62.歓喜
遅れました。
ちょっと忙しくて、今後もこのペースでの更新となる可能性があります。
すみません。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
荒い呼吸を繰り返しながら、道無き道を走り続ける。
どれくらい走っただろうか?
脚はガタガタで、酷使された肺はズキズキと痛んでいる。
草木に引っかかり、小さな切り傷が身体中の至る所に出来た。
喉はカラカラで、意識は朦朧としている。
視界など、とうに濁っている。
まさに満身創痍。
しかし、足を止めることは出来ない。
もし止めたのなら、私は『死』に追いつかれるだろう。
「グガァァッ!!」
私を探す『死』の声。
振り向いてはいけない。
研ぎ澄まされた聴覚が、足音を拾い、どこにいるか教えてくれる。
だから、振り向いてはいけない。
振り向いてしまったが最後、私は萎縮して動けなくなってしまうだろう。
だから走れ。
全力で走れ。
恐怖心をかなぐり捨てて、一心不乱に前へ進め。
「ガアッ!!」
「んーー!」
一層近くなった足音に悲鳴を押し殺す。
こんな所で捕まってはいけない。
もうすぐ、もうすぐなのだから。
もうすぐ──────
「きゃぁぁぁ!!」
森を抜けると、そこは崖になっていた。
私は情けない悲鳴をあげながら斜面をゴロゴロと転げ落ちる。
少し跳ねるようにして、下まで転げ落ちる。
幸か不幸か、崖の下が湖になっていたお陰で一命を取り留めることが出来た。
しかし、全身を駆け巡る痛みのことを思えば、死んでいた方がマシだったかもしれない。
なんて、痛みのせいで弱気になりながら、陸に上がり、回復薬を飲み干す。
じわじわと、体の奥から痛みが和らいでいく。
「グルゥ……」
その声が私を現実に引き戻す。
パッと崖の上を見る。
そこには、モンスターが足踏み状態で立っていた。
私は『死』から逃れたのだ。
「……やったぁ。」
歓喜に打ち震えながら、声を絞り出す。
全身びしょ濡れに傷に泥。
惨めな格好での歓声だったが、何よりも優しく谷間にこだまする。
「…えーっと」
暫く棒立ちで喜びを噛み締めていたのだが、思考がら正気にもどっていく。
どうやって帰ればいいのだろう。
ここに居続けたらいずれ餓死する。
ぬか喜びだったというのか。
探していたものは見つからないのか。
空がだんだん薄暗くなっていく。
それに急かされ、せかせかと湖の周りをキョロキョロと見渡しながら歩く。
そして遂に────────
「…もしかして、これって?」
探し求めた遺跡を見つけたのだ。
────────────────────────
「あ、カズヤさーん!」
私は黒髪の冒険者がギルドに入ってくるなり、声を上げ、手を振る。
それに気付いた彼は嫌そうに顔を歪ませる。
きっと彼はめんどくさいと思っているのだろう。
でも、そんな顔をしても彼はこちらに来てくれるのだ。
めんどくさい依頼は当分受けないと言ったのにもかかわらずだ。
そして、仕方ないなと苦笑しながらクエストを受けてくれるのだ。
それに、その彼の優しさに私は甘えている。
付け込んでいるのだ。
悪いと思っている。
しかし、私は臆病だから。
ギルドのこのカウンター越しじゃないと上手に話せない。
だから、面倒なクエストをわざと紹介して、話を長引かせているのだ。
実のことを言うと、クエストを受けるのは彼じゃなくてもいい。
でも。
彼のことが好きだから。
初めて会ったその日から、彼のことが気になっている。
声が好きだ。
優しいところが好きだ。
仕方ないなと苦笑するあの顔が見たい。
もっと話したい。
クエストなんかに行かないで欲しい。
だから、私は彼の優しさに付け込むのだ。
しかし、今日は違う。
彼の依頼。
彼が、私に頼んだ唯一の依頼。
依頼というより、「偶然見付けたら教えて」というような軽いものだけど。
その事について話すのだ。
一歩、一歩と彼が近付いてくる。
大丈夫。
服装も、髪型も全部整えた。
深呼吸して。
彼の目を見て。
今日も笑顔で話すんだ。
────────────────────────
…ユニスがいつもよりも笑顔だ。
何があったのだろう?
悪い予感しかしない。
また、面倒なクエストだろうか?
だったらめんどくさいな。
カウンターへ向かう一歩が段々重くなってくる。
本当は討伐系がいいのだ。
目的の為にもレベルを上げたい。
いくらあっても足りない。
現在のレベルは87。
まだまだだ。
ここらに来て、ほとんど上がらなくなった。
100がカンストなのかどうかは分からないが、上げれるだけ上げたい。
向こうにはあの洞窟があるから、きっとレベルを上げ放題だろう。
今のところこちらにはそんなもの無いから、僕の方が不利なのだ。
王国を出る時に洞窟を崩したが、あんなものただの時間稼ぎだ。
腹いせだ。
もうとっくに撤去されているだろう。
もし、カンストが無いのなら僕に勝機は無くなる。
元々、職業の差があるのだ。
不利どころの話じゃない。
だから、カンストがある事を願いながらレベルを上げないといけないのだ。
まあ、彼女の頼みを断って討伐に専念したらいいのだけれど。
僕しか居ないと言われると断りずらくて、ずるずるとなし崩しにクエストを受けてしまっている。
「…はぁ。」
ため息をこぼし、カウンターに近づく。
今度こそは断るのだ。
「カズヤさん!カズヤさんが────」
「当分、討伐系だけがいいんだけど。」
食い気味に、意志を伝える。
先手を取るのが大事だ。
いつもそれで負けてるから、今日こそはと思い、やったのだが。
「え?」
当のユニスはポカーンとした表情で固まっていた。
────────────────────────
……来た。
……よし!
「カズヤさん!カズヤさんが────」
「当分、討伐系だけがいいんだけど。」
「え?」
言葉を遮られ、固まってしまう。
もしかすると、彼は勘違いしているのだろう。
いつも私が頼んでばかりだから、自分が頼んだ事が返ってくるなんて、思いもよらないのだろう。
それもそうだ。
あまりにも、彼の依頼は非現実的だった。
彼も内心、叶うなんて思いもしてないのだろう。
「あのー、カズヤさん?今日はいつもの感じじゃないですよ?」
そう言うと、したり顔だった彼は拍子抜けた様子で、
「え、そうなの?」
と言った。
「そうですよー。」
私は、笑いながら彼の言葉を肯定する。
……こういうところも好きだ。
純粋なところ。
この話をしたら、どんな反応するのかが楽しみで、つい口角が上がってしまう。
楽しみだ。
「あのですね────」
────────────────────────
「あのですね、カズヤさんが探していた、死者を生き返らせる方法が見つかりました。」
ユニスが思ってもいなかったことを口にする。
彼女は今、なんて言ったのだろう。
あまりの衝撃に、まだ夢から覚めていないのかと錯覚する。
しかし、銀髪の彼女が出て来ていないことが、その説を否定する。
「……え?」
震えた声を絞り出し、やっとの事で聞き返す。
するとユニスは、想定外だといったような顔をして、再び口を開いた。
「死んだ人を生き返らせる方法が見つかりました。」
死んだ人を生き返らせる。
その言葉が鼓膜に響き、脳に染み渡る。
生き返る。
蘇生。
本当に?
そんな事が可能なのか?
いや、僕が昔に教えてくれと頼んだことなのだけれど。
正直、期待していなかった。
元の世界の常識が通用しないこの世界なら、もしかして。
散々ゲームで見たあんなことが出来るかもしれない。
そんな、藁にも縋る思いだったのだ。
もしも彼女が蘇るなら。
それはどんなことよりも素敵なことだろう。
彼女は許してくれるだろうか?
もしかしたら、僕は彼女に殺されるかもしれない。
夢で、散々恨み言を聞いた。
そんなことがあるから、そう思ってしまう。
彼女が蘇るなら。
……僕は殺されたっていい。
彼女が僕に剣を刺す前に。
彼女の声を聞き。
髪に触れ。
体温に触れ。
目を合わせる事がもう一度叶うのなら。
「…詳しく、教えて。」
「あ、はい。えっと、ここから東に進んだ山脈の奥に、湖がありまして。そこで、遺跡が見つかったみたいです。その遺跡に彫られた文を要約すると、『ここは、死の床に伏した者をも蘇らせる奇跡の神殿』と書かれていたそうです。」
「じゃあ、ほんとなんだよね?」
涙を瞳に含ませ。
震えた声で、僕は問う。
それにユニスは──────
「確証は無いですが。」
慈母の様な笑顔で──────
「本当ですよ。」
と、言った。
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