03
部活が終わり、あたしは結衣と共に学校からの帰り道を歩いていた。
「ねえ、美夜。本当に今日はおかしいよ。何があったの? わたしには言えないことなの?」
結衣が顔を覗き込んでくる。一度は、あたしの方から話すのを待つことにしたのかもしれない。けど、部活で見せてしまった態度にまた別の何かを感じ、待てなくなったのだろう。
それよりも、今のあたしが余程冴えない顔をしているせいかもしれない。見つめてくる結衣の表情が全てを物語っている。
このまま黙っていれば、今度はあたしと結衣との間に歪みができてしまいそうだった。あたしは腹をくくり、昨日のことを話すことにした。
「…………実は……。昨日、洸太に……キス……されたの」
「――――えっ!?」
結衣は信じられないといった風に、口をあんぐり開けたまま固まった。しばらくその状態が続き、ようやく動いたかと思うと、金魚みたいに口をパクパクさせた。
「えっ!? えっ!? それって、洸くんが美夜に告白したってこと?」
「…………」
……告白。そういえば、洸太の口からは、そう言った旨の言葉は受けていない。
「…………もしかして、無理矢理?」
黙り考える姿で察したのか、結衣の声に普段現れない怒りの色が現れている。たしかに無理矢理だった。だけど、こんなにも怒りを露にする結衣を見てしまうと、素直に肯定することもできなかった。そして、そんなあやふやな態度に、結衣の怒りがさらにヒートアップする。
「なにそれっ!! 洸くん、見損なった!!」
結衣が通学鞄から携帯を取り出し、どこかに電話しようとしている。
「ちょっと、結衣。どこに電話してるの……?」
「洸くんに決まってるじゃない! 呼び出して、文句を言わなきゃ治まらない!!」
「ちょ、ちょっと、結衣っ! 落ち着いて」
あたしのことで怒ってくれるのは嬉しいのだが、今の結衣は少し暴走気味だった。慌てて結衣の手から携帯を奪い取り、洸太に繋がる前に切った。
「洸太には、ちゃんと自分で話しをするつもりだから……。そうした方が良いって、先生も言ってたから」
「…………先生?」
言った後に、ハッとしてしまう。
結衣からは今までの怒りが嘘みたいに消え、『先生』という言葉に関心を抱いているようだ。ビックリするほど目を輝かせている。
「先生って……神志那先生?」
その勘の鋭さに驚かされてしまう。
あたしは昨日の出来事を思い出し、顔が熱くなった。その様子を前に、結衣の瞳はさらに輝く。あたしは、これまでの一連の会話のなかで、初めて肯定の言葉を返すことになった。
「……うん。昨日、洸太と出掛けて別れた後に先生と会って……。成り行きで、先生の部屋にお邪魔したんだ」
「えーっ!? 先生の部屋に行ったの!?」
さっきから結衣の表情は、あたしの発言に合わせ目まぐるしく変わっていく。驚いたり、怒ったり。今は完全に興味津々といった感じだ。
結衣がこんなにも感情を露にするなんて珍しいなと思いつつ、あたしは昨日あった神志那先生との出来事を話した。
「ホント、会ったのは偶然で……。あたし、その時パニクってたから、落ち着かせるためにって、先生も仕方なく……。で、その流れで相談にのってもらったの」
「ふーん。そうなんだ」
結衣はニヤニヤと普段は見せない顔をしている。しかし、何か思うことがあったのか、すぐに眉間にシワを寄せた。
「……ねえ。相談って、洸くんとのことだよね。それって、先生に洸くんとのことをを誤解されない?」
今日の結衣は、本当に勘が研ぎ澄まされている。あたしは流されるままに答える。
「うん。あたしも、そう思った。だけど、あのまま何も言わなかったら、もっと誤解されそうだったから、あえて相談にのってもらったの。『あたしと洸太は友人です』って。……でも、それがダメだった」
「ダメだった……って?」
他人のことなのに、結衣は自分のことのように不安そうな表情を浮かべている。
「あたしね……先生に告白っぽいことしちゃったの。……しかも、相手を試すような言い方で」
昨日のことを思い出し、胸の中が切なさと後悔でいっぱいになる。
「……それで……返事は貰えたの?」
「……遠回しだったけど、断られちゃったよ」
あたしは精一杯の笑顔で誤魔化していたけど、今にも泣きそうだった。だけど、それは結衣の一言で払拭されてしまう。
「ああ、そうなんだ。だから今日の先生は何となくぎこちない感じだったのね」
「…………?」
結衣は一人で納得したみたいに両手を打ち、心労で強張らせていた表情を緩ませる。逆に、今度はあたしの方が疑問で眉間にシワを寄せる。
「何か、変だと思ってたの。洸くんが美夜を避けていたみたいに、今日の美夜は先生を避けていた。で、先生はそのことには触れないけど、美夜のことを何となく気にしていたみたいだった」
「……どういうこと?」
結衣が言わんとしていることが分からない。
「告白されたからって、先生は大人で教師なんだから、普段通り接しようとするでしょ。興味ない子からの告白だったら、なおさら。だけど、先生は普段通りを装いながらも、ずっと美夜を気にかけていた。それって、先生が美夜のことを意識しているってことじゃない?」
「意識……してる?」
「そう。……たしかに、昨日の告白は断られたかもしれない。でも、意識するってことは、先生の中で美夜は『嫌い』な存在じゃない。なんかの切っ掛けで、それが『好き』に変わることもあるかもしれないってことっ!」
「……そ、そうなのかな?」
「そうだよ。わたしは、そう思うよ」
楽天的で都合の良い解釈だった。でも、結衣の言葉にあたしは元気が貰えた。たしかに、色々と不安なことはあるけど、今はまだ神志那先生のことを好きなままでいいんだって思えた。
「結衣、ありがとう。元気出たよ。……あと、なかなか言い出せなくて、ゴメンね」
「いいよ。だって、言いにくいことだもん。それなのに、話してくれたんだから、嬉しいよ」
気分が晴れると、あたしは結衣の携帯を奪ったままだと思い出し、慌てて返却した。結衣も色々な驚きで携帯の存在を忘れていたみたいだった。受け取った携帯を、笑いながら口の開いていたサブバッグに放り込む。
「…………あれ?」
結衣の行動を見ながら、自分に違和感を覚える。それを確認しようと、身の回りに隈無く視線を巡らしてみる。何かが足りない気がする。
今度は、自分と結衣を見比べ確認を繰り返す。
「――――ああっ!!」
急に大声を上げたあたしに、結衣が驚き目を見開く。
「な、なによ。突然、大声なんか出して」
「……体操服忘れた」
あたしの手には結衣と同じサブバッグがあるはず。だけど、今はそれがない。中身は今日の体育での汗がたっぷり染み込んだ体操服。どうやら、悩み過ぎたせいで忘れてしまったみたいだ。
「ゴメン、結衣。あたし、学校に戻る」
さすがに汗だくの体操服を放置はできない。家までは目と鼻の先なのだが、あたしは学校へ逆戻りだ。
突然の状況変化に呆然とする結衣に手を振り、すっかり見えなくなっていた学校に向け走り出した。