57.出会い
たまにはこんなのも
「…あの、レーナ先輩。」
栗色の髪の少女が未だ席に座ったままのレーナに近づき、声を掛けてくる。
「どうしたの?」
彼女はここのギルドの職員だ。
確か───ユニス・コナーだったか。
チラリと確認した胸元の名札によると、どうやらユニスで合っていたようだ。
「…あの、レーナ先輩はカズヤさんと知り合いなんですか?」
「あ、うん。そうだよ。」
「さっき、何があったんですか?…カズヤさん、今までで一番怖い顔をしてました。いつもはどこか元気の無いような感じなんですけど、あんな顔を見たのは初めてで……」
しゅんとした様子でユニスが問う。
目線は下がったままで、瞳は少し震えていた。
…本気でカズヤさんのことを想ってるんだな。
「私が無神経なこと言ったせいなんだ、ごめんね。心配させちゃって。」
「何を言ったんですか。」
「それは……」
彼女の目が憂いから敵意を帯びたものに変わる。
思わず話しそうになるが、踏みとどまる。
その質問には答える訳にはいかない。
エリナの事を言いふらす訳にはいかないからだ。
「…ごめん、それは言えない。」
「……私のせいじゃ、ないですよね。」
「うん、それはもちろん。」
「……よかったぁ。」
ユニスが小さく安堵の息を漏らす。
カズヤとの会話の中で彼女に目線が行くことが何度かあった。
そのせいで彼女は自分が何かしたのかと思ったのだろう。
小動物のように表情がコロコロ変わる彼女を見て、レーナの悪戯心が芽生える。
「そこ、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
レーナは目の前の席を促す。
ちょうど対面する形だ。
ユニスがココアを注文し、それが来るのを待っている間。
レーナがなんでもないような風体を装い、口を開いた。
「そういえば、ユニスさんってカズヤさんのことが好きなの?」
「!」
ユニスの頬が林檎のように真っ赤に染まる。
そして、あわあわと周りを見渡して誰も居ないことを確認すると、レーナのことをジト目で睨んできた。
正直、威圧感の欠片も無い。
「…だ、誰に聞いたんですか?」
「やっぱりそうなんだ。そうかなーって思って、言ってみただけなんだけど。」
「なっ!」
周りに聞こえないよう小声で話し掛けてくるが、初対面のレーナでもすぐ分かったのだからきっと全員知ってるだろう。
「それで、どうなの?」
レーナが促すと「…ええと、あの……」などと言い淀んだ後、覚悟を決めたように口を開いた。
「はい、好き………です。」
しかし、羞恥心に耐えかねたのか最後の方はボソボソとよく聞こえなかったが。
ユニスがそのまま顔を真っ赤にして俯く。
「カズヤさんのどこを好きになったの?」
恋バナと言えば、女子の大好物だ。
レーナが身を乗り出して目をキラキラと輝かせる。
レーナの圧力に耐えかねたのか、暫くの逡巡の後、つらつらと話し始めた。
「私がこの街に来たばっかりの時のことなんですけど───」
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「やっぱり帝都はすごいなぁ。」
野暮ったい髪をお下げにしたユニスが地元では見たことの無いような絢爛で活気のある街並みを呆然と眺める。
田舎からこの街に越してきて1週間程経ったのだが、まだこの街並みには慣れない。
…祭りの時でもこんなに多く居ないのに。
キョロキョロと、帝都内を散策する。
色とりどりの果物が陳列された八百屋、店前で客引きが何やら魔道具を実演している魔道具屋、香ばしい匂いが漂う屋台。
どれもが見たことの無いもので、新鮮だった。
うろちょろと、店1軒づつに目を奪われる。
しかし、お金も無尽蔵にある訳では無い。
むしろ殆どを故郷からの路銀に使ってしまったため、どこかで働かなければならないだろう。
本来ここには進学のために来たのだ。
バイトで殆どの時間を使ってしまったら本末転倒だ。
…でも、色々気になるなぁ。
出来るだけ我慢することを心に誓い、雑踏に紛れていく。
…なにあれ?
すると、周りより一段と店頭に並ぶ人が多い店を発見する。
看板にはアイスと書いてあるが、それが何を意味するのかこれっぽっちも分からなかった。
…とりあえず、並んでみよ。
客の回転が早い店のようで、ぐんぐんと列は進み、すぐにユニスの番になった。
「いらっしゃい!」
「え、えっと、あいす?これを一つ下さい。」
「あいよ!」
威勢の良い店主にアイスなる食べ物を注文する。
受け取ったそれは使い捨てのカップに入れられた乳白色の塊で、甘い匂いがした。
しかし、受け取ったのはいいもののどうすればいいか分からない。
周りをキョロキョロと見渡すと、備え付きのスプーンでそれを掬って口に運んでいる。
ユニスは小さく掬ったアイスを恐る恐る口の中に入れる。
「美味しっ!!」
思ったよりも大きな声が出ていたようで、周りからくすくすと忍び笑いが聞こえた。
店主のオヤジさんも微笑ましそうに笑っている。
…は、恥ずかしい。
ユニスは顔を真っ赤にして雑踏から逃げるように立ち去る。
ある程度離れた所でベンチに座り、再びアイスを食べ始める。
乳白色の塊は舌に乗った瞬間溶け、甘さが口いっぱいに広がる。
「こんなに美味しいの、地元にはなかったなぁ。」
しみじみと故郷の風景を思い出しながら食べ進める。
ここから馬車で一日以上も掛かる遠い所で、住人数百人の小さな町だ。
「皆、元気にしてるかなぁ。」
少ない財産を掻き集めて学費を出してくれた家族の顔が思い浮かぶ。
アイスを食べ終わり、近くのゴミ箱にカップを捨てた後、ユニスは周りを見渡す。
「…どこ?」
何も考えずにここまで来たせいでここが何処なのかさっぱり分からない。
さっきの活気溢れる大通りと同じ街とは思えないくらい周囲は閑散としていて、人に道を尋ねることも出来ない。
「…こっち、だったっけ?」
急に心細くなりながら頼りない足取りで進む。
幾らか進んだ所で、前方に人の集団が見えた。
ギャハハハと、大きな笑い声が聞こえた。
やった、誰かいた!
いそいそと早足でその集団に近づいて行く。
「あ、あの。ここから大通りに戻る方向を教えてくれませんか?」
声を掛けると、ジロっとした様子で男達が振り向く。
しかしユニスを見た瞬間、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。
「なんだお嬢ちゃん、道に迷ったのかい?俺達が案内してやろうか?」
「もちろん、お代は体で払ってもらうけどな!」
「ガッハッハ、違ぇねえ!こんな上玉久しぶりだ。」
「……えっ?」
気が付くと周囲を屈強な男達に囲まれている。
人数は5人。
どう考えてもユニス一人では太刀打ち出来ないだろう。
「おらおら、どうしたんだ?」
「おっ、泣きそうな顔してるじゃねえか。どうしたんだい?ほーら、よちよち。」
「ガッハッハッ!」
これまで悪意というものに無縁だった彼女は突然のことに目を白黒させる。
しかし、今から自分がどんな目に遭うことぐらいは分かる。
それを想像すると、目尻に涙がどんどん溜まってきた。
「……誰か、助けて。」
頬を一筋の涙が伝い、消え入る様な声でユニスが呟いたその時だった。
「違法薬物の取引をしてる人ってあなた達で合ってます?」
全身黒ずくめの格好をした人が現れた。
フードで顔が隠れているからよく分からないが、声の高さからして正体は青年だろう。
ユニスは面食らい、言葉が詰まる。
彼はこの男達の仲間なのか。
「ああ?…そうだが?お前、見ない顔だな。俺達を知ってるって事は新しい客か?まあ、今いい所だから話は後にしてくれや。」
男がしっしと青年をあしらう。
そんな適当な対応にも関わらず、青年は怒ったようなそぶりを見せなかった。
「……そう、よかった。」
ポツリと青年が呟いたその刹那。
青年の姿が掻き消える。
反射的に目を瞑ったが、男達の息遣いすら聞こえなくなると、恐る恐る目を開く。
すると、ユニスの周りを取り囲んでいた男達は地面に寝ていた。
否、寝ているのではない。
気を失って倒れているのだ。
「多分違うと思うけど、君もこいつらの仲間?」
背後から底冷えするような冷たい声がする。
ユニスは無我夢中で顔をぶんぶんと横に振る。
彼女の必死の行動は青年に伝わったようで、「そう。5人ぐらいって聞いてたし、じゃあいいや。」と呟いたあと外套を翻し、歩いていく。
いつの間にかロープで一纏めにされた男達を引きずりながら。
「あ、あの!」
ユニスは声を張り上げる。
青年はユニスに害意は無いみたいだし、一人で大通りまでの道を探すのも不安がある。
何とかして、彼の協力を得なければ。
「…?」
青年が振り向き、首を傾ける。
「あの、助けてくれてありがとうございました。」
「…君を助けた訳じゃないんだけど。」
「えっと、それでですね。お願いがあるんですけど。」
「なに?」
青年のぶっきらぼうな言い草に若干怯えつつも、勇気を出して一歩踏み出す。
「えっと、ここから大通りに戻る道を教えてくれませんか?」
「…迷子?」
「あ、はい。……お恥ずかしながら。」
いい歳して迷子というのも情けなく、だんだん尻すぼみになる。
羞恥に赤く染まる頬が暑い。
「…あっちの方。」
青年が東を指さす。
方向は分かったが、またあの男達のような下劣な者に出逢わないとも限らない。
今回は奇跡的に助かったが、次は無いだろう。
「あの、あなたが向かっている方向がもしも同じなら、近くまで連れて行ってくれませんか?」
「…別にいいけど。」
「ありがとうございます!」
ユニスが青年の隣まで駆ける。
近づいても深く被ったフードに俯いているせいで、どんな顔なのか分からない。
もしくはそれだけが要因じゃないのかもしれない。
そう言う能力を持った魔道具とかの可能性もある。
「ありがとうございます。」
「…どういたしまして。」
青年はユニスの方に顔を向けることなく歩いていく。
それに遅れないように付いて行くユニスだったが、心中はモヤモヤとしていた。
…それにしてもなんだろ、この気持ち。
ユニスの鼓動が逸る。
男達に囲まれた時もなったのだが、今起こっているのはそれとはまた別のものに思えた。
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「それだけ?」
「その後カズヤさんがギルドに行くって聞いたので、私はここで働くことにしたんです。カズヤさんと話しているうちに、初めは無愛想な人だと思ってたんですけど、だんだん優しい人だなって思い始めて。どんどん好きになっていって……って感じです。」
ユニスはまるで火がでそうなほど赤面していた。
「そうなんだ。」
エリナちゃんのことがあるから、カズヤさんがこの子に振り向くかどうかは分からない。
だが、カズヤさんの止まった時間を動かせるのも彼女だけかもしれない。
「オシャレとかして頑張ってるんですけど。カズヤさん、全然反応してくれないんです。出会った当初よりは態度が柔らかくなった気がするんですけど……」
レーナはカズヤを後悔という呪縛から解き放って欲しかった。
レーナの言葉は彼には届かない。
しかし彼女なら、もしかすると───
「応援するよ。頑張ってね、ユニスさん。」
レーナが笑顔でユニスに告げる。
すると彼女は晴れやかな顔で返事した。
「はい!」
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