第6話 魔王ちゃん頑張る。
ライラの震えは尋常ではなかった。はじめは俺以上の緊張しいかと思っていた。しかし、コミュ障だからこそわかる。これはいわゆるガチのヤツだ。俺は「大丈夫だよ」と優しく、だけどギュッとライラを抱きしめた。その成果次第にライラの震えは弱まっていった。
「ライラ、大丈夫だよ。何も怖くないよ」
「…うん」
「お嬢さん、大丈夫か?」
俺は声の元はカルドであった。気になって見に来たのかもしれない。その声と共に、ライラが俺の手を突然握った。俺は不謹慎ながらドキッときた。どうやら気づけば次第にわらわらと騎士や人が集まっていたようであった。それに伴ってライラの震えは増していった。カルドは偉い人だったな。俺はライラを少し強くギュッと抱きしめ、ライラの耳元で静かに「少しだけ離れるね」と言った。
「カルドさん。少しだけで私とライラだけで話をさせていただけませんか?」
「そうだな。とりあえず落ち着くまではそうした方が良いのかもしれないな」
「ありがとうございます!」
俺は出来る限りの感謝の気持ちを伝え、俺たち以外この部屋から出て行ってもらった。部屋は静まり返る。俺は再びライラを優しく抱いた。そして、しばらくするとライラの震えは収まった。ライラの震えが収まったのを確認して、俺はライラの顔を見た。相変わらず可愛いな。美少女は泣いている顔も様になるのかと俺は思った。
「お姉様、ご迷惑をお掛けして本当にすみません」
「いいんだよ」
俺は出来る限り優しく言った。それからゆっくり訳を聞いてみた。
「どうしたの?」
「わかりません。人間の男を感じた瞬間、私の身体が急にゆうことを効かなくなって、足先から、頭の先まで震えが…」
「それは辛かったね」
その時俺はふと思い出した。そういえば、確か人間に酷いことをされたとか言っていたな。俺はそんな感じの同人誌を買ったことを後悔した。いざ、目の前にその様な目にあってしまった子を前に、興奮しました!なんて言えるはずもない。そして、その同人誌のオチは総じていたたまれないバットエンドである。俺は悲しくなった。
「悲しいことを聞くようだけど、もしかしてライラちゃんは封印される前、人間に酷いことされたんだよね?」
ライラはこくりと頷いた。これはまさしくストレスというやつだ。俺は確信した。よく戦争とかテロとかのニュースでよく聞く心的外傷後ストレス障害PTSDってやつじゃないか?アメリカ軍の兵士が戦争であまりにも悲惨な目や光景を見て、PTSDを患って帰国するというニュースは何度か見た気がする。俺はことの深刻度合いを感じた。
「ライラ、目を瞑って」
ライラは目を閉じた。俺はライラの瞼に手を当てた。
「ライラの事を沢山教えてもらったから、次は俺の話をしようか。話してもいいかな?」
「お、お願いします。お姉様」
俺はライラの瞼に手を当てたまま話し始めた。
ライラ視点
お姉様の手はとても暖かかった。それはまるでお日様の様に暖かく、生まれたての赤子のようにツルツルの肌は今まで肌につけた最高級の毛布や毛皮よりも心地の良いものだった。そんな手の持ち主であるお姉様がご自身の身の上話をしてくださるなんて、私は悲しくも人間に会うだけで震えてしまう情けない身体に少しだけ有難みを感じてしまった。
「俺は、ここに来るまで博士課程の学生だったんだよ。あっ、博士課程っていうのは、大学を卒業して、大学院修士課程を卒業した後に入る場所なんだよね。博士課程では、普通の学生の様に勉強したり学んだりすることがメインじゃなくて、世界で誰もしたことがないことや知られていないこと、作られていないモノを開発したり探求したりするところなんだ。
俺がやっていたことは、遺伝子という命の情報を解明することだったんだよ。色々な病気と患者の命の情報を調べて、関連性を探る。すると、あるとこの命の情報を持つ人はこの病気がかかりやすいとか、こういう性格を持っているとか分るようになるんだよ。
でもね、これを見つけ出すのには中々長い道のりが必要でね、でもそれが面白いんだけど、一番大切なのは諦めないことなんだよ。
今は震えてしまうかもしれない。これを克服するのには長い長い道のりが必用なのかもしれない。でも終わらない雨はないようにいつかきっと治る。
話を戻してさっきの俺のやっていたことなんだけど、どうしてこの遺伝子とかいうものに着目しているかということを話すね。そもそも生き物はみんな最初っから決まった遺伝子を持っているんだよ。生き物は生まれた時からどの病気で死んでしまうとかいるということなんだよ。でもね、探求を続ければ続けるだけ、その病気に対する情報は増えるし、ゆくゆくは、将来起きるであろうその病気に対する対抗策を考えることが出来るようになるかもしれない。俺は、可能性の芽を育むことをやっていたってことかな」
女神様はなんだかもじもじしながら語った。
未熟な私には女神様の言っていることのほとんどを理解することが出来なかったが、何やらすごいことをされていたということだけは分かった。そして私は改めて女神様の偉大さに心打たれた。
「震えが止まったようだね」
「はい、おかげさまで」
「ごめんね。つまらない話をしてしまって」
「いえいえ、とんでもないです。未熟な私には想像もできないほど素晴らしいことをされていたのですねお姉様は」
「そんなことないよ」
お姉様は笑った。その笑みはとても純粋無垢な子供のようであった。私はそんなお姉様に惹かれてしまった。お姉様は優しく言葉を発した。
「そろそろ、あの人たちと話をしないといけないね。ライラは少し待っててくれるかな?」
「いえ、一緒に行きます。行かせてください」
「無理はしなくていいんだよ」
「いや、私もぜひ」
「だったら条件がある」
カルド視点
私はしばらく部屋の外で待っていた。それからゆっくりと扉が開いた。出てきたのは金髪の少女である。そしてその後ろにしがみつくように白髪の少女が目を瞑って出てきた。
「もういいのかね?」
「待ってくださってありがとうございます」
「2、3聞きたいことがある。気分がすぐれないなら明日でも良いが、どうかね?」
「大丈夫です」
「では、応接間で話そうか」
相変わらず金髪の少女が話した。金髪の少女は、先ほどの何かにビビっていた様子とは打って変わって、不思議と大人びたような雰囲気を発していた。妹の前で気を張っているのだろうか。先ほどまでカーベルで運ばれていたのだからさして不思議でもないか。
応接間に着き、私は少女たちに座るように言った。白髪の少女は部屋から出てきてからずっと目を閉じており、金髪の少女が座る場所へと誘導し、ようやく座ることが出来た。目が見えないのか、何なのかは分からないが容易には聞けそうもない。ともかく、最初から聞こう。
「では、聞こう。なぜ君たちはカーベルに乗っていたのだね?」
すると白髪の少女が口を開いた。
「カーベルに乗っていたら何か不都合がありまして?」
その声は震えてはいたが、ハッキリとしたものであった。
「いや特にない。しかし、カーベルとは元来ゴブリンが使うもの。君たちみたいな年端もいかない女子供が乗るにはふさわしくない」
「なぜ、人間の年端もいかない女子供にはふさわしくないのでしょうか?」
「それは決まっている。ゴブリンは穢れたモノだから。理由はそれだけだ」
「なぜ、ゴブリンは穢れたモノなのですか?」
「奴らは生肉を食らう。それ以上にふさわしい理由などない」
すると白髪の少女は金髪の少女の手をチから強く握った。金髪の少女は反対側の手で白髪の少女の肩を軽く触れまるで「大丈夫だよ」と言わんばかりの表所をした。しばらくして白髪の少女は言った。
「ゴブリンが生肉を食べる理由は、人間や他の種族が生きてはいけない過酷な環境下で生きていくため、動物の血肉、骨にまで含まれる栄養を余すことなく食べているからです。人間だって鹿や豚、牛を食べるますでしょ?彼らも同じなのです。また、彼らは彼らにとって必要な分しか狩りをしません。それは1つの年に多く動植物を狩ってしまうと、次の年は狩ることの出来る動植物の数が減ってしまいますでしょ?彼らも知能がある立派な種族なのです」
白髪の少女の閉じた瞼から一縷の涙が流れた。金髪の少女は優しくその涙を拭いて上げてはいた。その金髪の少女はというと号泣していた。
そして私はというと、正直驚くほかなかった。