9-4 強襲のM3
遺跡の内部構造は完全に未知であるが、頭部の環境センサーで石鎧の音響を捉える。
あまり遠くからは響いていない。先行する瑞穂等の居場所は一階層ほど地下のようだ。俺が船頭役になって仲間の石鎧を連れて行く。
「複数の機動音に、銃撃? 遺跡の破壊……いや、石鎧同士の戦闘か」
遺跡の内壁はすべて岩で出来ていた。照明が一切存在しないので洞窟のように暗く、一寸先も見渡せない。デジタル補正映像はラグがあるため気に食わないが、使わざるを得ないだろう。
補正画像の壁は、灰色だ。どこか、ドームの壁に似ていなくもない。
ドーム内にある遺跡だからか、ロケット遺跡のように砂が堆積しておらず綺麗なものだ。
……いや、むしろ埃一つ落ちていないのが不気味とさえ言える。清掃されている訳でもないのに、誰も立ち入らない地下空間の床は磨かれていた。
「各機。下層ではアルヴと外縁軍部隊が交戦中だと思われる。乱戦が考慮されるが、臨機応変に対処を願う」
不意討ちに注意しながら、階段を発見する。
どうなっているのか分からないからがんばれ、と仲間に通信してから階段を下った。
下りた先には、かなり広い空間が広がっていた。
奥行きは百メートル、高さは八メートルと贅沢だ。空間は縦長で、奥の方はもっと天井が高い。
暗い地下にあるからだろう。葬祭を扱う教会や寺院といった宗教施設を連想してしまうが、それは正解だ。空間の最奥には、横たわる長方形の箱が見受けられた。
一目見て気付く。
長方形の箱は、石製の棺だ。内部には惑星へと最初に降り立った地球人類、現在の惑星人類の祖先が眠っている。
そんなひんやりした地下空間を、オレンジ色の曳光弾が線を描き、レーザーが壁を赤く熱する。死者の安眠妨害を気にせず、アルヴと外縁軍は戦闘を繰り広げているらしい。
一機の石鎧が爆散し、焚き火のように壁や天井を照らした。
目視した限り、アルヴ製石鎧の数は少なく劣勢に見える。が、閉ざされた地下だというのに構わず宙を飛び回る一機のヴォルペンティンガーの奮戦に、パトロクロスがまた一機撃墜されてしまう。
蝙蝠の羽の骨のような翼を生やしたヴォルペンティンガー。片翼が目新しく、どことなく顔付きに覚えがある。
『艦隊を潰した私は、どうせ本国に戻っても極刑だ。ならばせめて、火星人類の正体を暴き、種族全体に貢献してから死んでやるッ』
斥力場で全身を包んだ攻防一体の突撃と、恨み節の拡声から正体が判明した。
暴れているヴォルペンティンガーの装着者はネネイレだ。八つ当たりを声にするために、わざわざ攻防一体の突撃を止めている。相当粘着質に怒っているようだ。
ネネイレが止った瞬間を狙って、軽やかな体裁きで刃のような石鎧が足技を繰り出す。斥力場を突破する事はできなかったが、攻撃タイミングは悪くない。
まあ、瑞穂で間違いないだろう。
『邪魔をするなッ。どうせ皆、死ぬんだ!』
『アルヴの心中に付き合ってられるか! 死にたい気分なのは、お前だけだと思うな!』
女装着者同士が吠えながら、反作用で一度遠退く。
だが、瑞穂は即座に体制を立て直して短剣を投擲。更に投げた短剣の柄を蹴り付けて、一点突破を狙う。
ネネイレは斥力場を強めて対抗した。地下に気流が生じる程に強化され、暴風を纏っているかのようだ。
技で瑞穂は上を行くが、いかんせん攻撃力不足だった。性能だけのヴォルペンティンガーを仕留められずにアキレウスの装着者は苛立っている、と傍目からも手に取るように分かる。
『火星の野蛮な種族の所為で、地位も名誉も失った。お前達も全部失えッ』
『それがどうしたッ! 私は、一番好きな男が手に入らなかったのに、くだらない!』
『男? それこそくだらないッ! 恋など愛などいった気の迷いが、遺伝子的成長を損なわせるのだ。生殖活動を着飾るためだけの恋愛感情を妄執する下等生物が!』
『私の苦しみが、嘘であるものかッ。感情だけで窒息してしまいそうなのに……アルヴはAIと同じ工場製品と同じかッ』
『生の肉体から生まれる気色悪い生物が、高等種族を見下すな!』
早まった瑞穂のアキレウスは、背面のブースターを点火して天井擦れ擦れまで跳躍していく。重力と跳躍力が釣り合う頂点で機体を回転させて、右脚を突き出した。縦軸に体を捻る事で、右脚はドリルのように回転しながらヴォルペンティンガーへと迫る。
瑞穂はテクニックを用いて、重圧な斥力場の表層を貫いた。
……ただし、右脚が届いたのは中層までであり、ヴォルペンティンガー本体まではもう三十センチ足りず、脚の進攻は停止してしまう。
この後のアキレウスは、膨張する力場に跳ね飛ばされて、四肢をもがれて体を上下に裂かれる運命だ。
「これだから、これだからっ、瑞穂は面倒なんだ。どう考えても、俺は瑞穂を見捨てられないからっ!」
ほどよくアルヴも外縁軍も消耗していたので、戦闘に割り込む。
赤く角を光らせて鬼兎の斥力場を発生させ、ヴォルペンティンガーの斥力場を押し返していく。
遺跡の外の戦闘は既に収束していた。城森英児の駆るアキレウスを十五機の闘兎で囲んでおいて、たった五分しか持たせられなかった事になる。
闘兎達は、大戦以降はぐれ魔族を狩り続けた歴戦の兵士達であり、紙屋九郎と同じく石鎧と同化した不屈の戦士達である。十倍の兵力で攻められたとしても遅滞戦闘を行える彼等が、十倍以上の戦力で挑んでいながら、悲惨な結果だ。
元が外縁軍の所属である闘兎試験評価中隊は、英児の先輩に当たる。
先輩を破壊するのは英児とて気乗りはしなかったが、石鎧だから斬り刻んでも死にはしないだろうと遠慮なく短剣を振り回した。装着者が石鎧と同化していた事が、むしろ、戦闘時間の短縮を招いた訳である。
「行かせはしない。お前は、娘のためにならん」
『――夫婦の破綻は夫の責任かよ。軍人だって男女平等に採用されているってのに、たく、やるせなくて白ける』
「娘がすべて正しいとは言わん。が、父親だけは娘の理解者でなければならんのだ! 爵位権限『不動なる飛矢』応用ッ、不動結界!」
最後に残った闘兎はバックステップで距離を稼ぐと、腰や手首、肩のアンカーユニットから鋼鉄ワイヤーを発射した。
鏃付きワイヤーは六本の弧を描く。目前のアキレウスを内包してからワイヤーを魔的な力で空間に固定する事で、即席の檻が出来上がる。
……はずであった。
檻が完成するよりも早く、アキレウスは姿勢を低くしながら動いている。
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“石鎧名称:アキレウス・ネオプト
製造元:オリンポス
スペック:
身長二・三メートル。軽量、超運動性の検証機。
最新鋭機であったアキレウスの長所を更に発展させた石鎧。アキレウス自体、並の装着者では扱いきれない操縦性が最悪の石鎧であったが、ネオプトは人が操縦するのをまったく意識していない。
現在の技術レベルの最高点を検証するためだけに組み立てられた実験機であったが、ある天才装着者が受領し、実戦で使用している。
装甲、アビオニクス、電磁筋肉、すべてが特注品。高い。
装甲の薄さがオリンポス製石鎧の特徴であるが、ネオプトとなって防御性能は紙と化している。その代わり、運動性と機動性は革新的であり、ネオプトにとって旧来機は亀でしかない。操縦できれば、であるが。
一対のカメラレンズと、補助カメラが頬に一対存在する。頭部の鋭角が極まり、そろそろ一枚の板に成り掛けている。特殊形状の装甲板で最低限の強度を保っている。
原型となったアキレウスの欠点である燃費の悪さは相変わらずであり、腰に備える円柱型の増槽は六本に増えている。
塗装はアキレウスと同じく白を基調としているが、顔や胴に赤色の太線が入っているのが特徴的。
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英児専用機とも呼べるアキレウスの究極系、アキレウス・ネオプトのみに許された初動からのトップスピード。檻に捕らえられたのは踏み切りの砂塵だけであり、スラスターで横滑りしながらの振り上げ剣に、闘兎の隊長機は利き手を斬り飛ばされた。
攻勢は続き、アキレウスは闘兎の無事な方の手腕を肩口から分断する。月野製作所製の石鎧の特徴たる厚い装甲は無視して、弱点たる関節を的確に狙う。
一戦交えたというのに、アキレウス・ネオプトの装甲はかすり傷一つ見受けられない。石鎧戦闘において、城森英児という人間は一つ異なる次元へと至っている。
『SAの戦いは、こんなに簡単だってのによ……。あー、むしゃくしゃする』
脚部への斬撃だけはどうにか避けた闘兎であるが、もう武装と呼べる物は残っていなかった。
それでも、遺跡の入口を背負ってアキレウスから睨むのは、親の責務を果たそうという意思の現れだ。
『どけ。動きは悪くはなかったが、体に似合った特異性がなくて最後は退屈だった』
「娘は窮地に入ってようやく素直になれるはずだ。絶対に通さん」
『娘が娘なら、親も親で愚かしいな。あの瑞穂が、世界が滅ぶ程度で変わるかよ』
他の闘兎と同じように胴を絶たなければ先に進めない。それを手間だと思う時間で処理できると計算されたので、アキレウスは刃こぼれした短剣を廃棄する。新しい剣を構え直した。
アキレウスは一歩踏み出す。
そのまま速やかに……五メートルの距離を後退してしていく。
直後、銃弾の雨が、アキレウスが直前まで立っていた地面に降り注ぐ。英児は闘兎へのトドメを諦めて、回避する判断を刹那の間に済ませたという事だ。
地面を蜂の巣にするだけでは不足だと、アキレウスを追尾するように弾が続き、別角度からも銃弾が飛び込んでいく。明らかに、複数砲門からの攻撃だ。
『――城森様。退屈されているのであれば、こんな催しはいかがです?』
中隊規模の石鎧による一斉射撃に等しい弾数に、雑魚がまたわらわらと集まってきたのかと英児は石鎧の中で溜息を付く。
しかし、それは早計だ。
銃弾を放ったのはたった一機の機動兵器であり、緩急の概念なく今も全力で銃弾を放ち続けている。
『曽我隊長様。その体ではもう戦えませんわ。後退願います』
『その声は、ルカかよ。はっ、お前ごときが今更やって来てどうな――』
『わたくしでは、英児様に勝利できないという自覚はありますわ。ですので、せめて手数を増やさなければ』
携帯火器類を数多溶接した長い体が、尾を振り上げる。首をもたげて、アキレウスを見下ろす。
『おい、おいおい、そりゃなんだよ』
剣山のようなアサルトライフルが火を噴く。グレネードランチャーが一斉に炸裂弾を撃ち出す。
『城森様もご存知のわたくしのMオプションですわ。M3オプションと勝手に読んでいますけど』
『オプションで済まされるか!』
人間よりも一回り大きい石鎧と比較しても、遺跡へと新たに現れたソレは大きかった。
全長十メートル強の長いソレは、甲殻に覆われた頭部と、壊れた石鎧の胴体を連結した体で構成されている。
詳細に確認すれば、体はManeuver《機動》オプションを装備していたルカの石兎部隊の再利用であると分かるだろう。が、昆虫よりも脚の多い不気味な機動兵器を直視するのはなかなかに難度が高い。
『そういえば、城森様とは予科生時代から直接対決がありませんでしたわ』
『結果は見えていたからな。今も実力差は変わらない。急造まる出しの兵器で俺と戦えるつもりか?』
姿形は大蛇のようだが、Mオプションの脚を数えるなら百足だ。
ハリネズミのように銃を溶接しているが、規格外の運用でAIが火器管制できていない。とりあえず撃ちまくっている。
起動が遅れた分到着が遅れてしまったが、他と協力する事を考えていない百足型の機動兵器にとって、アキレウスとのタイマンは好都合だった。
『そら、図体でかいから、狙いを付け易いだろうが!』
アキレウスは荒い射線の隙間を縫って駆け巡り、百足型の頭部をアサルトライフルで銃撃する。
くねくねと動く頭部を正確に、まるで吸い込まれるかのように弾丸は百足型の頭へと着弾していく。
そして、装甲に触れた途端に蒸発して、無意味に終わる。
『ルカぁー、グレイヴから剥ぎ取った電磁装甲、安定しているよ』
『機能しているのであれば結構。さあ、操縦に慣れてもきたので、本気で参りましょうか、クロエ』
Mオプションの甲殻を上下から二枚重ねた百足型の頭部に、ルカとクロエは乗り込んでいる。二人で操縦を分担しなければ、動かせない怪物なのだ。
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“石鎧名称:石兎
製造元:月野製作所
スペック:
身長二・五メートル。中肉中背の石鎧……本来は。
現地改修の域を超えて改造が成されている。もはや、兎なのか蛇なのか百足なのかはっきりしない。石鎧の中でも壊れにくい胴体部を連結し、匍匐走行用の多脚を接合している。そのため、長さに反して機動性は高い。砂漠の蛇がごとく、蛇行しながら高速移動する。
ルカが余らせるのは勿体無いと言いながら、ストックされていた火器をすべて溶接し、固定武装化しているので火力は高い。が、溶接して砲身が動かないので見掛け倒し。給弾も行えない。
装着者は電磁装甲の甲殻に守られる頭部内にいる。
主にルカが武装担当であり、クロエは操縦系担当。石鎧であれば惑星初の複座であるが、この機体を石鎧と称して良いかは不明。
並列に動く石鎧のAIが混乱し、エラーが絶えない”
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『怪物型驚愕機動《Marvelous・Maneuver・Monster》オプション、気に入っていただけそうですか、城森様』
『そうだな。それなりだっ!』
珍妙なる敵の襲来に、アキレウスは見た事のない料理を食すようにレンズを光らせた。
百足型は長い体をしならせ、弾幕を作り上げる。
『……紙屋様。以前、宣言した通り、時間稼ぎは十分が限界ですわよ』




