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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
エルデの民とルフトの民
29/35

09

 蒼い炎は全てを燃やす。

 人、家、木々……エルデの全てを。


 熱が辺りを包み、嫌な臭いを撒き散らす。


 そして、絶え間なく聞こえてくる人々の悲鳴。



 ――怖かった。戦いの先に感じる、覚悟のある『死』とは違う。得たいのしれない何かに喰われることに恐怖する、恐れしかない『死』――


 あたしは、その『死』を拒んでいた。



 ひたすら走った。ユウイの手を強く握りしめ、前を行くシオンとコータの背を追って。


「――――ああぁぁっ」


 背後から聞こえてきた悲鳴に、心臓が掴まれる。ドクンと強い衝撃が胸を襲い、腕に感じていた抵抗が無くなり、力のバランスが崩れる。転けそうになった身体を持ち直すが、今まで感じていた腕の先の重さが感じられない。

 だけど、あたしの手は掴んだままだ。ユウイの腕を――

 でも、その腕は温もりが感じられない。少し離れた場所から、呻き声のようなものが聞こえる……。


 嫌な予感があたしを襲う。あたしは足を止め、ゆっくりと視線と腕を動かし、自分が掴んでいるものを確認した。


「――――っ!!」


 あたしは掴んでいた。ユウイの腕だけを――

 ユウイの腕は刃物で切られたのではなく、黒く焦げ崩れるように身体から切り離されていた。黒い焦げ痕に、先程目の当たりにした人の姿のまま黒い塊になっていった子どもの姿が甦る。


 絶望が胸に広がり、信じたくないという僅かな願望があたしを後ろに振り向かせる。


「――――あぁっ」


 僅かな希望はあっさりと打ち砕かれる。

 大好きな親友の腕が手から離れ、地に落ちる。炭の塊となった腕は地面に触れると同時に、簡単に崩れ散っていく。あたし自身も立っている力がなくなり、地に膝をつき崩れる。


 しかし、ユウイはそれを見ていない。


 あたしと同じように両膝を地面につき、天を仰いでいる。身体のあちこちから黒いシミが浮かび上がり、広がっていく。そして、天を向く口からは声にならない声を発しながら、肉の焼ける嫌な臭いを伴った黒い煙を吐き出している。


 ユウイは生きたまま地獄を味わっている。


 身体の内側から全てが焼かれている。残った片方の手と、黒く崩れ落ちたもう一方の腕で胸を掻きむしり、その苦しみから抜け出そうと必死にもがいている。

 あたしはその苦しみを知っていながら、愕然とその姿を見ているしかなかった。


 ――バシャン。目を覚まさせるような冷たい水が、あたしたちに浴びせかけられる。


「…………あ……」


 身体が水で冷やされ、意識は外の世界に引き戻される。だけど、目の前のユウイに変化はない。白い髪は水を滴らせるも、濡れた身体はすぐに乾き黒いシミを広がらせていく。


「――くそっ! なんで消えねぇんだよっ!!」


 コータが手にしたバケツを地面に叩きつける。木製のバケツは残っていた水を撒き散らしなが、バラバラに壊れていく。


「てめぇっ! あいつらの仲間なんだろっ! 何とかしろよっ!!」


 傍らに立つシオンの襟首を掴み、コータは食ってかかる。コータの色素の薄い茶色の髪や尻尾の毛が逆立っている。


「そうだよ……。シオンの能力なら助けられるんでしょ。あたしを助けてくれたみたいに、ユウイも助けてよっ!!」


 そうだ……シオンが居るんだ。彼の魔法の力があれば助けられる。シオンの力は希望となる。

 あたしの訴えに、シオンは何も言わずユウイの側まで行く。しかし、その足は重い。


 そして、あたしの希望を打ち砕く。


「…………」


 シオンはユウイに軽く触れただけで、哀しそうに首を横に振った。そして、静かに手を離し、ユウイに背を向ける。


「ここまで浸透してしまっていては、私の力でも無理だ……」


「――――っ! どうしてっ!! お願いだから、助けてよっ! シオンッ!!」


 シオンの腕を掴み何度も懇願する。鋭い獣の爪が彼の腕に食い込み、白い服にじわりと赤い染みを滲ませていく。これ以上力を込め続ければ、彼の腕は千切れてしまうかもしれない。だけど、制御の効かない感情が、その力を弱めることなく強めていく。

 シオンは何も言わず、あたしの与える痛みに耐えていた。


「……なんで……、どうして……こんなことになったの……」


 腕を掴んでいた手の力が抜け、あたしは再び力無く地面に崩れ落ちる。


 あんなにも強さを求めていたあたしは、いったい何だったのだろう。どんなに強くなっても、全く無意味だ。あたしは大好きな親友も家族も助けることができない。


 あたしの心が空っぽになっていく。


 周辺の蒼い炎はさらに広がり、目の前のユウイは人の形をした黒い塊になっていく。


「ミヤッ。じっとしていたら、俺たちも焼かれちまうぞ」


 コータが立ち上がらせようと、あたしの腕を掴む。だけど、あたしはその腕を乱暴に振り払った。


「おいっ!」


 コータは声を荒らげるが、あたしは我が儘な子どもみたいに頭を振り必死に抵抗する。


 ――あたしは薄情な女だ。


 悲しいのに、苦しいのに涙が出てこない。あたしは親友を救えないばかりか、親友のために涙を見せることもできない。

 だけどユウイから離れたくはなかった。彼女を置いて逃げたくなかった。


「――――ミヤッ」


 視界の端に銀色の光を伴った黒い影が映る。その素早い動きに一歩遅れ、影の姿を追い振り返る。


「――――!?」


 突如、温かな液体が降りかかってきた。頬に伝うそれを拭い取ると、指先には鉄臭い臭いを放つ赤い液体がべったりと付いていた。

 それが血だと認識できない間に、カランと銀色の光を放つシオンの剣が地面に落ちる。そして、土埃を巻き上げながらシオンの身体も地面へと倒れていた。

 シオンの身体には一筋の深い刀傷。白い服が瞬く間に鮮血で染まっていく。


「……あっ………えっ!? な……に……?」


 矢継ぎ早に襲いかかる異常な出来事に、頭がついていかない。

 訳の分からないまま、シオンに触れてみる。傷から流れる血は温かく、あたしの手が赤く濡れていく。その感触が、目の前の出来事が現実だと突き付ける。

 今まで様々な人間と戦い、相手を傷つけ、自らも傷を受けていた。その傷から流れる血を何度も見て、見慣れていたはずだった。


 だけど、あたしは恐怖を感じていた。


 真っ赤に染まる手、横たわるシオンの姿をを見つめ、身体を震わせていた。



 ――シオンが消えていく。



 頭の中で、恐ろしいイメージが広がっていく。そして、なぜかあの夜のシオンの言葉が甦る。



『その気持ちは時に大きな苦しみを呼ぶこともある』



 ……知りたくなかった。何で、今みたいな時に気付くんだ――


 シオンを失いたくない……。ずっと傍にいて笑っていてほしい――



 あたしは……あたしは……、いつの間にかシオンを大切な人として見ていた。



 涙が溢れる。あたしの感情に応えるように。

 あたしの涙で、シオンを赤く染めていく赤い血が洗い流せるならと……。


 あたしは周りが見えなくなっていた。側で唸るコータの声が、すごく遠くに聞こえる。

 涙で霞むのに、赤い色だけは鮮明に映る。そして、鉄の臭いに混じる濃い花の香り――


「――――えっ」


 この場にあるはずのない花の香りに、顔を上げる。


 視線の先には白い翼の男の姿。手にしている剣には、赤い血が滴っている。金色の髪を風に靡かせ、男は剣に付く血を振り払う。歪んだ笑みを浮かべ、少しずつ近づいてくる。

 そして、もう一人。男の背後には同じく白い翼を持つ、恐ろしいほどに美しい少女が立っていた。少女はフワフワと波打った長い金色の髪を揺らし、絶望に染まったあたしたちを見て楽しそうに微笑んでいた。


 美しい外見と違い、彼らの瞳は醜かった。一方的な殺しの快楽に酔いしれた、狂気の瞳。



 男の剣があたしに向け振り下ろされる。



 しかし、その剣は誰にも触れることなく、宙を舞い地面に落ちた。――男の白い腕と共に。


 目の前に、色素の薄い茶色の大きな尻尾が現れ揺れる。コータがあたしたちの前に立ち塞がり、白い翼の男に牙をむいていた。鋭く尖った獣の爪は他者の血で濡れていた。


「……ミヤ。お前だけでも、生き残ってくれ」


 コータは懇願が込められた笑顔をこちらに向ける。そして、あたしに背を向けると、野生の獣の如く白い翼の者たちに襲い掛かった。


「コーータッ!」


 目の前の驚異から遠ざけようと、コータはあたしからどんどん遠ざかっていく。小さくなっていく姿を見ながら、もう一人の親友の意志を無駄にしないために涙を拭う。

 弱いながらも、まだ心臓の鼓動を感じることのできるシオンの身体を抱え、あたしは走り出す。

 少しでも安全な場所を求めて。




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