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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
小さな異変
7/35

03

「いらっしゃいませー」


 カフェのドアを開けると、ドアベルの音を聞く間もなく、店内から若い男の声が客を出迎える。


「……なんだ、美夜かぁ」


 その声の主である洸太は、客があたしだと気付くと露骨に落胆した態度を見せた。


「なに? あたしが客だと不服なの?」


 膨れっ面て訴えるが、洸太の態度に変化は現れない。


「えー。だってなぁ……」


 洸太は見ろと言わんばかりに、視線を店内へと向ける。


「……ああ、これは」


 がっかりした理由が納得できた。

 カフェには客が一人もおらず、閑散としていた。店長も暇そうにカウンターに座り、料理本を読んでいる。叔母さんも手持ちぶさたなのか、無意味に商品の位置を変えたり、動かしたりしている。


 ここは普段から、そこまで客の多い店ではない。それでも、いつもならカフェには楽しそうにお茶の時間を過ごす客の姿があり、雑貨スペースには中高生が賑やかにしているのだが……。しかも、今日は日曜日。こんな風に閑古鳥が鳴いている状態は珍しい。


「――にしても、美夜が先に来るなんて珍しいな」


 おしぼりとお冷やを持ってきた洸太が、物珍しそうに言う。


「こういう日もあるのよっ」


 不貞腐れたように言ってみる。……が、たしかに、あたしも結衣より先に着くとは思っていなかった。待ち合わせをする場合、たいてい結衣が先に着き、あたしが時間ギリギリに到着するのが日頃の常だった。

 しかし、今日は違っていた。時間を間違えたかと携帯で確認し、念のために店内の時計も合わせて見る。どうやら待ち合わせ時間は間違えてはいないようだ。

 と、なると……結衣が遅刻をするという、これもまた珍しい事態が起こってしまったようだ。


 まあ、こういう日もあるさと、注文したオレンジジュースを飲みながら待っていると、鞄の中から携帯の着信音が聞こえてきた。


「おっ、きっと結衣からだな」


 鞄を漁り取り出した携帯にはメール受信のお知らせが出ていた。

 予想通り、送信者は結衣だった。きっと、遅刻の理由や言い訳を送ってきたんだなと、若干ニヤニヤしながらメールの内容を確認する。


「…………えっ?」


 内容は予想外のもので、遅刻の言い訳なんかではなかった。


『ごめん 急用ができて、今日は行けなくなった ホントごめんね』


 本当に急用なのだろう。いつもなら絵文字や顔文字などを使った賑やかなメールを送ってくる結衣が、今日の謝罪メールは文字だけのシンプルなものだった。あたしと約束していたことを思い出し、慌てて送ってきたのだろう。


 結衣が来れないのは分かった。しかし、これからどうしよう。

 現在の時刻は、まだお昼を過ぎたばかり。今日は結衣と一緒に買い物に出掛ける予定でいた。それができないとなると、空いてしまったこの時間をどう過ごすか、悩んでしまうところだ。

 一人で出掛けるのも有りだが、今日はそんな気分でもない。かといって、家に帰れば母から「部屋の掃除をしろ」やら「家の事を手伝え」など、色々と要求されるに決まっている。


 携帯片手にこれからの時間の使い道を考えていると、ふいに人影が視界の端を横切った。その人影は迷うことなく、あたしの目の前の席に座る。


「結衣から連絡来たのか?」


 そこにいたのは、なぜかカフェの制服から私服に着替えていた洸太だった。


「んー。来たには来たけど、急用で今日は来れなくなったって。……って、洸太。なんで私服に着替えてるの? バイトは?」


「店がこんな状態じゃん。もう、上がっていいってさ」


 洸太は全く変化も活気もない店内を見回し、肩をすくめる。


「そうなんだ。洸太も暇人の仲間入り?」


「暇人って……。まぁ、たしかにそうなんだけどさ」


 洸太はアイスコーヒーを飲みながら、外を眺めている。

 今日は梅雨の中休みで久し振りの快晴。青く澄みわたった空からは、太陽の光が眩しいくらいに降り注いでいる。

 日曜日に気持ちのほどの良い天気。こんな日に出掛けないのは損だなと思い始めた頃、洸太は何かを思い付いたのかストローを口から離し「あっ、そうだ」と、声を漏らした。


「だったらさ、暇人同士で遊びに行くか?」


「えー。洸太と?」


 突然の提案で驚きはしたが、一人で遊ぶよりもいいかなと、心は揺らいでいた。洸太はそんな心の揺らぎを察知したのか、さらにあたしを揺らがせる提案を告げる。


「映画、観に行こう。この間、始まったアクションのやつ」


「……アクション映画」


 その誘惑に、あたしの心は揺れに揺れた。


 あたしと結衣は映画が好きで、よく観に行っている。しかし、あたしと結衣の趣味は真逆だ。

 結衣は恋愛物やファンタジーを好み、バトルだったり流血や死体が満載なアクションやホラーなどを嫌っていた。一方、あたしは特に苦手なジャンルはないものの、大好きなジャンルはある。それが、結衣の嫌うアクション映画なのだ。

 結果的に苦手なものがないあたしが譲歩する形で、普段は観るものを決めていた。と、いう理由から、あたしが映画館で大好きなアクション映画を観る機会はどんどん減っていた。そして、さっき洸太が観ようと言ってきた作品も、公開前から気になっていた作品だった。


「美夜、こういう映画、好きだろ」


 洸太はあたしが出す答えが分かっているのだろう。ニヤニヤと笑みを浮かべながら待っている。

 洸太も結衣と同様、あたしの幼馴染み。あたしの趣味やなんかは熟知している。そして、あたしも洸太の趣味などは知っている。

 あたしたちは趣味が似ている。執拗に勧めてくる理由も、単純に洸太自身が観たいだけでもあるのだ。

 それが分かっていても、洸太の差し出す誘惑は魅力的だった。


「うん。そうだね。暇人同士、映画を観に行きましょう」


「よしよし。そうこなくっちゃ」


 してやったり顔で洸太が頷く。


 そうと決まると、行動は迅速だった。グラスに残っていたジュースを一気に飲み干し、あたしたちは足早に駅へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



「ふぁー。やっぱ、アクションは最高だわー」


 やはり、小さなテレビの画面で観るのとは訳が違う。大きなスクリーンと大音響で観て感じる映画の二時間は、あっという間で時間を感じさせないものだった。

 映画館を出た後も、なかなか興奮は冷めていかない。鼻息荒く、アクション俳優のごとく、洸太に拳を突きつける。洸太も同じ心境なのだろう。あたしの動きに合わせ、軽やかに攻撃を避ける。


「満足したか、美夜」


「もー、大満足です!」


「よしっ。それは良かった。……さて、小腹も空いたし、何か食っていくか?」


「うん。そうだね。何、食べる?」


「適当に、ハンバーガーでもいいか?」


「いいよっ。さっ、行こう、行こう!」


 あたしは洸太の腕を引っ張り、近くにあるハンバーガーショップへと入っていった。



 こうやって洸太と一緒に出掛けるのは、いつ頃以来だろう。本当に久し振りだと思う。

 いや、洸太と二人っきりで出掛けるのは初めてかもしれない。近所の裏山などに遊びに行くことはあったけど、こんな風に街に出るのは初めてだ。

 いわゆるデートみたいな状況だけど、幼馴染みで気兼ねする必要がない気楽さか、とても居心地もよく楽でいられる。久し振りにじっくりと会話もしたが、趣味が似ているせいか、話しも弾む。


 そして、一緒に行動したことで色々と気付かされることもあった。


 洸太は意外と気が利き、優しい人間だと思い知らされた。色々とあたしの事を気にかけてくれてて、困らないようにしてくれたり、楽しませようとしたりしてくれる。

 洸太にしてみれば、当たり前で些細な振る舞いかもしれないけど、あたしにはその姿が新鮮に映った。


 その姿を見て、洸太が『男の子』ではなく『男』なんだなと、実感することができた。そして、女の子に人気があるという話も、妙に納得できてしまった。


 それでも、あたしにとっては『幼馴染みの子』であることに変わりないだが。



「洸太。今日は、誘ってくれてありがとう。すごく楽しかったよ」


 ハンバーガーを頬張りながら、一日のお礼を言う。


「楽しんでもらえたんだったら、誘ったかいがあったよ」


 洸太自身も満足しているのだろう。映画館で買ったパンフレットを眺め、余韻に浸りながらポテトを口に運んでいる。

 あたしはパンフレットに集中している洸太の目を盗み、こっそりとポテトを一本だけ取り自分の口に運んだ。しかし、悪事はあっさりと気付かれてしまう。洸太はあたしの額にデコピンを食らわした。額は痛いが、不思議と笑いが込み上げてくる。


 結衣と一緒だと、どうしても恋愛方面の話しになることが多い。でも、洸太とだとそんな話しになることは一切ない。あの胸が締め付けられるような苦しみを思い出す暇もないほどに、楽しい気持ちだけが充実していく。


「ホント、ありがとね、洸太。……最近さ、ちょっと落ち込むことがあったりしたけど、元気が戻ってきた感じがするよ」


「…………」


 洸太はなぜか黙り込み、あたしの顔を真っ直ぐ見つめてきた。


「……洸太?」


 真剣な眼差しで見つめられ、動揺しつつ声をかける。すると洸太は不自然に視線を逸らし、再びパンフレットを眺め始めた。

 何か気に障ることでも言ったのかと考えるが、思い当たる節はない。ただ、その表情は今までに見たこともないものだった。怒っている訳でもない、憐れんでる訳でもない。色々な感情が混じったような、複雑な表情だった。

 普段、おちゃらけてばかりいる洸太からは想像できないような、真剣な想いを秘めた表情。


 あたしは訳が分からず、残っていた自分のポテトを食べ沈黙を誤魔化した。


「――さてと。そろそろ帰るか?」


 そう言ってきた洸太は、いつもの無邪気な笑顔の洸太に戻っていた。あたしは、その笑顔にホッとし、パイの欠片を口に放り込み、ジュースで流し込んだ。


「そうだね。晩御飯には間に合うように帰らなくっちゃね」


 きれいに食べ終わったトレイを手にし席を立つが、「帰るか」と聞いてきた洸太は立ち上がることもせず、なんとも言えない顔であたしを見ていた。


「……美夜。お前、帰って晩飯も食うの? それだけ食っておきながら……」


「え? 食べられるでしょ。これくらいなら」


 たしかに、あたしが食べた物は洸太が頼んだ物より多少は多かったかもしれない。でも、まだ許容範囲だと思う。


「そーだよな。美夜は昔から結構、食ってたからな」


 洸太は絶句したあと席を立つと、持っていたパンフレットを丸めあたしの頭を軽く小突いた。


「そうだよ。洸太が小食すぎるんだよ」


「いやいや。美夜が大食いなんだよ」


「もー。女の子にそんなこと言わないのっ!」


 なんて、普段通りのふざけた会話をしながら、あたしたちは帰宅のために駅へと向かった。



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