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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
壊れ始める世界
16/35

06

 翌朝、夢は見なかったのだが、胸の辺りに感じる妙な違和感で目を覚ました。でも、朝御飯を食べ終え、制服に着替え始める頃には、その違和感も消えていたので特に気にすることもなく家を出た。



 玄関を出てすぐに、肩までの髪をフワフワと揺らせながら歩く結衣の後ろ姿を発見する。


「結衣、おはよー」


「あっ、おはよう。美夜」


 人懐っこい笑顔で振り返る結衣。


「美夜、洸くんと話しができて良かったね」


「うん。……でも、結果的に洸太に辛い思いをさせちゃったから……」


「洸くんも辛かったと思うけど、美夜も苦しんだでしょ。こればっかりは、どうにもならないと思うよ。誰もが好きな人と両思いになれるんだったら良いんだけどね。そう上手くいかないのが恋なんだよね」


 結衣は自分にも思い当たることがあるのか、しんみりと言う。あたしも「そうだよね」と、神志那先生の事を考えながら空を見上げた。

 梅雨も終わりに近づき、夏が顔を覗かせ始めている。まだ、むわっと湿った日が多いが、今日みたいに晴れた日は日差しに夏の色を感じる。この空の青さと太陽の熱は、あたしの気持ちに清々しさを与えてくれる。

 悩みはまだまだあるけど、大きな悩みが一つでも良い方に進み始め、あたしの気分は数日前に比べ数段に元気になっていた。


 ……が、そんな時ふと気づく。


 昨夜、洸太に送ったメールの返信が届いていなかったことに。

 洸太はちょくちょくメールを返さないことがある。だから特に気にするようなことではない。だけど、色々とあった後のせいか、今回はそれが不安に思えた。


 そして、その不安を煽るように聞こえてきた、けたたましいサイレンの音。

 家を出た時から微かに聞こえていたが、歩を進めるにつれ音は大きくなっていた。ついには歩く自分たちの横をパトカーが猛スピードで走り抜け、あたしたちの目の前で停車した。


 そこは、住宅街の一角にある小さな公園。昼間は近所の子どもや、子ども連れのママさんたちの憩いの場所になっている。朝は、通勤通学の人たちが僅かな近道のために突き抜けていく公園だ。

 そんな公園が今朝は騒然としている。周囲には何台もパトカーが停車し、そこに混じり救急車まで来ていた。そして、黄色いテープで仕切られた公園の周りには、多くの野次馬たちが集まっている。


「何だろう、事件かな?」


 結衣は嫌がっていたが、あたしは少し興味があった。迷わず野次馬の中に入り込み、現状を見届けようと覗き込んだ。朝の通勤通学の時間帯ということもあり、なかなか前を見る事ができない。仕方なく、野次馬の中に偶然いた同級生に話しを聞くことにした。


「ねえ、何があったの?」


 同級生の子は挨拶もそこそこに、興奮した面持ちで状況を説明してくれた。


「植え込みに男の人の死体があったらしいよ。なんか、すごい状態だったみたい」


「凄かったって。……まさか、あの人体発火的な、オカルトチックなやつ?」


 彼女は大袈裟に首を振る。


「違うらしいよ。なんか、ズタズタに引き裂かれてたって……。しかも、それが刃物じゃなくて、大型の獣が爪で引き裂いたみたいだったって」


「……ズタズタって」


 結衣は話しを聞いただけで真っ青になっていた。あたしも、その非現実的な異常性に若干だけ引いてしまった。


「それでね、警察の人が話しているのを聞いたんだけどね、真っ白なスーツが真っ赤に染まってて、酷い有り様だって」


「――――えっ!? 白いスーツ?」


 目の前に居る子は、まだ色々と喋っている。だけど、その言葉は耳に届いてこない。


「ねえ……もしかして、その人って金髪だったりするの?」


 同級生の子は「なんで知ってるの」と驚いていた。だが、驚いたのはこっちの方だった。


 白いスーツに金色の髪……。


 あたしは急に恐ろしくなってきた。

 ついさっきまでは、殺人現場を目の前にしながらも、どこか遠くの出来事のように捉えていた。しかし、被害者が昨日の白いスーツの男性だと分かると、それがすぐ隣で起きた出来事のように思えたのだ。

 いや……。まだ、あの男性が被害者だとは決まっていない。自分で見て確認したのではなく、他人の話しという憶測だけなのだから。


 だけど、あたしはイメージしてしまった。



 あの歪んだ笑みの男性が“狼”に引き裂かれる姿を――



「結衣っ。行こうっ」


 あたしは結衣の手を引っ張り、その場から走り去った。



 学校に着き、教室に入っても聞こえてくる話題は、あの事件の話ばかりだった。聞きたくないのに聞こえてくる話し声。これほどまでに授業の開始を願ったことはなかった。

 ようやくチャイムが鳴り担任が教室に来たことで、待ち望んだ静けさがやってきた。

 しかし、そんな安堵も束の間だった。


「んー? 押上、押上洸太は休みかー?」


 担任の呼び掛けに返事がない。洸太の席に目をやるが、そこはぽっかりと穴が開き、主の居ない机だけがあった。


「連絡、貰ってないんだがなぁ……。誰か、聞いている者は居るか?」


 ざわざわと教室がざわめく。しかし、連絡を貰っている者は誰一人居ない。もちろん、あたしにも連絡はない。それどころか、昨夜の返信もまだない。



 朝のホームルームが終わるなり、速攻で洸太に電話してみた。

 呼び出し音が鳴る。一回、二回……、呼び出し音が続ける機械音は止まることなく耳に届く。


『プルルルッ――プツッ』


「――洸太!?」


『現在、この電話は……』


 聞こえてきたのは、無機質な女性の声。

 洸太が電話に出ない……。通話を切るなり、今度はメールを送信した。


 しかし、洸太からは何の連絡も帰ってこないまま時間だけが過ぎ、放課後になってしまう。


「……洸太。どうしちゃったの……」


 あたしは不安で押し潰されそうだった。結衣は「寝込んでて連絡できないんだよ」と言うが、あたしにはそう思えなかった。

 昨日、白いスーツの男性とすれ違った後の態度の急変。そして、今朝の殺人事件。関係無いと思いたい。だけど、関連づけようとしている自分がいる。全てを嫌な方へと導こうとしている。


 怖い。嫌な感覚が襲ってくる。



 ……会いたい……。神志那先生に……。



 あの日、不安な時に出会い不安が緩和されたことで、いつのまにか神志那先生に心の安らぎを求めるようになっていた。

 放課後が始まるなり、ルーチェの誘いも待たず、美術室へ駆け出していた。



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