55.プロローグ
お待たせしました。
成り上がりです。
「グアアアアアアァァッ!!」
紅蓮の鱗の全長50メートルはあろうかという巨大な竜の咆哮が地を震わせる。
広げられた翼は逞しく、この地の生態系の頂点───王に相応しい貫禄を見せつけていた。
そして、切り裂かれたように鋭い紅の瞳。
そこには侵入者に対する怒りの炎がメラメラと宿っていた。
口腔内は鋭利な歯の隙間から紅い炎がチラついている。
「……うるさいな。」
王に対峙するのは一人の青年。
夜の帳を連想させるくたびれた漆黒の外套に、まるで黒曜石のように暗い短剣。
身長は165cmほどで、フードを被っているせいで顔は見えないが、端からははねた黒髪が見え隠れしていた。
「…はあ。」
だらりと脱力したように手を下ろした青年がゆるりと竜に向かって歩き出し────
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「冒険者さんが帰ってきたぞーっ!」
簡素な麻の服を着た初老の男が山から降りてくる青年を発見し、村に向かって大声で叫ぶ。
すると、ぞろぞろと藁葺き屋根の家から村人が出てきた。
そして、不安や期待の混じった表情で村の入り口まで集まった。
「よく帰ってきてくれました。…ところで、その…竜はどうなりましたか?」
「殺しましたよ。」
青年は飄々とそう言うと、アイテムボックスから竜の首を取り出し、地面に置いた。
「ひえっ。」
何人かの村人が竜の表情に悲鳴を上げる。
見るものを射殺しそうな程鋭い眼光には、己を殺す存在への怨念が詰まっていた。
「卵もあったので全部取り除いておきました。」
「おおっ!ありがとうございます!…何年も前からずっとギルドに依頼して居たのですが、依頼を遂げてくれたのはあなただけです。これで、我が村の者を生贄に捧げなくて済みそうです。一族の悲願が叶いました。本当に、ありがとうございます。」
初老の男が涙ぐみながら、地に頭を付けそうなほど頭を下げる。
村人からも嗚咽の声が漏れていた。
「是非ともお礼をしたいので、しばしの間、その家で待っていてくれませんか?」
初老の男が村の中でも一番大きな建物を指差す。
「いえ、報酬はギルドから貰うので結構です。」
「…いやいや、そんなことは言わずに。今、料理を用意致しますので。」
「…言い難いのですが、僕にはこの村がそんなことをする余裕があるように見えません。僕は結構ですので、村の皆で食べてください。」
この国でも辺境に位置するこの村は、人口も少なく、村人も痩せ細っていた。
しかも建物も簡素なものばかりで、とてもだが裕福な村とは見えない。
「…心遣いありがとうございます。」
初老の男が胸を打たれたように涙を拭う。
「では、僕はそろそろ帰ります。…さようなら。」
「……本当に、ありがとうございました!」
ひらひらと手を振りながら村を去る青年の背に、村人達は何度も頭を下げ続けた。
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振り下ろされた剣が、彼女の胸に突き刺さる。
彼女を殺した少年は不気味に笑いながら去っていき、この場には青年と彼女が取り残された。
青年は慌てて彼女に駆け寄る。
手を握ると、今まで目を瞑っていた彼女がゆっくりと目を開く。
「ねえ、どうして私を助けてくれなかったの?」
「ねえ、『絶対に助ける。』あの言葉は嘘だったの?」
「ねえ、痛い、痛いよ。早く助けてよ。」
「ねえ、血が止まらないの。」
「ねえ、私を助けてくれないなんて酷い。」
「ねえ、家族に会いたい。」
「ねえ、早くここから出して。」
早口に紡がれる彼女の慟哭に、青年は何も言うことが出来ずに、口を噤む。
「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ──────どうして?」
「ああっ!」
青年が叫び、ベットから飛び起きる。
肌着は汗でじっとりと濡れ、不快感が青年を襲う。
「はあ、はあ、はあ。」
息も絶え絶えで、動悸も激しかった。
やっとのことで呼吸を整え、風呂場に向かう。
魔道具で浴槽に湯を張って、青年は肩まで湯に浸かる。
湯が冷えた体をふんわりと包み込む。
適度に温もった所で体を流し、風呂から出て、私服に着替える。
むしゃむしゃと丸いパンを何個か詰め込んだ後、洗面台で支度をする。
そして武装を整え、青年はギルドに向かって行った。
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「…ずっと前から思ってたんですけど、他に予定無いんですか?」
「いや、無いよ。」
出会い頭に失礼なことを言う受付の少女を青年が適当にあしらう。
少女は肩口でくるっとした栗色の髪をいじりながら、再び口を開く。
「ほら、例えば目の前の女の子をデートに誘うとか。ちなみに私、明日は暇ですよ。」
自然体を装うとしたのだろうが、少女の頬は薄らと赤く染まっていた。
「いや、無いよ。」
「どうしてですかー。むー。」
少女がへにゃへにゃとカウンターに突っ伏す。
青年より2つ年下の少女が年齢よりさらに幼く見えた。
「それより、今日はいい感じのクエストはある?」
「………」
少女はそっぽを向いたまま何も答えようとしない。
「…はあ。また今度、ご飯奢るから。」
「仕方ないですね。」
口調は仕方無しといった様子だったが、少女の口はニマニマと緩んでいた。
「……あ、これはどうですか?」
鼻歌でも歌い出しそうな様子でクエストのリストを眺めていた少女が声を上げる。
「何それ。」
「…えっと、今度このギルドに派遣される人の護衛らしいです。そこそこ近い街からなので、そんなに移動しなくて済むと思いますよ。」
「…僕は討伐系が良いんだけど。」
青年が少し不満げな表情で少女に抗議する。
「たまには護衛任務もいいんじゃないですか?討伐系ばっかりしてると、そのうちモンスターの血の匂いが取れなくなっちゃいますよ。」
しかし、少女は茶化すようにそう言った。
「…まあ、別にいいけど。」
「はい、了解です。冒険者が決まり次第出発なので、向こうのギルドには伝えときますね。」
少女が通信用の魔道具を指差す。
それは深い藍色で立方体の様な形をしていた。
青年はそれをチラリと横目で見た後、少女に声を掛ける。
「というか、それなら向こうの冒険者が護衛したらいいのに。そしたら行く手間も省けるし。」
青年が面倒くさそうに口を尖らせる。
それに少女は申し訳なさげな顔をした。
「それはそうなんですが、向こうのギルドにCランク以上の人が数人しか居ないんですよ。ほら、護衛系のクエストって、Cランク以上じゃないとだめじゃないですか。しかも、その人たちは長期のクエストをやっていていつ帰るか分からないので、このギルドに迎えに来てくれって要請が来たんです。」
「ああ、なるほど。ええと、それじゃどこに集合なの?」
「ランベルですね。」
「わかった。行ってくるよ。」
「はい、行ってらっしゃい。」
少女は満足そうな笑みを浮かべた。
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「あの、すみません。護衛の依頼で来た者ですが。」
ランベルの街にやって来た青年がギルドの受付に声を掛ける。
「あ、はい。ステータスプレートを確認しますね。」
青年が、受付の女性にステータスプレートを渡す。
女性はそれを慎重に受け取り、まじまじと確認した後、プレートを青年に返した。
「確認しました。では、馬車の所まで案内します。」
女性が青年をギルドの裏へと連れて行く。
ギルドの裏には小ぶりの馬車が置いてあった。
荷台は雨風を防ぐ為の天幕が貼られているせいで、中の様子はシルエットでしか分からない。
そして、馬が待ちわびたかのようにブルンと低く唸った。
「冒険者の方がいらっしゃいましたよ。」
受付の女性が馬車の中の人物に声を掛ける。
内側から「はい、今行きます!」という女性の声がし、荷台から降りようとする影が見える。
「…今の、どこかで。」
青年の小さな呟きは、荷台から跳び降りる音に掻き消された。
そして───
「あれ?え、あ、カズヤさん!?」
「………レーナさん?」
二人は実に2年ぶりの再開を果たした。
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