第2話 魔王の身の上話に俺号泣
彼女はまだ立つことが出来なかったので仕方なく俺がおんぶをしてこの空間から外に出た。
そういえば、さらりと魔王としてだかなんだか言っていたが、聞かなかったことにしておこう。俺の心は広いのだ少しくらいよく分からいことを言っていったって気にしない。それにしても想像以上に彼女は軽く、しがみつく力すら感じない。よほど彼女は衰弱している気がする。医者ではないから分からないが、これは栄養価のある食べ物を食べさせたほうが良いな。そんなことを考えていたら、ふと肩に水気を感じた。彼女がまた泣いているのである。おいおい、どうした魔王様。
「あ、すみません。女神さまの肩を汚してしまいました。私また涙を流して…。久しぶりの外の世界があまりにも美しすぎてつい私、泣いてしましました」
なんだこのセリフ!分からんけど泣ける!一体どういう人生を歩めばこんな発言ができるんだ。俺は戸惑いしかなかった。とりあえず何とか言っておくか。
「ここは本当に広い草原地帯だよね。草原って植物は育つけど樹木は育たないくらいの降水量場所か、もしくは大きい植物が折れてしまうくらい風が強い土地ってことだね。空気が乾燥しているから降水量が原因で草原になったのかな?」
ああ、何を言っているんだ俺!俺は言ってから後悔した。ああ、だから彼女出来ないんだろうな。くそ。すると、彼女は言った。
「お姉様、博学でいらっしゃるのですね!」
彼女は思ったより嬉しそうに言った。だが、待ってほしい、俺は男だ。
「あ、お姉様って、俺のこと?」
「すみません。私ごときものが女神さまに対してなれなれし過ぎました」
「あっ、いや、そういうことではなくて、俺は男ってことだよ」
すると彼女は明らかに不思議そうな表情を見せた。どういうこと?と顔に書いてあるってこういう表情かもしれない。
「恐れながら、あなた様のお姿はとても女性的でお美しいものであると思います」
「噓でしょ?」
「いいえ、そのお心の様にお美しいです!」
「まあ、いいや。好きに呼んで」
「本当ですか!では、差し支えがないようでしたら”お姉様”と呼ばせていただけないでしょうか」
必殺、笑って誤魔化す。それにしても、なんとも複雑なものである。褒められてうれしいと言えば、嬉しいが、内容が納得いかない。女性的だと…。おっさん系老け顔の男である自分ほどかけ離れているものはないと感じる。だが、今日の俺はなんだかいつもとは違う気がする。それこそ起きた時に見た自分の華奢な白い腕、それから今も感じる声の違和感。それから目線だ。鏡が欲しい。
「それにしてもこれからどうする?」
俺たちは周りを見た。これは、やばい。この石以外草原。何もない。町や人、木、動物、何にもない。これはやばい。どうすればいいのか…。
そのとき、彼女が何かを呟いた。すると目の前の地面が隆起し、長さ4 mはあるかという大きなカヌーのようなものが出現した。俺は素直に驚いた。
「お姉様、粗末なものですが、移動手段に…」
彼女の声は明らかに元気がなくなっている。え、もしかしてこれ彼女が出して、その影響で体調不良ってことか?俺は慎重に彼女をカヌーに寝かた。
「そういえば、きみの名前を俺は知らない。教えてくれない?」
「す、すみません。私の名前は、ライラ・ボーデヴィッヒです」
ライラは辛そうに言った。私はすかさず言った。
「無理しないでね。俺の名前は、樋口昌。あと、顔色悪いけど、もしかしてこのカヌーのせいで顔色が悪くなったの?首を振って返事をしてね」
するとライラはこくりと頷いた。ライラの白い顔が青白くなっていて唇もなんだか不健康そうな色をしている。この子は体調が身体に出るタイプなんだな。こっちとしては助かる。
「ライラちゃんでいいかな?とにかく、今後は今のようなことはやめてね。それでライラちゃんが辛い顔をしているのは俺ちょっと嫌だから、ね。今は頼りないかもだけど、俺に任せてくれるかな?」
ライラはまたこくりと頷いた。
さて、これからどうするか。
俺はカヌーの先端を見た。カヌーの先端は彫刻刀のような形になっており、自転車のように跨がれる感じになっていた。これはまさか…
モノには様々な役割がある。そしてその形にもだ。これは自然界でもそうだ。果たしてこのカヌーが自然界のモノであるかは分からないが、どうやらこの形は自転車のように跨がれって言われている気がする。
「自動車免許は持ってるけど、バイクは運転したことないんだよな…。あっ、今は免許も持ってないわ」
一人で笑って、一人で考える。そして俺は、周りの草原を見る。地平線まで届く涙が出るくらいの大自然の驚異である。カヌーに寝かしているあの衰弱少女には酷だろうな…。
「乗るか」
俺は跨った。気持ち、体に何か湧き上がってくるのを感じた。これが魔力なんじゃないか?俺は力を込めてカヌーを全身するように願った。
「動かない」
気合が足りないのかともかく原因すら分からない。なんだかなぁ。俺にはよく分からんな。俺はライラを寝かせた位置とは反対側の空間に座った。すると、地面が揺れた。
「なんだ?」
風景がゆっくりと動いているように感じた。どうやらカヌーがゆっくりと前方に動き出していたようだ。
「便利だなぁ」
するとライラがフフっとまた上品に笑う。
「お姉様って表情の変化が豊かな人なのですね。とても魅力的です」
なんだか無性に恥ずかしい。でも、なんだか体調は少し回復しているようでとても嬉しかった。
なんだか俺もライラと同じように上品な笑い方をしてしまった。それを見て、またライラも笑う。
ああ、リア充や。いや、違うのか?
それから数分後、謎のカヌーの上で風を感じながら謎の幸福感を俺は感じていた。
久々の風って気持ちいなぁ。
そういえば、普段俺は博士課程の学生として研究室に行き、朝から晩まで実験に論文執筆であったり超インドアラボ畜ライフを送っていたな。なんでここでなんかこんなことしてるんだ?でも、なぜか焦りはなかった。そして今はなぜか幸福感がある。そして、目の前には白髪の美少女が横たわっている。まぁ、まだ少しはライラちゃんの面倒見てやらないとな。
「そういえば、ライラちゃんはなんであそこに入ってたの?」
するとライラちゃんはゆっくりと上半身を起こし、言った。
「長い話になりますがよろしいでしょうか?」
「聞くよ」
俺は優しく言った。ライラの目にはまた何か強い意志のようなモノがあるように感じた。これは聞かないといけないな、人生の先輩として!姉ではないぞ。
ライラは語り出した。
「ご存知の通り、魔族と人間族は争いを絶えず行っていました。種族の壁を超えて互いが分かち合うということは中々難しいものです。父上もまた人間との戦争でこの世を去り、後継者として幼き私が魔王に即位しました。よってこの私にも人間には憎しみの感情はあります。しかし、それでは世の中は変わらない。私感じている悲しみを背負うモノがいなくなるように、私はこの戦争を止めようと思っていました。私は、魔王になった後、何度か人間族の国と外交交渉に力を入れ、ついには直接赴き、直接和議結ぶ会合を開くことが出来たのです」
「おお!」
「しかし、待っていたのは裏切りでした。私の同席した部下たちは尽く殺され、私は捕らえられてしまいました」
ライラは震え始めた。
「確かに、魔王は人間族にとっては敵側の代表です。私は彼らに様々な刑を受け、魔力も殆ど取られ、ついには名もなき草原へと封印されていました」
途中からライラの目から涙が落ちていた。けれどもライラは必死に喋っていた。
「彼らも私の感じた悲しみを心に深く宿していたのでしょうね。彼らも辛くて簡単に許せるモノではなかったようです。心は簡単に癒せるものでもないのに私はあまりにも急ぎ過ぎたのでしょうか」
俺は唐突に彼女を強く抱きしめた。なんだかそうしないといけない気がした。
「ライラちゃん、涙にはストレスの発散効果があるんだよ。今は誰も見てないし、我慢しなくて良いんだよ」
「しかし、私は魔王として…」
「なんだか俺も涙が出てきたんだ。1人で泣くのはなんだか恥ずかしくて、一緒に泣いてくれませんか?」
気づけば俺も泣いていた。そうだ俺はどんな作品でも感動泣き出来る人間なのだ。ましてや、リアルにそんな悲劇の少女がいるなんて、これは泣ける!
その後、なんでか2人で抱きしめながら泣いた。
読んで下さってありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。