第19話 食料問題
異世界に来て1ヶ月になろうとしている。
実は言っておきたい事がある。
まず第1に飯が不味い。仮にも女神としてある程度の待遇を受けてるし、このアーブラムで一番身分の高い領主とほぼ同じものが料理に出されているはずだ。この世界ではとても恵まれた料理が出ているのであろう。現に魔族で一番身分の高い魔王のライラは毎食の料理について、「とても美味しいわ!」と必ず言う。しかし、21世紀の東京に住んでいた者として言うならば、この異世界の食生活は耐えられたもんじゃない。まず第1に肉がかたい。ゴムみたいだ。次に野菜に臭みがある。そして何より、飲み水が絶望的に飲めない。やはり私の知っている食材ってのは数多の品種改良によって作り出された素晴らしきモノだったのかもしれない。ビバ、文明!悲しかな俺のファンタジー異世界…。
「お姉様、はいよいよ出発ですね!
ここの美味しい料理が食べられなくなるのはとても残念ですが、そんなことで悲しんでは入られませんね!」
そうライラは言うが、その表情はとても悲しそうだった。この1ヶ月一緒にいて分かったことの一つとして、ライラは素直で嘘がつけないということがある。先ほどの言葉も字面で見れば元気そうなのだが、目は虚でなんか怖い。しかし私としては、どこに行ったって美味しくないのには変わらないのでどこも痛手ではない。先週食べた生ハムは鬼の様に固く、塩の味しかしないものだったのを思い出した。生ハムは保存食だし、きっと今回の移動の際にはもっと食べることになりそうだ。そう思うと今の育ち盛りの少女の身体としても負担は少なくない様に思えた。毎食あの塩を食べてたら早死にしそう…。というか、もう早死に街道まっしぐらなのは目に見えている。どうにか打開せねば!
「ライラ、今から厨房に行きましょう!」
「今のうちにたらふく食べようってこのですね!」
この、育ち盛りめ!
…そこも可愛い。
厨房のある城の地下室に着いた。
「広い!」
まず第一にそこは広かった。その空間を余すことなく食材が並べてあり、そこは材料倉庫と言っても差し支えなかった。そしてなによりも
「寒い!」
やはり保管庫なのだろうか想像以上に寒く、モノを補完するにはとても良い環境で、人間にはとても酷な環境だった。私はすぐに腕を身体に巻きつけ、寒さを緩和しようとした。するとそれを見たライラが慌てた。
「いけませんわ!
お姉様、手を」
するとライラが私の手を素早く取り上げ、暖かい息を吹きかけた。私は驚いた。え、なにこのリア充展開!え、ご褒美ですか!
そんなことを思った束の間、ライラの息が想像以上に長い。
「ライラ?肺活量、凄いね…」
そんな私の声はライラに届いているのだろうか。気づくと、ライラ息が赤くなっていた。
「ライラ?息が赤いですよ?手がなんだか熱くて燃えそうなんですけど…」
ライラはどこいく風で息を吐き続け、息の色は青になっていた。その頃にはもうどうしようもなく熱く、じっとしていられないほどになった。
「よし、これでいいでしょう!お姉様、これで身体は大丈夫だと思います!」
その笑顔、最高に悪魔的に可愛かった。さすがは魔王だ。私は自分の手の甲を見たが、特に目立った変化はなかった。しかし、先ほどまでの寒さが嘘の様になくなっていた。
「魔法でお姉様の身体を包んであります。これで寒さもしのげるでしょう!」
得意げな表情も可愛い。
だが、私はライラの可愛さを見にきた訳ではないのだ!今回は食料問題について状況確認に来たのだ!
今現在の厨房兼食料保管庫には私たちの他に誰もいなかった。私はすぐに調理台を見た。調理台は思ったより普通な作りで異世界だろうが全く何も変わらず、食材を切るスペース、洗うスペース、火を使うスペースと大まかに分かった。もちろん文明レベル的にコンロなどの便器な機材はないものの、魔法という便器なモノがあるので、利便性は殆ど現代と変わらないように思える。私は次に食材を見た。食材は、料理に出てきたいくつかの謎の野菜の数々と原木スタイルの生ハム、それと謎の鳥の死体と大きな卵があった。思ったより普通だ。アーブラム自体がが内陸部という理由地理的要因からか魚介類のたるいは見つけられなかった。思ったより普通でどこにも変なところはない。いったい何があのマズイ料理へ繋がるのか…。考え込んでいると、後ろからグーっと音がした。振り向くとそこにはライラが顔をほんのり赤らめて言った。
「食材を見てたらお腹がすいてきました」
ライラ、君はなんて可愛いんだ。私は思わず呼吸が止まりそうだった。
すると、この厨房に人が入ってきた。
「あんたら誰だ?」
「私は、魔王ライラです!それとこの方が女神様です!」
ライラは素早くハッキリと言った。しかし、私の袖をガッツリ掴んでいた。気づけば、ぞろぞろと厨房に人が入ってきて、私たちは取り囲まれていた。一番年配そうな御老体がゆっくり私たちの前に出てきた。
「女神様、魔王様、ここはあなた方みたいな身分の高い方々には見せられない下賎な地です。どうかご引き取りをお願いします」
皆示し合わせた様に頭を下げ、一つしかない出入り口まで道を開けた。ライラはさも当然という顔をして「いきましょう」と言った。しかし、私はなんとも言えない気持ちになった。これは身分制度のない世界から来た人間だからこそ感じる違和感なのか…。私はライラに手を引かれながら出入り口へと歩く。その間に周りを見渡す。そこの人々は不思議とガリガリに痩せていた。私の足は出入り口寸前で止まった。
「お姉様?」
「ライラ、今分かった。ライラ、この部屋全体に灯りをお願いできます?」
私は出入り口で彼らの方に振り向いた。
「少しあなた方の仕事風景を眺めていたいのですが、よろしいでしょうか?」
彼らは困惑しながら少しザワザワしてから、御老体が「あなた方そう命令するなら私たちに決定権はありません」と言った。
視点切り替え(リュートレア)
今日は待ちに待った金髪の女神とかいう女の子と白髪で魔族の王の女の子が来る日!私は今にも飛んでしまいたいくらいソワソワした気持ちが湧き上がってる。
「ねぇ、まだかなカナン」
「もうしばしの辛抱ですお嬢様」
「そうね!スミナレ家の者として恥じない行動をですわね!」
私付けのメイドであるカナンは硬い表情で笑顔を示した。カナンは殆ど私と同い年なのにこんなに大人びた態度なのはとても素晴らしいと私は思うわ。でも、年に似つかわしくないその態度は時にもったいなく感じてしまう。でも、メイドとしてとても頼もしい。
入り口のドアが開く音がした。屋敷の入り口手前では、祖父様が丁重に金髪の美少女、白髪の美少女を招き入れている姿があった。まさに我が家に天使を入れているようでとても誇らしい光景があった。私は逸る心を落ち着かせ、気品溢れるスレミナ家の者として優雅に登場した。
「御機嫌よう。女神様、魔王様」
「御機嫌よう、グラフサの娘リュートレア」
魔王ライラは魔王らしい言い方を不思議と嫌味なくサラリと挨拶をした。そして
「ご、御機嫌よう、り、リュートレアさん」
ぎこちない感じで女神様は挨拶をした。
どちらもとても美しく完璧なまでに整ってはいたが、雰囲気はまるで違った。神であることを抜きにして、この金髪美少女、可愛い。私、リュートレア・スミナレは思った。
私と祖父様と女神様、それに魔王の4人で応接間に入った。アーブラム随一の豪華絢爛スミナレ邸の応接間を前にしても魔王はピクリとも反応を示さなかったが、女神様はソワソワしながら部屋中を見ていた。まるで貧乏人の様なその態度に少しだけ私はげんなりした。
「せっかくグラフサ様、リュートレアさんにお招きいただいたので、お返しとして、お気持ちですがこちらのお菓子を持参してみました」
女神様はそう言うと、従者のトカゲ男が応接間のテーブルに4つほどコップを並べた。女神様はトカゲ男に「ありがとう」と言ってから語り出した。
「グラフサ様、食文化というものを聞いたことがありますか?
おそらくこの文化はこの世界ではあまり根付いていない様に思えます。食文化とは、文字の如く、食べ物についての人々の生活様式や価値観、社会のあり方のことです。
先の戦争において、人間族、魔族ともに疲弊して様々なものの考え方がある意味戦争中心になってしまったのでしょう。様々な経緯があったのでしょう、この世界の食とは、現在に至るまで、栄養補給や空腹を満たす為に存在している様なモノになってしまっています。そこで、私は食というのは、栄養補給や空腹を満たすものではなく、より楽しみを味わう素晴らしきモノであるということを普及する活動を数日前から考えていました。
前置きはここまでとして、ここにプリンという料理をお持ちしました。どうぞご賞味下さい」
女神様の顔はどこか不思議と勝ち誇った様な表情をしていて、先ほどのソワソワ感とは無縁に思えた。いや、もしかしたらこの長台詞を言う為にソワソワしていたのか、今となっては女神様のやり切った!という可愛さ溢れる表情にかき消されていた。
祖父様は不思議と手を伸ばすのを躊躇ったが、私はコップに手に取った。そこには黄色いプルプルと震えるモノが入っていた。女神様が私にスプーンを渡す。
「お嬢様!」
カレンの声が素早く聞こえたが、私はなんのそのという気持ちで全員が見守る中、スプーンの一すくいを口に入れた。
「甘い!トロける!美味しい!」
私は初めての口触りと甘みにはしたなく声を上げてしまった!
女神様は言った。
「現在、この世界の食を担っているのは奴隷階層の者です。彼は何の決定権もなく昔のレシピ通り食料を加工するだけです。しかし、料理とは食材に合わせて分量を変えたりするもの。少しレシピを変えるだけでここまで変わる。
ここにビジネスチャンスを感じませんか?」
読んでくださってありがとうございます。
次回は1週間以内に投稿したいです…