9-1 遺跡を巡る交渉
自転する惑星に降下して、奈国内に降りられたのは運が良かった。
出発地点であるロケット遺跡からだいぶ離れた砂漠に着陸してしまったが、トレーラー本隊との合流地点には近く、やはり運が良かった。
以前、月野が俺を着ている時に遭難してしまった苦い記憶がある。今回は早々に仲間部隊と合流できて、安心する。空気要らずでドーム外を活動できる闘兎試験評価中隊の先輩達にピックアップしてもらい、俺と月野は本隊と合流した。
「見事、役目を果たしたな、紙屋なる石鎧。角まで生やして、厳しくなったものだ」
「お陰様です、鷹矢様。無事に戻ってまいりました」
たった数時間の宇宙旅行で、随分と状況は変わったものである。
月野をアルヴから救出する作戦は成功し、ロケット遺跡から帰って来た鷹矢王子と再会できた。できる範囲の事は、完璧にこなせていると言える。
「月野、無事で何よりです」
「ルカっ! また、こうして会えるなんて」
だが、惑星を取り巻く状況が好転したかと言えば、否であろう。アルヴの派遣艦隊は壊滅したが、今度は魔族が現れた。
今後、現有戦力で魔族をどうにかできたとして、次は何が惑星にやって来るというのか。派遣艦隊からの通信が途絶えたアルヴが、更に艦隊を派遣する可能性は高い。アルヴが増えれば、魔族も増員される。増えるばかりで減る気配がない。エンドレスゲームの始まりだ。
一億キロ離れた辺境だからという理由で見逃されるのは、そろそろ限界なのだろう。アルヴの本星たる月も、魔族の本星たる地球も、太陽系に浮かんでいる限り脅威であり続ける。
再会を喜ぶ俺達であるが、まだ立ち止まってはいられなかった。
「鷹矢様。提案がございます」
終着地点が見えないが、嫌な事から視線を外していては始まらない。
「気配で分かるのですが、魔族が奈国内部に集結しています。彼等とまず交渉しませんか。元々、そのつもりでしたし」
臭気を探るように、魔的な気配の濃度から方角と距離が把握できる。
惑星へ降下した魔族が、奈国の国境内に集まっている。数は多くても五百体。奈国首都への進攻を目論んでいると予想される。
俺は鷹矢に、伯爵級魔族がいると思しき地点を示した。
伯爵級魔族へと至る道で、数体の魔族を見かけた。トレーラーへと接近し、並走する騎兵級も見受けられたが、攻撃はして来なかった。どうも、俺達は歓迎されているらしい。
それにしても騎兵級で偵察とは、これまで戦ってきた魔族と比べて随分と洗練された行動である。すべてを一箇所に固まっているのではなく、円形に防御線を複数重ねてもいる。
これから会談予定の伯爵給魔族、ゼノンの指揮能力の高さが覗える集団行動だ。
高い空を暗雲が流れているのは、俺達の不安の表れか。
緩やかな丘の上へと続く魔族の陣地を、トレーラー一台が無言でひた走る。
話し合いが決裂すれば、敵陣の中に孤立する事になるので搭乗員は厳選されている。非戦闘員である月野や負傷兵は別のトレーラーに残ってもらい、ルカに護衛を頼んだ。
このトレーラーに乗り込んでいる唯一の非戦闘員は、鷹矢のみである。ゼノンは貴族なので、王子の鷹矢が出向くのは仕方がない。
鷹矢を守るために親衛隊の選抜と、石鎧と同化している俺や隊長がいる。が、魔族の錬度が想像以上に高いので、逃走時の強行突破は難しいかもしれない。交渉決裂だけはして欲しくない。
「そろそろ、到着であるか。紙屋なる石鎧」
「見えてきました。壁級の背後に、伯爵級魔族はいます」
山というには小さい、広く緩やかな傾斜を持つ丘が見えてきた。
巨大な壁級八体が等間隔に並んで円陣を組んでおり、丘は一種の要塞と化している。俺達が交渉しようとしているゼノンは、丘の頭頂部であぐらを組んでいた。貴族級らしく、巨大な体を有しているので遠くからでも確認できる。
トレーラーの進行方向で騎兵級が二列になって並んでいる。片手のランスを空へと向けているが、そこから入れという事なのだろう。
下級魔族は丘の上にはいなかった。俺達はゼノン一体と対面する。惑星で最も強大な魔族にボディガードは不要といった態度だ。
俺が知っている最も巨大な魔族であるルイズよりも、ゼノンは一回り大きい。伯爵の顔を見上げるのは十階建てのビルを見上げるのと同じで、四本の腕を組んでゼノンは俺達の到着を待っていた。
“――我が義息子よ。放蕩ばかりではなく、役目を果たしたようで何よりだ。なにより、久しぶりに顔を見れて嬉しいぞ”
ドライアイスが蒸発するように、ゼノンの巨体が黒い霞となって薄くなる。
霞は巨体の足元付近に堆積していき、人間の形と成っていく。いつか見た、顎鬚を生やした五十代近くの男性にゼノンは擬態した。
貴族らしい燕尾の装いで、ゼノンは俺達を出迎える。
トレーラーからまず俺が下りて、ゼノンに顔を見せて挨拶する。ひとまず安全が確認されたところで、鷹矢も姿を現した。
「ようこそ、我が名はゼノン。旧東ユーラシアの盟主をしておる」
「余は奈国第二王子、鷹矢である。母星地球よりの来訪、もてなす準備ができておらず申し訳ない」
「土足で踏み入っているのは我等である、無理もなかろう。それに、この会合は非公式なものだ。堅苦しいのは抜きにして、本題に入ろうではないか」
ゼノンが指を鳴らすと、黒い円卓が地面から生えてくる。
まず、ゼノンが着席するのを待って、鷹矢も椅子に座った。俺と隊長は護衛なので座らないで、鷹矢の背後に控える。
「我等魔族が元人間であり、ルナティッカーと敵対している」
「そう聞いているな。アルヴは魔族が人間ではなく、人間と妄想している憐れな突然変異生物と言っておったが」
「人間が大量破壊兵器で焼かれただけで物理法則を超越してしまうのが許せぬのであろう。野生化した生物兵器の限界だ。実在する魔族を受け入れられない、ルナティッカーこそが憐れで仕方がない」
種族の差はあるが、二人は対等な立場で会話をスタートさせた。特別な力を持たない人間なのに、鷹矢の度胸は大したものである。
「率直に言おう。我等魔族は和平を望んでおるが、火星人類が地球人類の末裔である事が前提だ。しかし、魔族は科学的技術をルナティッカーに破壊し尽くされているゆえ、DNA鑑定などといった技術を使えない。よって、遺跡にあるという火星植民者の墓の調査を要求する。埋葬されている植民者が我の知る人間の姿形をしていれば、子孫であるお前達を人間と認めてやろう」
「先祖の墓を暴けという要求であるか。実に罰当たりだ。断固拒否しよう」
「子供が親を守るような態度だな」
「殖民第一世代は、ドームの民にとって親も同然。当たり前の拒否感だ」
ゼノンは以前語った通り、和平交渉の前提として遺跡調査を要求してくる。
二級市民の感覚では意外なのだが、鷹矢はゼノンの要求を突っぱねた。
「絶対に認められない。あの遺跡だけは、何人も踏み込むべきではないのだ」
鷹矢は低い声質で、強く拒絶し続けている。月野を救うためにロケットのある遺跡を教えてくれたのは鷹矢なのに、今回は譲歩さえしようとしない。
「鷹矢王子よ。感情論だけで和平を拒絶するのは、あまりにも幼稚。思わず、火星人類がルナティッカー共の傍系であると勘繰りたくなるではないか」
そして、鷹矢が頑なであるように、ゼノンも遺跡に拘り続ける。
「ふむ、これでも我等は現地住民を尊重しているつもりなのだが。このまま話が平行線のまま進まぬのであれば、紳士的な態度を改めなければならん」
「結局は戦力頼みか、他愛無い。奈国が脅しに屈服するかは、試されるのがよかろう」
このままでは、奈国は墓の死者を守るために滅びてしまう。実に本末転倒で、困った時に頼りなる鷹矢らしくない。
それとも、遺跡には奈国が滅びても守り通さなければならない程に重要な物が隠されているのか。遺跡という場所にそぐわないロケットが隠されていたぐらいなので、他に驚きの遺産があっても不思議ではない。
もしかすると、ゼノンの真の狙いは、未知の殖民第一世代の遺産にあるのか。だから、不毛な惑星の砂っぽい遺跡に固執している。魔族のゼノンが惑星人類のルーツを気にする、という状況よりはしっくりくる。
表面的な目的の裏では、何かを巡る攻防戦が繰り広げられている。
……その何かについては、さっぱり想像できない。魔族が実存するぐらいなので、神器のようなものでもあるのだろうか。
ん、遺跡の墓といえば、ナイナーからも別途希望を聞いている。
ナイナーは生き別れた幼馴染である瑞穂の墓参りをさせて欲しいと俺に懇願した。ナイナーの瑞穂は火星の植民第一世代であり、惑星間航行船で旅立つ瑞穂を見送ってからもう百年が過ぎている。第一世代は寿命的に全員他界しているため、もうナイナーは瑞穂と話すのは叶わない。
せめて、墓を参る事で再会したいというのがナイナーの願いだ。
胸が万力で締め付けられる苦しみを伴う懇願だった。俺とナイナーが似ているからではないが、酷く共感できる願いである。
第一世代の墓というと、目前の交渉の主題。不用意に口を挟める雰囲気ではないのは分かるが、ナイナーの願いは叶えたい。
後で、鷹矢にナイナー一人だけでも参拝できないか聞いてみるか。
「――“義父ゼノン、若者で戯れるのはこれぐらいで。ルナティッカーも遺跡狙いであるのでお急ぎを”――あれっ?」
俺のスピーカーから俺の声が流れたが、俺じゃないよ。




