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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
気づいた気持ち
1/35

01

 赤土色の乾いた大地。


 風が吹けば砂が舞い上がり、鼻先に届く埃っぽい土の匂い。


 見渡す限り一面に広がる赤い大地には、植物らしきものは一切見えない。その代わりに大地と同じ色をした岩が、まるで木のように天に向かって伸びている。


 空に広がるのは不気味さを孕んだような黒い雲。


 時折、雲の隙間から覗く光は、それとは逆に心に安らぎを与えるような蒼く大きな月。


 赤い大地と同じ色をした石柱群。そして、黒い雲。



 閑散としたこの場所に立つ一人の女。



 女は狼のような獣の耳と尾を生やし、指先に伸びる爪も獣のように鋭い。長く乱雑に伸びた髪は風が吹く度に大きく舞い上がっている。その度に苛ついたように髪を後ろに戻しているが、フサフサの大きな尻尾は意に反し嬉しそうに揺れている。

 女は誰かを待っているのか、常に周囲の気配を探っている。


 ひときわ強い風が女に吹き付ける。それと同時に鳥の羽音がどこからか聞こえてきた。

 頭上にある大きな獣の耳が、その音に気づき跳ねる。そして、女は音の方へと視線を送る。

 そこには宙で黒い翼を羽ばたかせ、女を見下ろす黒髪の男の姿があった。白い衣を風に靡かせながら、男はゆっくりと大地に降り立つ。翼と同じ色の長い髪が大地に吹く風に舞う。

 女は男の姿を目の前にすると、引き千切れんばかりに尻尾を振り、ニヤリと口を開き鋭い牙を覗かせた。


 冷めた表情の男は静かに剣を抜く。細く長い剣が雲の隙間から覗く月の光を反射し、銀色に美しく輝く。

 男が剣を構えると、女は嬉々として傍らに突き刺していた大剣を大地から引き抜いた。女が持つには大きすぎるその剣を、彼女は軽々と片手で持ち構える。


 そして、獣の咆哮のような雄叫びと共に、男に向かって斬りかかった。



 金属同士がぶつかり合う音と同時に、周囲の空気が激しく振動する。

 鍔迫り合う剣の先にある視線が交わる。

 男はどこか憂いを帯びた表情で女を見つめ、女はこの状況を全身で楽しんでいるような狂喜に近い表情で男を見つめる。


 再度、衝撃音が響き渡る。


 空気が激しく揺れ、その衝撃は斬激となり、二人の背後にある石柱をいとも簡単に破壊する。



 二人の戦いは終わることなく繰り返される。



 雲の隙間から覗く蒼い月は、その戦いを静かに見つめ、二人を蒼い光で照らしていた。



  ◇ ◇ ◇



「……や。……みや……」


 誰かが呼んでいる? 身体が揺らされている?


「――美夜っ! いい加減に起きなさいっ!!」


「――――はっ!」


 眩しい光が目に入り込んでくる。

 あまりの眩しさに、あたしは奪われた布団を取り返し被り直す。しかし、そんな小さな抵抗は一瞬で破られてしまう。再び布団を奪われ、仕方なく起き上がり「うーん」っと背伸びをする。暖かく心地よい朝日を全身に浴びると、思わず欠伸が出てしまう。


「……美夜。あんた、あんなに大きな目覚まし掛けておきながら、なんで一人で起きられないのよ」


 起こしに来ていた母が呆れ混じりに言う。


「あはは。ごめんなさい」


 母はそれ以上は何も言わず、ため息をつきながら部屋を出ていってしまう。あたしも母の後を追うように部屋を出て、一階の洗面所へと向かう。

 台所から漂ってくる朝御飯の良い匂いにお腹を鳴らしながら、顔を洗い、歯を磨く。いつもの朝の作業をこなしつつも、あたしの身体はまだ眠りを求め僅かな気怠さを感じていた。


 これは夜更かしをしたせいの寝不足ではない。

 寝ているはずなのに、あたしの身体は眠っていないような疲れを訴える。



 ――それは、『夢』のせいだ。



 あたしは昔から同じ夢を繰り返し見ていた。


 場面はいつもの同じ。

 荒れた赤い大地で、異形の姿をした自分が黒い翼を持つ男性と戦う場面。


 昔はこの夢を見ても、感覚的には普通の夢と変わらなかった。ただ見ているだけの夢。

 だけど、最近は違う。夢を見る頻度も多くなり、その場の空気の匂い、剣の重さ、高まった感情などが、自分自身が直に感じたもののように残る。今朝も、朝御飯の香りを感じるまでは埃っぽい土の匂いを覚えていた。

 こうも頻繁に同じ夢を見ていると、自分の姿が本当はあの獣の女ではないのかと感じてしまうこともある。

 あたしは洗面台の鏡に映る自分の姿を見つめてみる。

 そこに映っているのは“犬塚美夜いぬつかみや”という名前の少女の姿。この春に高校に入ったばかりのあたしの顔は、まだまだ子供っぽさが残っている。頭にも獣の耳はついていない。もちろん、おしりにもフサフサの尻尾もない。

 そこに、夢のなかの獣ような女の姿はない。

 夢は所詮、夢。分かってはいるけど、最近はあの夢がただの夢ではないような気がしてならない。


「みやっ!」


 洗面所で自分の顔に見入って考えていると、いつまで経っても食卓に来ない娘に向け、本日二度目の母の雷が飛んできた。

 慌てて食卓に向かうと、そこにはあたしの食事だけが用意されていた。父はすでに仕事に出掛けてしまったようだ。母はというと、いつものようにお茶を飲みながらお気に入りの朝の番組を観ている。これ以上母の雷が落ちないようにと、あたしは黙って食事を始めた。



「――まあ、近くじゃないの」


 テレビを食い入るように観ていた母が、驚いたように声をあげる。何事かと、ご飯を口に運びつつ視線だけをテレビに向けてみる。

 薄い画面の中で、リポーターが緊迫した面持ちでレポートしている。

 それは世界中で最近起こっている『人体発火による殺人事件』と、いう猟奇的で不可解な事件のニュースだった。

 ただの放火殺人なら何の不可解さもないが、この事件は違っていた。この事件の被害者は皆、身体の内側から焼かれているのだ。人体発火で焼け死ぬだけなら、オカルト的な話題としてニュースに取り上げられるだけだったかもしれない。しかし、一部の被害者には刃物で切られるなどの外傷があり、明らかに争った形跡が残っていることもあった。それは場所が変わっても同様で、全て関連のある事件として調査されることになったらしい。

 そして、今回の現場としてテレビの画面に映っている風景。そこは見覚えのある場所だった。

 今までは遠くの出来事だと思い、特に関心もなかった。でも、それが隣町という自分の身近な場所で起こったという現実は、あたしに大きな衝撃を与えた。しかも、ただの殺人事件ではない。人間の身体が内側から焼かれ、殺されてしまうという、猟奇的でオカルトめいた事件だ。

 あたしはそんな非現実的な事件に、何ともいえない不安と恐怖を感じていた。


「美夜。いつまで食べてるの? 時間、大丈夫なの?」


 テレビに釘付けで箸の止まっていたあたしに、母が尋ねてくる。言われ、テレビに表示されている時刻を見て青ざめた。

 あたしは残りのご飯を一気に掻き込むと、急ぎ支度を整え学校に向け走った。



 必死に走り、遅刻をすることなく教室に駆け込む。家からの距離の近い高校に進学した自分の選択には、いつものことながら感謝している。慌てて出掛けても、意外と余裕を残した時間に着くことができるのだから。



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