69.黄金を纏う古の毒龍 上
長くなってしまったので、上下に分けてみました。
その龍を一目見た瞬間、和也は一つの神話を想起した。
――――――ファフニール。
黄金を守るために毒を吐く龍となったドワーフ。
竜とか蛇とかという説もあるが、和也の目の前に君臨するのは竜というより龍だった。
折りたたまれた巨大な金色の翼。木の幹ほどもありそうな逞しい腕に、大地を切り裂く巨大な爪。体中を纏う黄金の鱗は、光を跳ね返し、どこか神々しさを感じさせた。
黄金の龍が首をもたげ、和也達を睥睨する。
爬虫類特有の縦に裂かれたかのような瞳と目が合った瞬間、身の毛のよだつほどの悪寒に襲われた。まるで蛇に睨まれた蛙のように。
こんなの勝てるわけがない。だって神話級の龍に対してこっちはちっぽけな人間だ。しかもたったの2人。伝説の武器もなければ伝説の装備もない。刃こぼれした、安物の短剣だ。文字通り、格が違う。
早く、早く逃げないと殺される!
でも逃げ切れるのか?
もしも、僕の足が扉にたどり着くよりも、彼の爪が先に届いてしまったら。
もしも、逃げ切る前に猛毒の息吹に触れてしまったら。
僕は死ぬかもしれない。
じゃあどうすればいい?
圧倒的な死のイメージに思考が混乱する。
ぐるぐるぐるぐる。
脳が必死に逃げ道を探し、回転する。ああでもない、こうでもないと、見えた道がどんどん潰えていく。
そして――――――――
――――――――すべての道が潰えた。
…ダメだ、打つ手がない。
じゃあもう、なにもかも、諦めよう。
龍がこちらに向かって腕を伸ばし、押しつぶそうとしてくるのをぼうっと眺める。死ぬ間際には走馬灯を見るというが、和也の頭の中にはなにも蘇ってこなかった。無気力に、無力に、なにもかもを諦めたからかもしれない。何もなしえず、空虚に生きてきたからかもしれない。
嗚呼、つまらない人生だった。
―――と、そんな自分を嘲るように鼻で笑い飛ばしながら、構えた短剣をゆっくりと下ろそうとしたその時、和也の鼓膜が震えた。
「───カズヤッ!!」
不意な呼び掛けに思わず振り返る。
呼び声の主は、剣を中段に構え、臨戦態勢をとっていた。
彼女は龍に怯えていない訳では無い。むしろ、剣を握る手は震え、和也を呼んだ声も上擦っていた。おまけに顔も真っ青で、しかし、目だけはキッと龍を睨んでいて、一目で彼女も僕と同じように道を探していることが伝わってきた。
しかし、僕とは違い、前へ進む道を探していた。
「なに、諦めようとしてるの!!なんの為にここまで来たか忘れたの!?」
彼女の怒号で、ハッと我に返った。
そうだ、僕は彼女を助けるためにここまで来たんだ。
王国を去り、帝国に逃れ、ここまで来た理由はなんだ!
一心不乱に力を求め、モンスターを狩り続けたこの日々は何のためにある!
ここで逃げてどうする!前を向け!震えるな!
自身を鼓舞し、前を向く。
短剣をぐっと握りしめた手に、潰れたまめから出た血が滲む。
無力なら、これから力をつければいい。空虚でも、つまらなくもない!僕を認めてくれた彼女の為に、彼女がいない世界を否定する為に、ここまで来たんだ!
ぐっと足に力を込め、伸びてきた龍の腕をすんでのところで躱す。
ドンッという衝撃が伝い、バキバキと地面が放射状にひび割れていく。
風圧と地面の振動に転びそうになるのをこらえ、タンッタンッとバックステップでアリアの所まで後退する。
「ごめん…」
しょぼくれた和也にふんっ、とアリアは鼻を鳴らす。
「…別にいいわよ。そんなことより、あいつを倒す方法を考えないと」
和也は再び、黄金の龍を見やる。
龍は先の攻撃で和也を殺せなかったからか、警戒した様子でこちらを睨んでいる。
どうする…天井を崩して圧死させるか?いや、それは危険すぎる。僕たちも生き埋めになるかもしれない。…じゃあ、足の腱を切って、後ろの扉に駆け込むのは?…そもそも、この剣で切れるのか?
試してみるしかないか…
ひとまず考えをまとめ、アリアを横目で見る。
「とりあえず、ダメージを与えれるのか試してみたい。狙いは足で、機動力を奪おう。まずは目くらましに投擲するから、その直後、攻めよう。僕があいつの左腕を攻撃するから、アリアは左に回って!」
「わかったわ!」
返事の後、すぐに和也は投擲用のピックを数本、龍の顔めがけて投擲する。
銀色に光るそれは、まるで弾丸のように真っ直ぐ飛んでいく。
龍が図体に見合わない素早さでピックを避けるのを尻目に、和也は矢のように駆けだす。狙いは一番鱗に覆われていないところ。そこをめがけて全力で走る。
「――――シッ!!」っと、短く息を吐きながら、すれ違いざまに全力で斬りつけた。無理やり繊維に逆らうような、確かに残る手ごたえ。間違いなく、和也の剣は竜の左腕を捉えていた。
「!?」
しかし、全力を込めた一撃だったにもかかわらず、和也の攻撃は、龍の皮を裂き、少量の血を流れさせただけだった。
和也は動揺するのを堪え、切りつけた箇所へ爆破ポーションを投げる。瓶が割れ、ポーションがその効力を発揮する前に、股下をくぐり、龍の射程範囲外まで駆け抜けた。
直後、「―――――ドンッ!!!」という爆発音とともにガラスの破片が散り、土煙が上がる。「グオオッ――――!」という、龍のうめき声。どうやら少しはダメージを与えられたらしい。
龍の注意を引いてくれていたアリアが、和也のもとまで駆けてくる。
「どうだった?」
「たぶん、少しは効いたと思う」
土煙が晴れる。龍の左腕は赤く血が滲んでおり、ガラスの破片が所々に刺さっていた。
「よし!!」和也は内心ガッツポーズをする。ダメージは微々たるものだが、確かに与えられた。敵わない相手ではない。そのことが和也を元気づけた。
勢いを増し、和也は特攻する―――――――――――――
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