66.罪悪感
「私ね、6歳の時、お父さんを亡くしてるの。」
薄暗く、ランタンが彼女の横顔を照らす。
小さく儚い炎だが、その灯りを見るだけで心が温まる。
「生まれた時にお母さんを亡くしたこともあって、お父さんのことが大好きだった。いつも一緒で、お父さんも優しくて、私のわがままも全部聞いてくれて――毎日が楽しかった。お母さんの顔は覚えてないけど、私はお父さんが居たから、全然寂しくなかった。」
きっと、大切な思い出なのだろう。
そう語る彼女は、優しく微笑んでいた。
「でも、そんなお父さんは、私のせいで居なくなった。」
声が──震えている。
今まで強い女の子だと思っていたのに、そう思い込んでいたのに。
吐露する彼女の横顔は、あまりにも儚げだった。
ランタンの炎がまるで心情を映し出しているかのように揺れる。
「誕生日、だったの。その日のために、お父さんはお店でケーキを注文してくれていたのに、運悪く嵐が来て。私たちの家は街から離れたところにあったから、お父さんは明日にしようって言ってたんだけど、私は我慢できなくて。」
彼女の頬を、静かに涙が伝う。
炎に照らされてきらりと光ったそれは、地面に丸いシミを描いた。
「泣きじゃくって、お父さんにひどい言葉も浴びせた。お父さんはそんな私に困った顔しながら、レインコートを着て街に向かった。そしてそのまま―――――帰らなかった。」
嗚咽が混じる。ぼろぼろと、まるで決壊するダムのように涙が止まらない。
否、まるでではなく、実際にそうなのだろう。
僕は、彼女が誰かとつるんでいるのを見たことがない。
父親が亡くなってから、独りで強く生きてきたのだろう。
誰にも弱音を吐かず、頼らず。
弱みを見せると、そこに付け込まれるから。
そうやって生きてきたのだろうか。
だとしたら、今、彼女の思いの丈を聞いている僕は、彼女にとって、どんな存在なのだろう?
「私がお父さんを殺したっ!私のせい、私のせいでっ!」
過去の自分を呪うように、傷つけるように、口調がどんどん強くなる。
その姿は和也に過去の自分を思い起こさせた。
愚かで、無力な過去の自分を思い起こさせた。
「だから、私はお父さんを助ける。そして、あの時のことを謝るためにここに来たの。」
僕も同じだ。
自分の過ちを正すために、過去の自分を救うために。
過去は変えられないから、未来で辻褄を合わせる。
自分の犯した大罪を償うために。
そんな独善的で、傲慢な願いを叶えるために、ここへ来たのだ。
「…僕も、同じだ。僕も、僕が殺した人を救うためにここに来たんだ。罪悪感から逃れたい。自分のエゴを押し付けたい。そんなことを叶えたいだけかもしれないけれど。」
「罪悪感から逃れたい……そうね、そうかも。結局私はあの時から何も変わってない。わがままで自分本位な子供。そのせいで和也に怪我をさせてしまった。またおんなじことを繰り返してる。成長してないのね、私って。」
冷たく、落胆した声色でアリアが話す。
いつもと違う彼女の雰囲気。
炎のように熾烈で毅然。それが彼女と勝手にイメージしていた。
だが、今の彼女は小さな子供のようだ。
過去の楔に囚われ、雁字搦めになって、逃れられない。
前へ進もうとするほど、絡まって、動けなくなる。
僕と一緒だ。
僕の彼女に対する息の合わなさというか、調子を崩されたような感じは、同族嫌悪というものなのだろう。
それを意識すると、なんだか仲間意識というか、そんな感じのものが芽生えてきた気がした。
「じゃあ、何としてもこの迷宮を攻略しないとね!頑張ろう!おー!!」
重くなってしまった空気を取り払うかのように明るめの声で呼びかける。
無理やり絞った明るい声。
なんだか調子が外れて、すごく不細工なものになってしまった。
恐る恐る彼女の顔を見ると、ぽかんと口が空きっぱなしになっていた。
「…ぉー」
和也は苦々しく目を逸らす。
語気がどんどん弱くなる。
ああ、やってしまった。
こんな調子だからぼっちなんだ。
元の世界でもどれだけ輪を乱してきたか、空気を乱してきたことか。
まったく、ろくなものじゃない。
和也が後悔に苛まれていると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「カズヤったら。ふふっ、そうね、頑張らないと。こんなところで弱音を吐いていたら駄目ね。あはは、最っ高。」
どきっ。
彼女の微笑んだ顔に心が跳ねるような気がした。
滑らなかったことへの安堵ではない。
過去にも経験したことのある高揚。
面影を感じたわけでもない、それとはまた別種の何か。
これはきっと。
「明日、とりあえずこの穴から抜け出そう。それから攻略を再開しよう。」
慌てて考えを捨て、気を取り直す。
何かの間違いだ。
この場の雰囲気とか同情とかそんなもののせいだ。
「うん、そうね。…ふふっ。じゃあカズヤ、おやすみなさい」
「うん、…おやすみ」
少し火照った顔は慣れないことをしたせいだ。
――――きっと、そうに違いない。