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海を眺める呪いの骨

作者: kurororon

 ある山奥に、呪われた少女がいた。

 彼女にかけられた呪いによって、近寄る人間は衰弱し、やがて死に至る。少女は自分の呪いを恐れ、人里を離れた山林で日々を過ごした。しかし長い銀髪が木漏れ日に煌く、その美しい横顔を見ようと、多くの若者が彼女を探し求めた。

 少女は呪いによって死んだ若者の遺体を埋葬する度に、罪悪感と理不尽に苛まれ、より山深くへと逃げて行った。それでも彼女の周りには、時折死体が転がっていた。


 ある日、彼女の前に1人の若者が現れた。呪いで死ぬはずの人間が、彼女を見て微笑んでいた。

 その男は魔術師らしく、呪いを妨げる術を学んでいると語った。そして少女を救いたいと、真剣な眼差しで告げて来た。少女は戸惑いつつ、自分には救われる資格はない、と返した。だが若者は、それでも君のために何かをしたい、そう言って引かなかった。

 それから若者と少女の生活が始まった。木の実を取り、祈りながら獣の皮を剥ぎ、洞穴で雨風をしのぐ日々。すぐに若者は嫌気がさすだろうと少女は思っていたが、若者は少女と一緒に、何か月も生活を共にした。そして少女の顔を見る時は、いつも笑みを浮かべていた。


 ある日、若者が少女に問いかけた。どこか行ってみたい場所は無いか、と。いつまでもこんな山の中で暮らしていては、君があまりにも可哀相だ。もっと自由になっても良いはずだ。若者のそんな言葉に、少女の心はわずかに揺れ動いた。しかし、自分にかけられた呪いが他の人間を殺してしまうのなら、自分はここから動くわけにはいかない。その決意を若者に伝えた。

 若者は安心させるように微笑んだ。僕が呪いを抑える術を使えば、誰も死ぬことは無い。何もしていない君が、死んでしまう誰かのことで苦しむなんて、おかしいことなんだ。僕が君に、人間らしい自由を与えてあげるから。

 少女はその言葉を何もかも信用したわけでは無かったが、自分が今のような運命を辿っていることに、理不尽さを感じているのも確かだった。もしも叶うのなら、もっと広く美しい世界を見てみたかった。

 海を、見てみたかった。


 若者は少女に術をかけ、その呪いを抑え込んだ。そして、2人の旅が始まった。



 1つの目の街。少女が来てから2日で、8人が死んだ。若者は何度も少女に術をかけ直しながら、大丈夫、大丈夫だから。そう笑顔で繰り返した。


 逃げるように辿り着いた2つ目の街。1日ほどで、6人が死んだ。


 3つ目の街へ向かう途中。すれ違った旅人が倒れ、動かなくなった。


 近隣の街から多くの人々が訪れていた、3つ目の街。数えきれないほど、死んだ。


 大丈夫。

 君のせいじゃない。

 誰も悪くない。

 若者はそう言って何度も少女を慰めたが、少女はその言葉を受け入れることなど出来なかった。あの静かな山林へ戻ることも出来ず、人々が呪いで死ぬのを見続けることも出来ず、何も出来ない少女は嵐が過ぎ去るのを待つように、若者の手を握り、海へ辿り着くことを願った。

 

 いくつもの街を汚し、2人は旅を続けた。やがて、潮の香りが鼻をくすぐり、波の音が耳を震わせて来た。

 

 海の青が、岬の先端から地平の先まで、果ても無く広がっていた。


 空との境界線も曖昧な、見たことの無い青。世界の広さを陽光に揺らめかせ、雲や白波が、青一色ではない奥行と美しさを少女の心に焼き付ける。この海に果てなんてあるのだろうか、この空に果てなんてあるのだろうか、この世界に、この全てに、果てなんてあるのだろうか。世界はなんて、美しいのだろうか。

 ああ、でも。

 少女は、満足げな笑みを浮かべる若者を見る。

 私は、ここに来るためにどれだけの人々を殺めてしまったのだろうか。私は、ここに来るべきでは無かった。私には果ての無い世界も、美しい全ても、何も相応しくなかったのだ。倒れた子どもに駆け寄る母親が、友人を必死に揺さぶる男の姿が、唐突に崩れ落ちる人々の姿が、私の眼に染み付いてしまっているから。

 いっそ、私自身が呪われて死んでしまえばいい。少女の眼から涙がこぼれ、笑顔だった若者も心配げな表情へと変わる。そして若者の手が少女の髪に触れた瞬間、彼の両目から血が流れだした。

 若者の悲鳴に少女が顔を挙げた時には、若者の口から、鼻から、耳から、みるみる血が流れだしており、苦痛に歪んだ顔が、かつての笑みなど微塵も残さず崩れ落ちて行く。

 少女はその姿を見ながら理解した。自分は、若者を呪ったのだと。この世界の広大さと美しさと自由を教えてくれた彼を、自分の意志で呪ったのだと。今まで誰一人本気で呪ったことの無い少女は、最も彼女のことを想ってくれた若い男を、最も忌み嫌ってしまったのだ。他人に死を振りまく、自分自身よりも。

 若者の身体が腐敗した肉塊と骨になり、彼女は自分の汚らわしさに嗚咽した。自分も若者と同じように腐り落ちて死ねば良いと、強く願った。だがいつまで経っても、そんなことは起こらなかった。

 自分自身を呪うことが出来なかった少女は、岬から身を投げた。


 それから幾年かして、その岬について不吉な噂が流れるようになった。

 夜中にその岬を訪れると、1体の骸骨が何かを待つようにじっと海の方を眺めており、その姿を見たものは近いうちに死んでしまうのだという。

 

 呪いを押し付け、死ぬことすら出来なかった少女は穏やかな日々を過ごしながらも、月の明るい日には岬の見える浜辺に行き、遠くからその骨を眺めていた。いつか呪いと報いを受け、自分を許せる時が来るのを、彼女はいつまでも待ち続けた。


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