第17話 パワフル商人
発表が終わった。
すると、真っ先にライラが拍手をしてくれた。そしてそれと同時にアーブラム領主であるクラウスも続いて拍手をした。それを境に議会室は暖かい拍手に包まれた。
正直言うと、これは意外な反応だ。なぜなら今回の発表はアーブラム領自治政府議会のいわば敵である魔族の為の発表だ。クラウスがよほど凄い人間だからかはたまた別の背景があるからか、ここを見極めることが今後の課題なのではないか、と私は感じた。
そう考えてると、私の肩に優しく手が置かれた。手の伸ばされた方に振り返ると、そこにはライラがいた。
「お疲れ様です。お姉様」
「ありがとうライラ」
たった一言だったが、私にはとても癒される言葉だった。ライラは微笑んでいた。私も笑顔で返そうとしたら、なぜだか不思議と表情筋に力が入らなかった。
「とても疲れた顔ですね!」
ライラは更ににっこりした。可愛い。ああ、ライラの為なら何でも頑張るしかないな。私はそう感じた。この子が笑顔でいてくれるなら。今回の結果は大成功という事かな。可愛い子の為に頑張ったって男冥利に尽きる。私、いや、俺は今だけ女神ではなく東京で生まれた冴えない男として、幸せを感じた。
俺は何故だかライラと繋がりたいと感じた。これがなんなのか分からないが、俺はライラへ手を伸ばした。
その時だった。俺は全身に力が入らず、バランスを崩したのだ。それは気づかない内の出来事だった。足は棒の様で、額に少し汗を感じ、自分の頭では冷静なはずなのに手は震え、心臓の鼓動すら感じる。ライラに倒れないようにしようというとっさの行動で俺は後ろへと身体が倒れるのを感じた。
すると俺の背筋には細いけど力強い腕があった。ライラが、巻き付くように腕を伸ばし俺の身体を支えていたのだ。腕は白くて細くてとうてい俺を支えられる様には見えない。ライラが身体も力があるとはとうてい見えない。これは魔族だからだろうか。
だが、そんなことはどうでも良かった。たった今俺は、力になろうとしている女の子に支えられているという事が、とてつもなく恥ずかしかった。
「やっぱりお疲れの様ですね」
「そうみたいだね。離してくれる?少し恥ずかしいかな…」
ライラは先ほどとは別の含みのある笑みを浮かべて言った。
「お姉様、今最高に可愛いです」
「そうかな…」
「ええ、食べちゃいたい程に」
食べるってどういうことですか?大人向けの発言ですか?それとも魔族向けの物理的な意味ですか!俺は頭の中が不思議と混乱しているのを感じた。それを見てライラはまた「可愛い」という。なんだか無性に恥ずかしい気持ちを感じた。
俺は恥ずかしさのあまり下を向いた。するとそこにはプルプルと震えた白く細い足があった。京にいた頃のあの縄文人ばりの色黒で大根の様な足だった頃には考えられないものである。でも、それは数週間前から紛いもなく自分の足なのである。今でも自分がこの身体になったのに慣れない。お手洗いなどいつも感じる違和感でもあるが、今日は一段とそれを感じた。
ライラは俺の身体をさらに自分に近づけた。そして顔を寄せる。近づくたびに不思議と俺の中に何か胸を締め付ける気持ちが湧き上がった。俺の背中にはライラの腕が確かにそこにあって、その腕からは頼もしさが伝わってきた。俺は自分の中に不思議な恐怖を感じた。僅かにも感じたライラの頼もしさに心打たれる自分の”女性”感に驚きとともに恐怖とさえ感じた。
「少しよろしいかしら!」
それは突然だった。俺はすぐにライラから離れ、その声の主を見た。
声の主はライラとそう変わらないくらいの女の子だった。やはり異世界の議会なだけあって身分があれば議員にもなれるのか。でも、そんなことはどうでも良かった。今はライラから離れられた事が重要だった。
俺はすぐさま女神に戻れた。
「ここにある道具は本当に貴方とそこにいる魔族が作ったの?」
「ええ、そうですよ」
「あなた幾つなの?」
女の子はまるで舐められぬまいととても勝気な表情をした。対等に話そうと躍起になっての質問なのか、どちらにきてもこの女の子は年相応の可愛さだけしか私には感じなかった。でも、困ったのは質問内容だ。東京にいた頃の年齢でも言うべきか、それとも異世界に来た年から数えて言うべきか。
「46億歳かな?」
女の子は虚をつかれた様な表情をした。私はすかさず「女神なので」と言う。女の子はめんどくさそうに流したのちじっとこちらを見ていた。何この子…怖い。
「まぁ、いいわ。あなたを見ていたらなんだか納得いったわ。あなた、なんか男の子みたいね。不思議ね。あなたを見てるとそんな感じがするわ。でも、私はそういうの嫌いじゃないわ。嫌いなのは意思がない人。あなたには何か意思がある様に思えるわ。それがどんな意思であれ、私はあなたに興味があるわ。
そうだわ!あなたとそこの魔族の女の子、こんど私の家に来ないかしら!ねぇ、いいでしょ祖父様」
女の子はとてつもない弾丸トークを繰り広げ、名前すら知らぬうちに俺とライラを家に呼ぶ計画を立てようとしました。なんだかとても面倒な奴に捕まってしまった。すると祖父様と呼ばれた初老の男が現れた。
「私はグラフサ・スミナレ、そしてこちらは私の孫娘のリュートレア・スミナレ。女神様、この度の我が孫娘の無礼、どうか許してやって下さい。孫娘はあなたの発表にとても感銘を受け、この様な事をしてしまったのです。
それにしてもこの度の発表はとても有意義なものでありました。これらの道具はあなた方が考案・作製しているとは、素晴らしい限りです。もしかして、流通経路も確保されてたりしますかね?」
血は抗えないのか、孫娘と同じく弾丸トークを繰り広げる初老。私が彼らの雰囲気に頭を回していると、後ろからライラがやってきた。
「流通経路はまだ確保できていませんの。もし心当たりがあればお力をお借りできるでしょうか?」
「お久しぶりです。ライラ姫、いや、ライラ様。このグラフサ・スミナレ、現在はスミナレ商会とあう流通販売を行う商売をやっていましてね。王国領、旧魔国領のほぼ全土での流通をとり行ってるのですよ。もしよろしければですね、実験都市で作成した製品を全国流通の基盤を持つスミナレ商会が代行したいと考えています。どうですかね?」
「まだ、実験都市の段階で製品すらないにですか?」
ライラがフフっと上品に笑った。え?お知り合いなの?私と女の子がぽかんとした顔をしたのを見て、ライラは言う。
「この男は、魔族や人間族とも分け隔てなく商売を行っていた者です。こと商売に関しては、信頼に足るものでしょう。なんせ、魔国の王都を唯一入るのを許された商人なのですから」
ライラの情報からは何も伝わらなかったが、とにかく変な商人であることがわかった。ライラと初老の男は不思議な笑みを浮かべる。中々怖い。今は詮索するのをやめよう。すると女の子は言う。
「祖父様、それではライラ様と女神様が家に来る日程を決めませんか」
商人とはこうも行動力がある者なのか。私には商人って向かなそうだなとか思いながら、私たちは日程を決めていった。
そして本当の意味で会議が終わり、会議室には私とライラ、ガル、ガラナンが残った。ガルとガラナンの方は最初こそ警戒されていたが、道具の丁寧な説明で害はなさそうだと判断されたせいか、いつしか商人に引っ張りだことなっていたらしい。
結論として、商人という資本主義者達にとっては金になりそうなって事が一番大切って事らしい事が分かった。そしてそれは、良くも悪くも種族を超える力であるということだ。
げに恐ろしや。
この日から私たちのスケジュールは鬼の様に忙しくなる。全ては金ということかもしれない。
悲しいことに、俺のファンタジー異世界は嫌に現実的だった。