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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
エルデの民とルフトの民
30/35

10

 無我夢中で走っていたあたしの足は、見慣れたあの場所に辿り着いていた。


 赤土色の乾いた大地に、天に伸びる石柱群。いつもシオンと会い、剣を交えていた場所。


 なぜ、ここに来たのかは分からない。だけど、この場所はとても静かだった。全てを焼き尽くす蒼い炎も襲ってこない。人々の悲鳴や苦しみもがく声も聞こえてこない。


 そして、醜い笑顔を浮かべる白い翼の人間もいない。



 埃っぽいが静かなこの場所に、ゆっくりとシオンを下ろし寝かせる。

 しかし、ここに傷を治せるような医者も薬もない。もちろん、あたしにこんな傷を治せるような技術も魔力もない。あたしは何もできないまま、一度は止まった涙が再び流れだす。


「……シオン……お願い。死なないで……」


 青白くなったシオンの頬に手を触れる。冷たさの先に微かな温もりは感じる。でも、それは消えかかった命の小さな灯火が放つ僅かな温もり。

 指先に伝わる微かな温もりさえ消してしまいそうな冷たさに、胸が痛くなり、涙がさらに溢れてくる。止めどなく流れ出る涙はシオンを頬に落ちていく。


「…………ミ……ヤ…………」


 血の気のない唇が薄く開き、あたしの名を呼ぶ。


「シオンッ!」


 うっすらと瞼を開け、あたしの姿を見る。弱々しく腕を持ち上げ、あたしの頭をいつものように撫でる。しかし、その手がフッと力を失い離れていく。落ちかけた手を掴み、あたしは自分の頬へと運ぶ。シオンの指先は氷のように冷たい。少しでも暖めたくて、シオンの手に自分の手を重ねる。


「……ミヤ……怪我は……ないか? ミヤ……泣くな……私は…………大丈夫だから……」


 自分の命が危うい状況なのに、シオンはあたしの心配ばかりする。

 あたしは心配させまいと、必死に涙を止めようとする。だけど、涙は止まらない。

だがら、精一杯の笑顔を見せる。涙でぐちゃぐちゃになった笑顔を。それを見て、シオンは力無い微笑みを浮かべる。


「……すまない、ミヤ…………。ルフトが、エルデを……お前を苦しめて…………」


 あたしは首を振る。そして、もう喋らないでと訴える。


「……本当に……すまない……。お前を……泣かせてしまっ――……」


 シオンを瞼が静かに閉じていく。頬に触れていた手からも力がなくなり、大地に落ちていく。


 信じたくない、信じたくなかった。


「――イヤだ! イヤだっ! シオンッ!!」


 声を荒らげ、シオンの身体を揺する。


「シオン、お願いっ! また、あたしの頭を撫でてよっ! 星を見ようよっ!」


 言えなかった言葉が次々と口を衝いて出てくる。


「――――ずっと、一緒にいてよっ!!」


 だけど、この言葉はシオンに届かない。

 血で濡れたシオンの胸に顔を埋める。そこから感じる微かな鼓動。それは弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。



 ――何もできない。あたしは何もできない弱い人間だ。



 大切な人の胸で涙を流すことしかできない弱い人間だっ!!



 あたしは心のどこかで願っていた。



 ここではない別の世界で彼と出会えていたなら……。種族とか魔力とか関係なく、人と人として出会い、恋をすることができたなら……。今とは違う結末になっていたかもしれない。



 叶うなら、そんな世界に生まれたかった。みんな笑顔で、あたしもシオンの隣で笑って暮らせる世界に――


 シオンが哀しい顔をしないでいい世界――




 ふいに身体から力が抜け、シオンの隣に倒れる。そして、不思議な感覚に襲われる。


 大地の温もりが消え、冷たい何かが身体を包み身体の自由を奪っていく。意識が何かに奪われていくみたいに朦朧とする。

 だけど、怖くはなかった。なぜなら、その冷たさはとても優しかったから。いつも怪我を治してくれるシオンの魔力とどこか似ていたから……。



 そして、あたしの意識は落ちていく。



 夢を夢とも感じない幸せな世界へ――




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