第20話 ライラの笑顔
今、私と私のお姉様こと金髪の女神様は馬車で目的地ラスタまで移動中です。ラスタまでの道のりは残り1日ほど。少数での移動ならばもっと早く到着出来たのだけれども、数百人規模での移動はやはり時間がかかる。でも、それ以上に人間達の体力のなさがこの時間の遅さに起因しているのでしょうか。魔族と比べて不自然な程に弱いその肉体と魔力に戸惑ってしまいます。魔族の王である私も長きに渡った封印のせいか以前ほどの力も魔力もない。それでも封印から解き放たれ数週間経った今では、魔力も体力も少しは戻り、この馬車の外にいる人間くらいは容易に相手にできるだろうと裁断がつきます。いや、でも私が目指すべきは人間族と魔族が争うことなく共に手を取り合える世界の実現です。こんな考えはダメですね。私は自分の頬を強く叩いた。すると私の腕に吐息を感じた。
そうでした、私の隣でお姉様がスヤスヤお眠りになさっていたのですね。せっかくの休息をこんなことで起こしてしまうわけにはいきません。私は頬を叩くのをやめ、お姉様を見つめた。そのお顔立ちは見惚れるほどに美しく、同性なのに一生手放したくない程の愛おしさを感じた。私はお姉様の手肌を見た。その肌には明らかに魔族とも人間族とも異なる力を感じ、やはり女神様であるということを感じた。このお力はいつ発揮されるのでしょうか。とても気になります。私はお姉様のお手を握り、見続けた。
しばらくした後、お姉様は眼を覚ます。
「ライラ、私寝ちゃってたね」
お姉様は子供の様に、そして寝足りなそうに言った。素直に可愛い。お姉様は一つ大きなアクビをして、それからまた少ししてから言った。
「ライラの手暖かいね」
お姉様の手に一瞬小さな力が入ったのを感じた。それからお姉様は目をキョロキョロさせ顔を赤らめた。その仕草はまるで意中の女の子相手に緊張する殿方の様でこれまた別の可愛さを感じた。思えば、会った時のお姉様は、自分の事を男性だと言っていた。いや、でもこんな可愛いお姿のイキモノが男性なはずはない。
すると、ぐ〜っと気の抜けた音がした。それはお姉様のお腹からだった。お姉様は顔を真っ赤にして私を見つめ、小声で言った。
「ライラ、私と一緒にサンドウィッチ食べませんか?」
なんですかこの可愛い女性は!
失礼しました。彼女は、私の偉大なお姉様なのです。いかにしてこの女性が魔族の王である私にお姉様と言わしめたのかを端的に説明しましょう。
まず第一に、この見惚れる様な美しさと可愛さ。もちろんそれだけではなく、時に見せる知性と思慮深さも忘れてはなりません。女神様であるが故のモノなのかもしれませんが、これまた時に見せる子供の様な反応から、聡明さもまたお姉様自身の素養であることが感じられます。
第二に、懐の深さです。お姉様と初めて会った際、私は絶望の淵で泣くことしかできませんでした。そんな私をお姉様は優しい包んでそして今なお私のお側にいてくださる。聡明なお姉様の事ですから、きっと私なぞいなくても何かしらの方法で人間族を使ったりして迅速に行動を起こせていたのでしょう。それでも私を見捨てずに、まさに私の悲願である魔族の復興の第一歩にまでその御手を差し伸べていただけている。この慈悲深さを私はお慕いする以外の感謝を持ちません。もちろん、女神様をお姉様と言うのは失礼とは確かに思いますが、ここは私も魔族の王としての意地があります。色んな事を譲歩して、でも親しみを持ちたくてお姉様なのです。
話を戻しましょう。今まさにお姉様はサンドウィッチをメイドのリズに取り出させた。リズは、馬車の中で私とお姉様の向かいに座っており、その隣に置いてある箱の中からサンドウィッチを丁寧に取り出した。
「女神様、どうぞ。ライラ様もお食事になさいますか?」
「では、いただこうかしら。リズも一緒に食べないかしら?」
「良いんですか!では、お言葉に甘えさせていただきます!」
私はリズからサンドウィッチを受け取った。
読者のみなさん、リズの紹介が遅れたのをお詫びしますね。リズは、人間族なれど私のお世話をしてくれる稀有な娘です。容姿だけなら大体同じくらいの年齢に間違えられるが、私の方が数10歳年上なのは何故だか恥ずかしくてリズには言えません。長過ぎる長寿は時に遅過ぎふ成長という悲しい現実に胸打たれます。リズは何事にも丁寧で魔族である私に対しても変わらない対応をする。しかしやはり人間の少女という雰囲気を私に感じさせるある意味私の今後必要となる人間とのコミュニケーションを行う上でとても重要な事を教えてくれるのではと心なしか期待してもいる。今私の前にいるリズは、嬉しそうな顔でリスの様にサンドウィッチをかじっていた。
馬車が止まった。馬の休息の時間がきたみたいだ。馬車の外から話し声が聞こえ始めた。
「ライラ、私は少し外に出るね」
お姉様は言った。
思えば、お姉様は休息の度に外に出ている。始めは、馬車の外の空気を吸いたくなっのではと思っていましたが、後でお姉様に聞いてみたところどうやら景色を眺めていたという事らしい。市場や都市ならいざ知らず、森や山は天界にないのかしらね。何の変哲も無い森や山を見て感動するとはやはり変わっていらっしゃる。
「また、森や山を見に行かれるのですか?」
「そうだね!トーキョーにはないからね!」
トーキョーとは天界のことなのでしょうか。お姉様のウキウキしたお姿の不審さに、思わず私はリズと顔を合わせてしまった。
「なら今回は私もお姉様と一緒に出てみる事にします」
「私もお伴します」
私とリズは言った。
外に出ると、やはりそこは何の変哲も無い森だった。お姉様は外に出るやいなすぐに伸びをして、その場で不思議な踊りを始めた。
「お、お姉様?何をされてるんです?」
「ストレッチかな」
「ストレッチですか?ストレッチとは何ですか?」
「ああ、体操の事だよ。筋肉ってあまり動かさないと固まってしまうんだよ。だからこうやってほぐすのが良いんだよ」
すると驚くべき事に隣でリズも伸びをしていた。
「ねぇ、リズ、あなたもストレッチ?」
「ストレッチがどの様なものかは存じ上げませんが、こう身体を動かすのは気持ちが良いものです!」
「そうなのですね」
そんなわけで私もリズと同様に身体を伸ばしてみたが、特段変わった変化はない。これが人間と魔族の差なのだろうか。面倒な身体をしている様だ。
だが、そのストレッチとやらを見てると、不思議とおかしな笑いがこみ上げてきた。
「ライラの笑顔はやっぱり可愛いね」
お姉様は真っ直ぐで無垢な目をして言った。その眼に、私は不思議と恥ずかしさを感じてしまった。そして目を背けた。すると、お姉様は言った。
「これから良い街を作るんだから、良い笑顔でないとね!」
私の胸に何かが宿ったのを感じた。それから私は真っ直ぐにお姉様を見て言った。
「そうですね。みんなが笑顔に生活できる場所を作りましょう」




