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キカイな物語  作者: クンスト
7章 火星の後継者
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9-2 百年目の墓参り

「ナイナーか。任務を忘れて遊び惚けているお前に、我を非難できるとは思えぬな」

「ちょっ――“義父こそ我々の最大の目的を忘れておられる”――とっ!」

「忘れてはおらぬよ。だからこうして原住民と会話を交わし、遺跡の調査許可を取ろうとしておるのだ。まるで人間だった頃のように理性的な行動であろう? 不誠実なのは我ではなく、秘密を明かさぬ原住民の方である」

「この声、ナイナーなのか。びっ――“火星人類には不思議がありましょう。作為的にも、過去の地球人類と似た人間がいるのも確かです。義父もシンパシーを感じているのではないですか”――くりするだろう?!」

 録音した己の声を聞いているような。喜色悪い違和感に金属フレームが震える。

 俺を尊重してこれまで何もしなかった魔族のナイナーが、初めて体の所有権を侵害している。ナイナーはゼノンを説得してくれるつもりだ。

 助かるのは確かであるが、突然は心臓に悪い。己の口が勝手に動くようなものなので、心底驚いた。

 ゼノンは円卓の左から右へと視線を流していく。俺、鷹矢、隊長と眺めて視線を止めたようには見えなかったが、ゼノンはうなずいていた。

「なるほど。が、それがどうしたというのだ」

「――“その通りなのです。我々にとって火星の秘密など関係ないのです。腹の探り合いなどお止めください。ただ、火星人類が我々と類似しているのを認めてくださるのであれば、我々は真摯しんしであればよいのです”――」

「我は貴族として万の魔族を率いている。大義が必要なのだ」

「――“建前の話はしておりません! 感情の話をしています”――」

 ナイナーは声に力を込める。

 義父であり、魔族としても目上であるはずのゼノンが相手だというのに、ナイナーは一切動じていない。

 言葉には説得性がないというのに、ナイナーは絶対の自信を持っている。似た者同士だから、俺にはナイナーの確信が分かるのだ。

 魔族から見た火星人類は、怨敵のアルヴによく似た生物なのだという。疑惑の生物が秘密を隠しているとなれば、暴こうとするのは当然である。

 ゼノンの正当性を感情論で崩せるとは思えない。

 だが、ナイナーはうったえ続けた。


「――“瑞穂みずほとむらいたくはないのですか!”――」

  

 どうにも、俺達の幼馴染はトランキライザーで困る。ナイナーだけではなく、ゼノンまでもが瑞穂目的で惑星間航行していた、とは反応が難しい。

 当たり前と言えば当たり前。ナイナーはゼノンの命令で火星調査にやって来たのだ。ナイナーの目的が瑞穂の墓参りなのならば、ゼノンだって墓参りが目的となる。

 存命の娘の名前が話題に上がり、隣にいる隊長がアイコンタクトで説明を求めてくる。が、俺も魔族の瑞穂人気を説明できないので黙っておいた。

「……まったく、いつまで経っても、親は子に弱いものだな」

 地位に見合った尊大さを有していたゼノンが、白い手袋をはめた指で目頭を抑える。少しだけ赤くなった目をまぶたで蓋をして空を見上げている。

 鼻をすすったゼノンは、対話相手である鷹矢に対してこうべれた。

「元人間たる魔族の我々にとって、火星の植民者は二度と会えなかった同朋どうほうなのだ」

 ナイナーの言葉通りに従い、ゼノンは感情だけを鷹矢に告げていく。

「鷹矢殿、教えてほしい。遺跡に眠る者は、地球からの植民者で間違いないのか?」

「王族として誓う。遺跡に眠る者は、人間だ」

「ならば、火星人類は滅びた地球人類の類縁となる。ルナティッカーの亜種であろうと、もう関係がない。これより魔族は火星人類を人間と認めよう。今ここに、和平は締結された」

 ゼノンは火星人類の疑惑を不問のまま、和平を宣言した。伯爵位の貴族に逆らえる魔族は惑星上に存在しないため、今後は俺のように魔族に襲われて故郷を失う者はいなくなるだろう。

「悲惨な目にあっていると知っていながら、我々は助ける事ができなかった。補給物資さえ送る事ができなかった。餓えただろうに、苦しんだだろうに、怖かっただろうに、見捨てられたと泣いただろうに。せめて、墓の前で謝りたい。……それが我の本心だ」

「……すまぬ。和平の見返りとしての遺跡調査は、認められない」

「和平の見返りではない。君達、火星人類の善意を信じたいだけだ。墓を参らせて欲しい」

 断られれば、無念だが仕方がない。魔族はこのまま惑星から去り、もう二度と現れる事はない。こうゼノンは追加で宣誓した。

 対する鷹矢の答えは――、


「遺跡は、惑星にとって聖域なのだ。内部に安置される棺の解放はできぬ。近寄る事も禁ずる。声を掛けるのも駄目だ。それでも……少人数が遠くから静かに黙祷もくとうするだけならば問題あるまい。これが、限界である」

「ああっ、感謝しよう」


 ――ゼノンを納得させ、涙させるに十分だった。




 鷹矢とゼノンは最後に握手を交わし、和平交渉は完了する。

 第二王子ごときが勝手に外交を進めてしまった。ドームに帰還してからが大変だと鷹矢は偏頭痛に悩まされていたが、約束は必ず守ると笑ってみせた。

 ようやく、惑星情勢を好転させる一歩を踏み出せたような気がする。これまで、魔族も火星人類も、互いを知性や感情を共有し合える生物だという認識が皆無だった。これほどに話がスムーズに進むと、もっと早くどうにかできなかったのか、という恨み節すら思い付かない。

 ただただ、ほっとしてしまう。

 魔族の群に囲まれた状態だというのに、心も体も弛緩しかんしてしまっていた。


『――やっと繋がりましたわ! 皆様、内縁軍の通信を傍受しました。アルヴが、動きました』


 だからなのだろう。不意打ちに、悪い知らせがもたらされた。

 別行動を取っていたはずのルカから通信が入る。直進する電波は地平線を越える事はできないため、視認可能な距離に近づいているはずだ。

『紙屋君ッ! 遺跡のあるドームが強襲されているってッ』

「月野まで来たのか。何が起きた!」

 事態急変を知らせるために現れた月野達も慌てている。丘を駆け上がって来たトレーラーが横滑りしながら停車して、立ち上る砂煙の中から機密スーツを着た月野が現れた。

『アルヴがッ、ドームを襲っている!!』

 奈国の上層部は落ち延びたアルヴを受け入れていた。そのアルヴ部隊が突如、遺跡のあるドームへと襲撃を仕掛けたという。確かに慌てるべき事件だ。

 ドーム守備隊である内縁軍は既に壊滅状態。戦線は広がり、ドーム内にまで浸食してしまっているらしい。

「なんて奴等だ。奈国に助けてもらっておいて、薄情な」

 奈国上層部は外縁軍の派遣を決定し、召集された部隊が逐次投入されている。アルヴの絶対数は少ないが、外縁軍は苦戦しているとの事であった。

 外縁軍が苦戦しているということはつまり、俺が苦手とする二人はまだ戦場に到着していないのだろう。

「外縁軍を投入……? 親衛隊ではないのか??」

 ふと、鷹矢は外縁軍の投入に疑問を持ち、ルカに問い掛ける。

 間違いなく外縁軍であるとルカは答えたため、鷹矢は低くうなった。

「アルヴも遺跡にこだわっていた。火星人類のルーツによっては、地球と同じようにドーム世界を滅ぼすつもりである。弱腰の議員等が抜本的な解決策を求めるならば……遺跡の破壊命令しかなかろう」

 王族の意思ではなく、政府の独断で外縁軍が動いていると鷹矢は断じる。アルヴの討伐だけではなく、遺跡の破壊も命じられているはずだとも付け加えた。

 何もかもが早計だと、鷹矢は拳を円卓に叩き付ける。

「腹が立つ程に愚かしいッ!! 遺跡の破壊はッ、ドーム世界の破壊と同意であるぞ!」

 せっかく魔族と話がまとまったというのに、努力をふいにされた鷹矢の怒りは最もだろう。

 ……なにせ、遺跡にある植民者の墓参りが目的であるゼノンが、この報告を黙って見過ごすはずがないからである。

「鷹矢殿。すまないが、我々は独自に動かせてもらおうか。我はもう……あの子を見捨るつもりはない」

 大気圏に単身突入した魔族等は、惑星の広範囲に散らばっている。ゼノンが召集を掛けているが、徒歩移動の魔族の機動力は低い。総戦力の三分の一程度しか集合できていない状態だ。

 だが、ゼノンは遺跡への進軍を即断した。手勢のみで遺跡へと移動を開始してしまう。人間の擬態を解いて巨体となる。黒い軍団の先頭で、千体の魔族を率いた。

 そして、ゼノンが動くのであれば、傍にいる俺達も動かざるをえない。

 魔族の狙いはアルヴだけなのだが、外縁軍はその事実を知らないため、無意味な交戦が行われてしまう。そうならないために、俺達も魔族に随伴するしかない。

 まぁ、俺達が随伴しただけで戦闘が回避されるなんて夢物語なのだろうが。

「紙屋なる石鎧。闘兎ファビットの戦士。我が信愛なる親衛隊よ。救国のために立ち上がった兵士よ。無理難題をこれから命じるが、断らないで欲しい」

 鷹矢は円卓から立ち上がる。

 集まった俺達の顔を一人ずつ確認していき、全員の表情を覚え込む。と、息を吸い込んでから恥ずかし気もなく言い放った。


「なに、実に単純明快な命令である。――世界を救え」


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