イヴの夜~20年ぶりの再会に乾杯!(日乃万里永さんへのクリスマスプレゼント)
二か月前…。
買い物から帰って来て、いつもの様のメールボックスを覗いた。そして、一通の手紙を私は手に取った。
「今年ももうそんな時期なのね…」
そう呟いてため息を吐いた。
それは高校の同窓会の案内状だった。毎年12月24日、クリスマスイヴの日に行われる。私は結婚してからは一度も出席していない。もう、20年くらい経つだろうか…。リビングで封を開けて、同封されていた返信用ハガキを眺めて二度目のため息を吐いた。
「お母さん、それなあに?」
ちょうど学校から帰って来た娘がテーブルに置かれていた封筒を見て言った。
「ん?同窓会の案内状よ。高校の時のね」
「へー…。何年前?じゃなかった。何十年前?」
「こら!母親をからかうもんじゃないわよ。」
「てへっ…」
舌を出して、首をすくめる娘。
「お腹すいた!晩ご飯はなあに?」
「何言ってるのよ!すき焼きよ。あなたも手伝ってちょうだい」
「そうか!今日はお父さんの給料日か」
我が家では毎月、主人の給料日はすき焼きと決まっている。主人が給料日の夜にまともに家に帰って来ることはない。会社の同僚と月に一度のプチ贅沢な飲み会を開いているのだと言う。それなら、私たちもと始めたのが母娘のすき焼きパーティーだった。
材料を下拵えして、卓上コンロとすき焼鍋をテーブルに出した時、突然主人が帰って来た。
「あら?どうしたの?」
「今日はプチ贅沢な飲み会でしょう?」
私と娘に同時に聞かれて苦笑する主人。
「いやー、メンバーが揃わなくてね。今日は中止になったんだ」
そう言って主人が差し出したのは松坂牛のお肉だった。
「お父さん、すごーい!」
「まあね。自分の食いぶちくらいは自前で用意しないとな。急な帰宅だからと言って、お前たちの楽しみを減らすわけにはいかないだろう?」
「さすが、お父さん。よく解かってる!」
「当たり前だよ。じゃあ、ちょっと着替えてくるから…。ん?これ、なんだ?」
主人が手にしたのはテーブルに置き忘れていた同窓会の案内状。
「同窓会か…。いつなんだ?」
「あー、それ、いいのよ。どうせ忙しくて行けないし…」
と言う、私の話を聞いているのかいないのか、主人は返信用ハガキの『出席』のところに○をして私に手渡した。
「行って来ればいいじゃないか。たまには楽しんでくればいいよ」
「えーっ!じゃあ、うちのクリスマスパーティーは?」
主人がそんなふうに言ってくれたのはすごく嬉しかった。けれど、娘の言う通り、イヴには毎年ホームパーティーをやる。私も娘もそれは楽しみにしている行事の一つだった。
「ジャーン!」
主人が上着の内ポケットから何やら取り出した。それを見た娘が目を輝かせた。なんと、それはディ○ニーリゾートのペアチケットと隣接するホテルでのディナー招待券だった。
「相手がお父さんで申し訳ないけど」
「いい、いい!どうせ彼氏とか居ないし。お母さん、同窓会行っておいでよ」
「えーっ!私もそっちの方がいいなあ」
「まあ、今回は俺に花を持たせてくれよ。こいつと二人でデートするのもこれが最後になるかも知れないからな」
「そう、そう!来年は彼氏が出来てるかもしれないしね」
「もう…。しょうがないな」
「そうと決まったら、早く食べよう!もういい加減お腹減ったし」
「おう!そうだ。早く着替えてこよう」
こうして、私は20年ぶりの同窓会に出席することになった。
同窓会は地元のホテルで行われることになっていた。会場は確か、5階のイベントホール。エレベーターで5階に上がると、すぐに受け付けが目に入った。受付には見知った顔の同級生が居た。彼女とは結婚後もよく会っている。受付に彼女が居てくれたのは心強かった。
「万里永!よく来たね。嬉しい!」
大げさに喜ぶ彼女に苦笑した。
「何言ってるのよ。この間、会ったばかりじゃない」
「違う、違う!同窓会に来たのは20年ぶりでしょう?」
「まあ、それはそうだけど。みんな私のこと判るかしら…」
「大丈夫よ!万里永。あなた、ぜんぜん変わってないから」
「それはあなたとはしょっちゅう会っているから」
「そんなことないって!それより、彼も来てるわよ」
「彼?」
「彼、毎年、来ているんだけど、いつも私に聞くのよ。万里永さんは元気にしていますか?って。きっと、まだ万里永のことが忘れられないんじゃないかな」
「そんなバカな…」
彼とは、高校の頃、クラスの中で噂になったことがあった。特に付き合ったとかそういうのではなくて…。ただ、噂になったことで私が意識していたのは確かだったけれど。
当時、私たちは同じクラスで図書委員をしていた。いつも下校時刻まで二人で一緒に図書室に居た。図書委員なのだから当たり前だったのだけれど。
「万里永さんって、本当に本が好きなんだね」
「そう言う日下部くんの方こそ」
「ボクはどっちかと言うと、君が図書委員に立候補したから手を上げたんだけどね」
「日下部くんったら、冗談は顔だけにしてよ」
「あっ!それを言うか。顔にはちょっと自信あるんだけどな」
「うん。そうだね。日下部くんのこと好きな子ってけっこう居るもの」
「そうなの?」
こんな風に彼は当時、まったく女の子には興味が無いように思えた。当然、私も“女の子”として意識してもらっているとは思わなかった。彼が図書委員になったのも彼は本当に本が好きだったからだと思っていた。そして、実際、彼は本当に本が好きだった。そんな彼に私は仄かな恋心を寄せていたのだけれど…。
そんな二人はクラスメイトからすれば、絶好の標的だったのかもしれない。けれど、結局、私と彼はそのまま、ただの図書委員同士で終わってしまった。
20年という月日は長い。会場に足を踏み入れはしたのだけれど、みんな当時の面影はどこにもない。きっと、私にしてもみんなからすればそうなのかも知れない。
「万里永?図書委員だった…」
声を掛けてくれたのは、当時、書記をしていた子だった。学級委員長と噂になって、そのまま結婚した…。
「すぐに判った?」
「もちろんよ!万里永はあの頃とぜんぜん変わってないもの」
「そんなことないよ」
「ねえ、来て!」
そう言って彼女は私の手を取った。
「日下部くーん!万里永が来てくれたよ」
えっ?日下部くんって…。
「よっ!ご両人」
周囲からそんな声が飛んだ。そこには確かに日下部くんが居た。一目で彼だと解かった。当時より大人っぽくなっているけれど、彼こそあのころと変わらない。
「久しぶり」
「ホント…。元気だった?」
「うん…。君も元気そうで良かった」
「日下部くん、変わらないね」
「それって、ほめ言葉だと受け取ってもいいのかな?」
「もちろんよ」
「よかった。20年前は冗談は顔だけにしとけとか言われたから」
「いやだ!あれはその、言葉のあやって言うか…」
「ずっと会いたかったんだ。今更だけど、ボクは本当に君と一緒に居たくて図書委員になったんだから」
「えっ?もう!冗談は顔だけにしてよ」
「やっぱり君は変わらないね。20年待ってた。その笑顔が見たくて」
彼があまりにも真面目にそう言うものだから、私は言葉を失ったしまった。これって、20年越しの告白なのかな…。そんなはずはないか。でも、ちょっとドキドキする。
「ねえ、乾杯しよう。20年ぶりの再開に」
そう言って彼はシャンパンに入ったグラスを二つ持って来てくれた。そして、私たちは20年ぶりの再開に乾杯した。来て良かった…。そう言えば、今頃、うちの二人はうまくやっているのかしら…。