スポットライトは誰のもの
テレビの音だけが聞こえていた部屋の中に、玄関の開く音が飛び込んだ。
「ただいま~」
彼女は枯れた声で部屋に入り、ソファーに乱暴に座った。
「お帰り~」
「ちょっと聞いてよ?」
「はいはい」
いつものが始まるな。
僕はそう思い、コップに水を入れ彼女に渡した。
彼女はそれを一気に飲み干し、潤いを取り戻した声で話し始めた。
「今日は友達とカラオケに行ってきたんだけどさ」
「ああ、だから声が枯れていたのか」
「もうね! 今日は色々ありすぎたんだよ!」
彼女は力強く机を叩く。壊れないでくれよ、机。なんやかんやで高いんだからな。
「まず『勝手にハモろうとするやつ』ね! 凄く邪魔なんだよ!」
「そいつも歌いたいんだろ?」
「だからって、下手糞のクセにハモろうとするのは身の程をわきまえていないよね!」
彼女の興奮する姿に、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「他にもあるよ! 間奏部分で『声でね~』とか言い訳したり、キーの合わない曲選んで、サビの部分でオクターブ下げたりとかね!」
カラオケ一つでそんなに不満があるのかと、僕は素直に感心する。
「でも、まあ、それはいいよ。心の広い私なら許せるよ」
「自分で言ったか」
彼女は僕の呟きに意を介さず、言葉を続ける。
「でもね、一番許せないことがある!」
「ほほう。それは?」
彼女は頭上に手を上げ、勢いをつけて机を叩いた。
「他人の歌声を奪うことよ!」
僕はその言葉の意味が分からなかった。
「……どういう意味?」
「歌声が小さい人がいるよね」
「確かにいるね」
「その人の声はマイクを通しても小さいんだよ。そこに、地声が大きい無礼者が『知ってる!』みたいな異常に高いテンションで大きな声で歌いはじめたらどうなる? そう! その歌は無礼者の声で支配されてしまうのよ!」
その場面を僕は思い浮かべてみる。確かに、それは耐え難い状況かもしれない
「私は無礼者の声なんて聞きたくないのに! そなやつ風呂場で歌って、適度なエコーに酔っていればいいのよ!」
そういって、彼女は立ち上がり風呂場のほうへと向かった。
その後、ハスキー気味な歌声が聞こえた来たのはいうまでもない。
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