第3話 アーブラム到着
ここは20年前の先の大戦までは旧魔族領ヘルヘイムと呼ばれ、魔族の一大拠点として栄えていた。しかし、先の大戦で魔国が滅んでからは今や王国領アーブラムとして生まれ変わった。もう昔のような野蛮な場所ではない。そして私は先の大戦の功労者として、アーブラムの初代領主となってこれまた20年である。
激戦区となり焼失してしまった頃から見てきた私としてはこの領土は不思議と故郷よりも大切な場所であると言って良いだろう。特にアーブラムで働く人間達を見ると、ここが激戦区であったということすら忘れてしまう。
アーブラムの領都であるブラウの中心に位置するブラウ城の領主室に私はある。この領主室にある大きな窓から見える景色は格別である。そしてこの景色にはブラウの市場全体を見通すことができ、私はしばしその窓からアーブラムの領民を見る。これは私の日課であり、趣味であり、生き甲斐なのだ。今日も私は窓から市場を眺めていたら。
「おはようございます」
カルドの声がする。彼は30代と若いが、私にとって最も信頼できる近衛である。ガタイも良く、利発、非の打ち所がない者ではあるが、なぜか独り身なのである。
「おはよう、カルド」
「クラウス卿、また外を覗いていらっしゃるのですね」
「そうだ。私にとってこれは欠かせない日課のようなものだ」
「恐れながら、陛下にも職務がありますので、ほどほどにされてはいかがかと」
カルドに言われては仕方がない。私は指で軽く口髭を整え、机に腰掛け書類の束と格闘し始めた。これも領民の為の仕事だ。しかし、領主となるまでは武官として前線で魔族と戦っていた私としてはいつになってもデスクワークは嫌いである。しかし、これもまた領民を護る仕事の一つである。私は20年のアドバンテージを活かして資料と格闘をする。
そしていつも通り書類だけで昼になる。いつの間にかカルドは何処かへ行き、メイドが私にランチを知らせにきた。
「ご主人様、昼食の準備が整いました」
「すぐに向かおう」
そう言いながら私は口髭を整え、軽く外を見た。
すると、一直線に何かがブラウの街の北門に進んでいるのが見える。
「ここ最近来なかった魔族がやってきたのか?」
私はメイドにカルドを呼ぶように言いつけ、昼飯に向かった。
視点切り替え(カルド)
カルドにとっても今回の仕事は容易い内容のものだった。しかし、いくら数が少なかろうと魔族は魔族だ。奴らは凶暴で何をしでかすか分からない。特にオークなどの奴らは力も強く、しばし現れては盗賊まがいの事を平気で行う蕃族である。
魔王が封印され、魔王の側近が殺されるまでは、このアーブラムの地域はオークの一大拠点であったためか、現在でもしばし現れては農作物や略奪が行われていた。戦後、アーブラムに入植したカルドは親しきものをこのオークに殺された。そのせいか、カルドは率先してアーブラムの治安維持に努めた。
カルドはクラウスからの知らせを受け、すぐさま北門に馬を走らせた。
「カルド様、アレです!」
カルドは、北門の守備棟に着き、すぐさま守備棟の見張り台に登った。すると同時に見張り兵がカルドに言った。カルドは目を凝らして一直線に走って来るものを見た。
ボートを長細くしたモノが馬と同じくらいのスピードで走ってくる。
「あれはカーベルか?」
「どうやらそのようです」
カーベルとは、ゴブリンがしばし使う移動手段で、大人の半分ほどしかないゴブリンの体重と身体の小ささという欠点を利用した小型の偵察道具である。実に忌々しい。
「北門を閉めろ!弓の準備をしろ!」
門兵達は急いで行動を起こす。実に優秀な部下たちだ。カルドはそう思いながら、カーベルを見つめる。すると、何か不思議なことに気がつく。
「おい、見張り、カーベルの上に何が見える?」
門兵の見張り員には必ず視力検査があり、非凡な者でないと任命されることのないいわば職人なのである。もちろん、カルドはそれを知っている。カルド自身が考案したことだからだ。
見張りが言う。
「どうやらゴブリンではなく、少女が2人乗ってるようです」
カーベルに人が乗る確率は極めて低い。なぜなら、カーベルのほとんどがゴブリンが使う為に作らる。ゴブリンの主食は生肉であるため、生ゴミのような臭いを絶えず発している。そんな奴らの乗り物なのだから嫌われるし、その前に臭いが人を寄せ付けない。
よって、カーベルに人が乗るということは、ゴブリンに殺され食用肉として移動させられている事が多い。
カーベルは、北門に近づくと緩やかにスピードを落とし、北門スレスレで停止した。
カルドは、せめて亡骸は人として扱ってやらねばと思いカーベルの前に立った。そこには、白髪の少女と金髪の少女がカーベルの端でそれぞれ丸くなっていた。そして驚くべきことにスヤスヤ眠っているのだ。思えば、このカーベルには臭いが一切ない。カルドと共に来た門兵が感嘆の声を上げる。
その声に反応してか、金髪の少女が目を覚ます。その少女の顔は精巧に作られた人形のようであった。そして金色でサラサラの髪、どこかの貴族の出であろうか。彼女はゆっくり口を動かした。
「お、お、お、俺になにか?」
彼女はガタガタ震えながらカルド達を見つめていた。