第13話 私は落ち込んだ。
何事にもまず問題のことを知ることが重要だ。それはどんな時でもだ。これは俺が大学院で学んだきちんとした世の攻略法だ。今回の問題は、人族と魔族がそれぞれ互いに仲が悪いということだ。これでは共同の村社会を築くことは難しい。そこでまず私は、人々の不安要素を聞くことにした。一応、私は女神なので、騎士たちを使って情報収集が可能だ。とりあえず、騎士にはこの街の人々の魔族に対しての不満や印象についてのアンケートをしてくるように頼んだ。アンケート調査はフィードワークでよく用いられる処方だ。私はこれでもアカデミア(博士課程の学生ではあるが一応研究者)の端くれなのだ。きちんと学術的かつ正確に調査せねば。そして、私はというと、冒険者の魔族に対する認識調査を行うことにした。冒険者はしばし魔族と接することが度々あるそうだ。そんな訳で私はまず最初にライラに剣を向けた例の女性の魔族についての認識を聞こうと考えた。思えば、例の女性はなんかキリっとしてとても美人系でまさに26歳の私にとってとてもちょうど良い。いや、これはあくまでライラの計画の為なんだ。別に美人に近づく言い訳をしているわけではない。
しかし、私の考えはとても甘かった。そうとても甘かった。
「あ、あのう」
「だからなに!」
この女性、間髪入れずに私に怒鳴った。え、怖いんですけど。俺はこの返事を聞いたとき本当に後悔した。なぜこの人に聞いてしまったのか…。
あ、そういえば今の私は美少女だったはず。美形の笑顔は大抵のことが許される。これは誰もが知る当たり前の常識。かの光源氏は、幼女誘拐事件を起こしたのに美形ゆえになぜか許されている。これは千年前からの常識だって源氏物語が証明している。
私はビクビクしながらも営業スマイルで言った。
「あなた先ほど、ライラに剣を向けた人ですよね?」
「ライラ?ああ、魔王のことか、で、それがどうしたの?」
「あ、私、女神でして、今人々がどのような問題を抱えているのかを調べてまして…」
この女性、私をめちゃめちゃ睨んでるですけど…。しかも、女性の手は剣の柄に触れるか触れないかの微妙なラインに位置していた。この女性、私を切るつもりじゃないか。やばい、逃げたい。
「で、私に何か用?」
女性は私に詰め寄る。私は少し後ろに下がる。するとその分、女性が詰め寄ってくる。
「あ、あの、やっぱり、なんでも…」
「あんた、聞きたいことがあるならきちんと言いなさい!」
私は後ろに下がる。すると背中が壁にあたる。逃げ場がない。私は横に移動しようとした。すると私の頭のすぐ隣に目にも止まらぬ速さで拳が飛んできた。
「逃げるな」
まさかの26歳男子大学院生、女性に壁ドンされる。ちなみにこの女性、左手を拳にしてで壁ドン、右手は剣の準備をしている。まさかここにきてこんな辛い状況になるとは…。
「人間、何をしている!」
右の方から声がした。声の方向を見ると、そこにはライラが立っていた。もちろんライラは護衛兼人質として騎士に囲まれていたはず。しかし、そこにはライラが単独で立っていた。ライラはとても怒った表情で、異様な殺気を漂わせていた。私の背中もなんだか寒くなった。
「魔王か」
「貴様、私のお姉様に何をしているんだ!」
「お姉様?」
女性はライラの方に顔を向けていたが、再び私の方に顔を向けた。顔が近い。そして顔が怖い。私はまた愛想笑いをした。そうすると女性は更に嫌な顔をした。助けてくれ。
「お姉様から離れなさい!」
ライラが怒鳴った。すると右でザクッと音がした。私は右を見た。そこには氷の槍の様なものが私の頭の横に刺さっていた。それと同時に女性は剣を抜いてライラと対峙していた。
「なんだかしらないけど、あんたの方からやってくるなんて好都合。あんた、何を企んでいるの?人族と魔族が一緒に暮らせるわけないでしょ」
「そんなことありません!」
私は静かに冷静にこの状況を考えてみた。人族と魔族の村を作ることを提案したその直後、提案者である魔王ライラが人間と争っている。完全にやばい。私は、覚悟を決めてその間に入った。すると、もう一人間に入ってきた。
「ゲイル!」「お姉様」
ライラと女性は声を上げた。
「ゲイル、邪魔、そこをどいて!」
「まあまあ、エリスもそんなに怒らずに」
するとエリスと呼ばれた女性は大きなため息を吐き、剣を収めた。私は内心ほっとした。ああ、本当にやばいところだった。私はこの女性に近づくのは止めようと誓った。すると、私がほっとしている姿を見てか青年が話しかけてきた。
「エリスに聞きたいことがあったんだよね?なんなら代わりに俺が答えようか?お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん?
私にはあまりにも聞きなれないワードで一瞬何を言っているか分からなかった。そしてなんだか胃がムカムカしてきた。20歳そこそこの青年に実年齢26歳の私が「お嬢ちゃん」と呼ばれるなんて…
頭に血が上り、無意識に私の口から言葉が漏れた。
「お、お嬢ちゃんじゃない」
すると女性が何かを察したように悪い顔になり言った。
「あんたまさかゲイルに惚れたの?確かにゲイルは外見だけは良いもんね」
「外見だけはってなにさ」
おいおいおい、私が男に惚れる訳ないやろ!私はさらに胃がムカムカしてきた。すると、ライラが駆け足で私に近づき私の腕を強く掴んだ。
「お姉様が下賤なあなたたち人族なんかに惚れる訳ないでしょ!」
ライラも顔が真っ赤にして入ってきた。不思議と私は恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたいとは今の様な状況なのかもしれない。
「魔王、下賤ってゲイルに対して言葉なの」
「いや、あなたも含めて下賤です!」
「今なんて言った!」
またも喧嘩の火花が散る。私は慌てて止めに入る。そのとき、私の背後で声がした。
「女神様、今お取込み中ですかな?一通りアンケートが終わったのでお時間が開いたらでいいので来てください」
後ろを振り向くとそこには初老の騎士がアンケートの紙束を持って立っていた。助け舟とはこのことか!
「い、今、大丈夫です。アンケート調査ありがとうございます」
「いえいえ、女神様の頼みならどんなことが起ころうとこのマルクス、立派に成し遂げて見せますよ!」
そして、初老の騎士マルクスはガッハハと笑った。その姿をライラ含む女性と青年が無言で見ていた。それから女性が言う。
「あんた本当に女神だったの?」
「あなた本当に失礼ね!お姉様は正真正銘の女神様なんです!」
「俺、初めて女神ってやつを見たわ。女神って案外挙動不審なんだね」
「お姉様は挙動不審なんかじゃないです!ただ、ただ、思慮深いが故にあのような行動になっているのです!」
ライラ、お願いもうやめて…
私はこれまた恥ずかしさで死にそうになった。てか、ライラ、人前に出ると恐怖で泣いていた君はどこに行ったの。今のライラは完全に血気盛んな少女である。一方、俺は謎の辱めを受けて恥ずかしさで死にそうだ。これは何か一発言わなくては。
「み、みなさん、わ、私は挙動不審で、では、ありま、せん」
「お姉様、今日はお疲れの様ですねで一旦城に帰りませんか?」
「うん」
すると、女性が言った。
「女神ってお偉いさんなんだからもっとシャキッと出来ないの?」
「あなた女神様であるお姉様に対して失礼とは思わないの!」
「エリス、失礼だよ。ごめんね女神さん。エリスも悪気があって言ったんじゃないんだよ。もし質問が出来るようになったらまた来るといいよ。エリスも俺も開拓チームのメンバーだしきっと今後会う機会も出てくるだろうしさ」
開拓チーム、それは魔族と人族の共同村への派遣チームのことだ。ちなみにこの村の長は女神こと私である。ということはつまり、この女性とも再び会う機会があるってことだ。私は落ち込んだ。
すると騎士マルクスが言った。
「そうだ。女神様、あなたも見たところまだ若い。若いということはまだまだ色々考え行動する時間があるってことです。そしてそれだけ可能性があるということ。この老いぼれ、人族と魔族が剣を交えず口論だけで争う姿は教まで見たことがなかった。これは新しい可能性へと続く第一歩なのかもしれない!」
それから初老の騎士マルクスはガッハハと笑った。
今週中には続きを投稿したい!