた。

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