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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
壊れ始める世界
13/35

03

 部活が終わり、あたしは結衣と共に学校からの帰り道を歩いていた。


「ねえ、美夜。本当に今日はおかしいよ。何があったの? わたしには言えないことなの?」


 結衣が顔を覗き込んでくる。一度は、あたしの方から話すのを待つことにしたのかもしれない。けど、部活で見せてしまった態度にまた別の何かを感じ、待てなくなったのだろう。

 それよりも、今のあたしが余程冴えない顔をしているせいかもしれない。見つめてくる結衣の表情が全てを物語っている。

 このまま黙っていれば、今度はあたしと結衣との間に歪みができてしまいそうだった。あたしは腹をくくり、昨日のことを話すことにした。


「…………実は……。昨日、洸太に……キス……されたの」


「――――えっ!?」


 結衣は信じられないといった風に、口をあんぐり開けたまま固まった。しばらくその状態が続き、ようやく動いたかと思うと、金魚みたいに口をパクパクさせた。


「えっ!? えっ!? それって、洸くんが美夜に告白したってこと?」


「…………」


 ……告白。そういえば、洸太の口からは、そう言った旨の言葉は受けていない。


「…………もしかして、無理矢理?」


 黙り考える姿で察したのか、結衣の声に普段現れない怒りの色が現れている。たしかに無理矢理だった。だけど、こんなにも怒りを露にする結衣を見てしまうと、素直に肯定することもできなかった。そして、そんなあやふやな態度に、結衣の怒りがさらにヒートアップする。


「なにそれっ!! 洸くん、見損なった!!」


 結衣が通学鞄から携帯を取り出し、どこかに電話しようとしている。


「ちょっと、結衣。どこに電話してるの……?」


「洸くんに決まってるじゃない! 呼び出して、文句を言わなきゃ治まらない!!」


「ちょ、ちょっと、結衣っ! 落ち着いて」


 あたしのことで怒ってくれるのは嬉しいのだが、今の結衣は少し暴走気味だった。慌てて結衣の手から携帯を奪い取り、洸太に繋がる前に切った。


「洸太には、ちゃんと自分で話しをするつもりだから……。そうした方が良いって、先生も言ってたから」


「…………先生?」


 言った後に、ハッとしてしまう。

 結衣からは今までの怒りが嘘みたいに消え、『先生』という言葉に関心を抱いているようだ。ビックリするほど目を輝かせている。


「先生って……神志那先生?」


 その勘の鋭さに驚かされてしまう。

 あたしは昨日の出来事を思い出し、顔が熱くなった。その様子を前に、結衣の瞳はさらに輝く。あたしは、これまでの一連の会話のなかで、初めて肯定の言葉を返すことになった。


「……うん。昨日、洸太と出掛けて別れた後に先生と会って……。成り行きで、先生の部屋にお邪魔したんだ」


「えーっ!? 先生の部屋に行ったの!?」


 さっきから結衣の表情は、あたしの発言に合わせ目まぐるしく変わっていく。驚いたり、怒ったり。今は完全に興味津々といった感じだ。

 結衣がこんなにも感情を露にするなんて珍しいなと思いつつ、あたしは昨日あった神志那先生との出来事を話した。


「ホント、会ったのは偶然で……。あたし、その時パニクってたから、落ち着かせるためにって、先生も仕方なく……。で、その流れで相談にのってもらったの」


「ふーん。そうなんだ」


 結衣はニヤニヤと普段は見せない顔をしている。しかし、何か思うことがあったのか、すぐに眉間にシワを寄せた。


「……ねえ。相談って、洸くんとのことだよね。それって、先生に洸くんとのことをを誤解されない?」


 今日の結衣は、本当に勘が研ぎ澄まされている。あたしは流されるままに答える。


「うん。あたしも、そう思った。だけど、あのまま何も言わなかったら、もっと誤解されそうだったから、あえて相談にのってもらったの。『あたしと洸太は友人です』って。……でも、それがダメだった」


「ダメだった……って?」


 他人のことなのに、結衣は自分のことのように不安そうな表情を浮かべている。


「あたしね……先生に告白っぽいことしちゃったの。……しかも、相手を試すような言い方で」


 昨日のことを思い出し、胸の中が切なさと後悔でいっぱいになる。


「……それで……返事は貰えたの?」


「……遠回しだったけど、断られちゃったよ」


 あたしは精一杯の笑顔で誤魔化していたけど、今にも泣きそうだった。だけど、それは結衣の一言で払拭されてしまう。


「ああ、そうなんだ。だから今日の先生は何となくぎこちない感じだったのね」


「…………?」


 結衣は一人で納得したみたいに両手を打ち、心労で強張らせていた表情を緩ませる。逆に、今度はあたしの方が疑問で眉間にシワを寄せる。


「何か、変だと思ってたの。洸くんが美夜を避けていたみたいに、今日の美夜は先生を避けていた。で、先生はそのことには触れないけど、美夜のことを何となく気にしていたみたいだった」


「……どういうこと?」


 結衣が言わんとしていることが分からない。


「告白されたからって、先生は大人で教師なんだから、普段通り接しようとするでしょ。興味ない子からの告白だったら、なおさら。だけど、先生は普段通りを装いながらも、ずっと美夜を気にかけていた。それって、先生が美夜のことを意識しているってことじゃない?」


「意識……してる?」


「そう。……たしかに、昨日の告白は断られたかもしれない。でも、意識するってことは、先生の中で美夜は『嫌い』な存在じゃない。なんかの切っ掛けで、それが『好き』に変わることもあるかもしれないってことっ!」


「……そ、そうなのかな?」


「そうだよ。わたしは、そう思うよ」


 楽天的で都合の良い解釈だった。でも、結衣の言葉にあたしは元気が貰えた。たしかに、色々と不安なことはあるけど、今はまだ神志那先生のことを好きなままでいいんだって思えた。


「結衣、ありがとう。元気出たよ。……あと、なかなか言い出せなくて、ゴメンね」


「いいよ。だって、言いにくいことだもん。それなのに、話してくれたんだから、嬉しいよ」


 気分が晴れると、あたしは結衣の携帯を奪ったままだと思い出し、慌てて返却した。結衣も色々な驚きで携帯の存在を忘れていたみたいだった。受け取った携帯を、笑いながら口の開いていたサブバッグに放り込む。


「…………あれ?」


 結衣の行動を見ながら、自分に違和感を覚える。それを確認しようと、身の回りに隈無く視線を巡らしてみる。何かが足りない気がする。

 今度は、自分と結衣を見比べ確認を繰り返す。


「――――ああっ!!」


 急に大声を上げたあたしに、結衣が驚き目を見開く。


「な、なによ。突然、大声なんか出して」


「……体操服忘れた」


 あたしの手には結衣と同じサブバッグがあるはず。だけど、今はそれがない。中身は今日の体育での汗がたっぷり染み込んだ体操服。どうやら、悩み過ぎたせいで忘れてしまったみたいだ。


「ゴメン、結衣。あたし、学校に戻る」


 さすがに汗だくの体操服を放置はできない。家までは目と鼻の先なのだが、あたしは学校へ逆戻りだ。

 突然の状況変化に呆然とする結衣に手を振り、すっかり見えなくなっていた学校に向け走り出した。



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