61.賞金首
遅くなって、すみません。
手こずりました
「グガアアアアアァァッ!!」
通常のものよりも一回りも二回り大きな体のオーガが、耳を劈くような雄叫びをあげながら棍棒を振り下ろす。
「下がれ!」
ロックの指示で、重戦士が後方に跳び、致死の一撃を避ける。
ズガガッ!!
という、まるで雷が落ちるかのような音と共に、獲物を失ったそれは、地面に直径50cm程の大穴を穿った。
獲物を仕留めれなかったことに苛立ち、こめかみをひくつかせたオーガがロックを睨む。
それにビクッと一瞬、怯えた様に縮こまりかけたロックだったが、パンっと頬を叩いて気を持ち直し、声を高く上げた。
「敵の動きは遅い!動き回って、撹乱しながら倒すぞっ!!」
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おっと……
悲鳴が聞こえた場所に駆けつけた和也は、近くの茂みに隠れ、気配を遮断する。
というのも、先に和也以外のメンバーが戦闘を始めていたからだ。
とりあえず様子を見て、誰かが危険になったら助けに行こう。
バレるのを避ける為にも、出来る限り戦闘は避けるべきだ。
適当に今後の算段をつけ、観察を再開する。
敵は左眼を負傷した、通常のものよりもかなり巨大なオーガだ。
筋肉隆々で、血管が浮き出た肌は沢山の傷痕で覆われ、どれだけの修羅場をくぐってきたかが一目見るだけで分かる。
そして手には、硬い丸太を軽く削っただけの棍棒。
もしもあんなものが直撃したら、死は免れないだろう。
「もしかして、あのオーガって……」
頭の中の情報に、目の前のオーガの特徴が重なる。
幾人もの冒険者を殺したとかで、そこそこの賞金を掛けられていたはずだ。
ついたあだ名は、『血塗りの悪鬼』、『冒険者殺し』、『隻眼のオーガ』など。
D級の冒険者が、何人も返り討ちにされる程、凶悪なモンスターだ。
噂によれば、C級の冒険者も数人、やられたらしい。
「大丈夫かな……」
心配する和也の目線の先は、激しい戦闘が行われていた。
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重戦士が盾を少し斜めに傾け、棍棒を大盾で滑らせて避ける。
直撃は不味いと考えた、ロックの作戦だ。
ランタン用の油を塗ったことが功を奏したのだろう、簡単に滑らせることが出来た。
思いもよらない方へ棍棒が行ったせいで、オーガが前につんのめる。
「ハアアアアァッ!!」
そして、その隙を逃すことなく、ロックがうなじへ向けて上段から振り下ろす。
自信があるだけあって、洗練された美しい一撃だったが、
「なにっ!?」
軽く首の皮一枚を裂いただけで終わった。
「グガアッ!」
オーガが左手でロックを吹き飛ばし、右足で、重戦士を蹴り飛ばす。
咄嗟に盾を構えることで、直撃を避けれたのはいいものの、衝撃を殺すことが出来ずに、地面をゴロゴロと転がる。
「ぐっ……」
吹き飛ばされた先で、倒れたまま唸るロック。
ただ吹き飛ばされただけなのに、胸部のプレートがべこりと大きく凹んでいる。
受身をうまく取れていないせいで、衝撃が大きく、中々立ち上がれない様だ。
「…っ!ヒール!ヒール!」
それに、治癒術師が慌てて回復の呪文を唱える。
淡い緑の光が、ロックと重戦士の体を優しく包んだ。
だが、二人ともまだ動かない。
回復量が足りていないのだ。
「ふぁ、ファイヤーボール!!」
魔導士の呪文がオーガの顔面に着弾する。
もくもくと黒い煙が晴れるとそこには───
「……ど、どう?やった?」
表面が軽く炭がついただけのオーガが居た。
「グオオオオオオオオオオォォォッ!!!」
「「ひいいぃっ!!」」
攻撃され、怒り狂った雄叫びを上げるオーガに、治癒術師と魔導士の少女が悲鳴を上げ、揃って地面にへたり込む。
それに、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべたオーガが地響きを立てながらゆっくり近付く。
そして、振り上げられた棍棒は─────
「……あーもう、クエスト失敗だ。」
───二度と振り下ろされることは無かった。
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「グガァ?」
急に軽くなった肩に疑問を覚え、右肩を見る。
そこには手に馴染んだいつもの棍棒どころか、腕すら無かった。
二の腕の所で、綺麗に切り落とされていたのだ。
「グガアアアアアアアアアァァァァァッ!!!」
それを認識した途端に襲ってくる、炎で炙られているかのような激痛に身を悶えさせる。
誰だ、俺の腕を落とした奴は!
正面に居るニンゲンの女では無い。
どちらも子鹿の様にブルブルと震え、肩を寄せ合っている。
この貧弱な者に俺の腕が切れるわけがない。
俺の皮は岩のように硬いのだから。
ドサッ
何かが落ちる音が聞こえた瞬間、その方に顔を向ける。
そこには、地面に血溜まりを作った緑色の腕と、黒い服のニンゲンが居た。
コイツ……か?
目が合った瞬間、そのニンゲンが疾風の如き速さで駆けてくる。
首を狙う斬撃を紙一重で躱し、そのニンゲンを睨みつける。
コイツだっ!
よくも俺の腕を!!
殺す!殺してやる!!
「ガアアアァァァッ!」
めいっぱいの咆哮で自分を鼓舞し、そのニンゲンに掴みかかった。
何度手を伸ばしても、ひらり、ひらりと躱される。
指が外套の端に触れるのが限界だ。
……このままでは埒が明かない。
生きたまま捕まえ、そのまま頭蓋骨を噛み砕いてやる為に手加減をしていたのだが、いつまでも捕まらないことに苛立ち、まず先に殺すことに変更する。
「ガアッ!」
そして、渾身の力を込めた左拳を、ニンゲンに向かって殴り掛かる。
地面に出来たクレーターと立ち上った土煙が、その威力を証明しているのだが、残念ながら拳にはニンゲンを捉えた感触が無かった。
クソッ!
ニンゲンからの攻撃に対応するために、体勢を立て直す。
土煙に視界が遮られないよう、下がって、周りを確認する。
……何処だ?
………何処にいる?
キョロキョロと辺りを見渡しても、土煙が晴れても見当たらない。
もしかして、俺の拳は───
当たってたのかも。
そんな希望が頭をよぎり始めたその瞬間。
無慈悲な声がそれを否定した。
「何処見てんだよ。」
視界が落ちていく────
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「クエスト、失敗しちゃいましたねー。」
ギルドの受付で、ユニスが楽しそうに微笑む。
「カズヤさんが失敗するの、初めて見ました。」
「何喜んでんの?ギルド的にも失敗されたら困るでしょ。」
和也が不機嫌そうにユニスを睨む。
「しかも、あんなのが出るなんて聞いてないし。」
「倒してくれて、ありがとうございます。あ、これ賞金です。」
ユニスが大きく膨らんだ袋を手渡す。
「ギルドも困ってたんですよねー。あのオーガ知能が高くて、強そうな冒険者を見ると戦闘を避けるんですよね。」
すると、和也は一層落ち込む様に、肩を落とす。
「……そんなに弱そうに見える?」
「カズヤさんは優しいですから。」
微笑むユニスに目を逸らし、遠くの方を見る。
「どうしたんですか?」
今の彼女の表情は見なくても分かる。
ニヤニヤと楽しげに笑っているのだろう。
和也は何か彼女に一杯食わせてやろうと模索していると───
「ああ、居た!」
息を切らしたロックが駆けてくる。
「お前、俺に戦い方を教えろ!」
「嫌です。」
「なにっ!?俺は貴族だぞ!!褒美は高くつける!」
「そういうのは、今のところ間に合ってるので、大丈夫です。」
「くそぉ……」
考え込むロックを放って、和也はユニスの方に向き直る。
「面倒なクエストは当分遠慮するから。」
「分かりました。」
「あ、ちょ、待てっ!」
逃げるカズヤとそれを追いかけるロックを微笑ましく眺める。
ああ言ってても、頼ったら、どうせ引き受けてくれるんだろうな。
そして、新しく届いた資料に目を通し始めた。
「……ん?これは……」
その資料は、帝都から遠く、東に進んだ山脈で、新たな遺跡を発見したと言う旨の内容だった。
その名は、蘇生の神殿。
───死んだ者も蘇らせる、幻の神殿だった。
初めてモンスター目線で書きました。
どうでしょうか?
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