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キカイな物語  作者: クンスト
6章 すべてはともかく遺跡に収束する
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8-10 アルヴの大敗

『のこのこ現れやがって。魔族が惑星間航行なんて、生意気なんだよッ』

 旗艦アルテミスの丸みを帯びた船外へとエレベーターを伝い、アルヴの保安部隊が出撃する。艦の斥力場は魔族に取り付かれた時点で意味をなさないため、石鎧にて直接戦闘が必要となったのだ。

 傷一つなかった船体は、魔族やデブリで傷と穴だらけだ。真夜中、誘蛾灯へと誘われる毒虫のように、魔族は数を増やしている。

 白いアンテロープは黒い魔族に悪態を付きながら、レーザー砲門にエネルギーを集中させていく。ちまちま一体ずつ相手にしていられないので、最大出力で一掃するつもりだ。

『どうして魔族が現れた。奴等は核機雷で火星の公転軌道から放逐したはずだろ!』

『知るか! 火星に到着してから誤算ばかりだ。たく、口を動かす前に狙い撃て。どうせ、数だけだ!』

 うごめ人形ひとがたの群れは三千近い。

 対する保安部隊は百からニ百。艦の三分の一を失って出撃できた即応部隊としては、多いのかは分からない。

 アルヴは数の劣勢を強いられているが、対魔族戦では珍しくもない。魔族の中核戦力はゾンビのように歩み寄ってくる無能な市民シビリアン級だ。アンテロープの市民級に対するキルレシオは一対百を超える。

 斥力場で進攻を食い止めて、レーザーでぎ払えば済む。簡単な仕事である。

『全機、チャージ完了』

 無能な市民級は暢気のんきに突っ立っていた。やはり無能だ。

『レーザー照準、撃てッ!』

 アンテロープの左肩部の砲門から可視領域外の熱線が放たれて、まずは射線上に立つ一匹の無能を溶かし――。


“――鎧デ防御。おとり部隊、損失ゼロ。訓練通リ、訓練通リ……”


 市民級は溶けなかった。

 のっぺらした顔に焦りの色はない。両腕を顔の前でクロスしてレーザー光を防ぎつつ、冷静沈着に仲間と念話する。

 腕を盾にしても、レーザー攻撃を市民級が防ぐのは不可能である。が、ウォール級からぎ取った甲殻の鎧を着込んでいるのであれば話はまったく異なる。

 今までない、魔族らしからぬ工夫。

 地球を滅ぼしたアルヴに対する恨みが先行し、生産的活動を行えないはずの魔族が、鎧を製造し、運用する。異常事態だろう。

 ……いや、鎧もそうであるが、長耳の仇敵を目撃した市民級が激昂状態となって突撃しない事自体が、そもそも異常だ。アンテロープの射線上へと意図的に入り込み、囮となる賢さは本来の市民級には存在しない。

“死角カラ、攻撃。訓練通リ、訓練通リ。静カニ攻撃……成功シテモ、隙ヲ見セナイ”

 激昂状態は防御力が向上するが、オレンジ色の斑文はんもんが浮かんで酷く目立つ。

 だから、斥力場を迂回うかいしてアンテロープに拳を突き刺すまで隠密を続け、奇襲を成功させた市民級もかなり異常であった。

『一番機どうし……生体反応消失!?』

『がァッ、助けて、助け?!』

『ああああっ、来るなッ!』

 オレンジ色の腕が、アンテロープの背中から胴へと貫通している。

 レーザー射撃をするため、平行に展開していた保安部隊は次々と背後から不意討ちを食らい、簡単に壊滅した。

 生き残ったアンテロープも数機いるが、彼等は運が良かった訳ではない。精神を乗っ取る僧侶プリースト級の生贄として残されていたのだ、斥力場を斥力場で打ち消すための道具にされて、同士討ちする未来が待っている。

 同じ悲劇が、アルヴ艦隊の全域で発生していた。アンテロープの配備数が少ない巡洋艦は既に占拠されたものが存在し、鹵獲ろかくを恐れた味方からレーザー射撃で処分されている。


“なに、簡単な軍事教練だ。戦い方を知らない脆弱な市民に、戦闘というものを教え込んだ。いわば、今の彼等は市民級ではなく、兵士ソルジャー級と呼称すべきだろう”


 巨体の魔族、伯爵級ゼノンは太陽の逆光の中、眷属の善戦を満足気に見下ろしていた。ゼノンは自ら動かず、魔族の部隊を手足のように扱ってアルヴを掃討する。

 多数を操る指揮能力は見事だが、爵位権限を用いて暴れれば、魔族の優位はもっと確かなものとなるだろう。

 けれども、ゼノンは力を使わない。

 ……魔族に追い込まれたアルヴの最終手段を、ゼノンは知っているからだ。

“核弾頭は奪取できぬか。艦橋の制圧を優先するべきであったな”

 ネネイレを含むアルヴの上位序列者は守りに不向きな艦橋から、艦中央のCICへと移動している。ゼノンが向かわせたビースト級の特殊部隊の襲撃は一歩遅かった。

 序列一位のネネイレは、苦渋の表情で決断するだろう。

 既に火星派遣艦隊は死に体である。旗艦は三分の一を失う損傷により、高度が下がっている。火星の大気圏に捕まるのは時間の問題だ。

 他の生き残りの巡洋艦に艦隊指揮の任を譲渡しようにも、マカロニ型の船は既に魔族が平らげている。宇宙から降り注ぐ魔族の群に対して、各艦に配備していたアンテロープが少な過ぎた。

 最後の巡洋艦も陥落し、船体が黒く染まっていく。魔族に船ごと奪われた証拠だ。

 頼みの切り札、ヴォルペンティガーは、このような敗戦濃厚の戦に投じる切り札ではない。高性能機の戦闘能力を魔族に知られて負けるぐらいなら、最初から惨敗した方がマシである。

 最早、火星の衛星軌道上にアルヴの勝利は浮かんでいない。

 この段階でアルヴが考える最終手段は、自爆だ。可能な限りの魔族を巻き込んで、敗北の汚名を返上する。試験管で受精し、培養カプセルで育成されるアルヴは個に対して愛着が薄く、生物として完成している分、人間としては終わっていた。

 だから、火星のアルヴは終わろうとしている。

 火星地表へと照準していた核ミサイルを遠隔操作し、発射台から撃ち出さないまま弾頭内で爆縮が開始された。

 一度決行された自爆は、もう誰にも止められない。


“――爵位権限『歩く偏屈ゼノン』発動。対象は、爆縮レンズだ”


 核爆発は……起きなかった。

 弾頭は冷たく硬直し、核爆発は不発に終わっていた。

 不具合や整備不良というつまらない理由ではない。アルヴが命をしんだ訳でもない。外的要因により、核爆発は食い止められている。

“『歩く偏屈』は、我が歩いている間、動体は停止し続けるというシンプルな権限だ。ただし、効果の指定範囲を限定しなければ、我が眷属の生命活動さえも停止させてしまう危険な権限でもある。最悪、火星の公転さえも止めかねぬ故、対象は小さくあるべきだ。……例えば、爆縮レンズの燃焼、原子分裂が妥当であろう”

 球体の船体の上を、ゼノンは船を踏み抜いた足首を抜いて、また踏み抜いて、ゆっくりと歩いている。

 ゼノンの脚部には、魔法陣に精密な斑文はんもんが浮かび上がっている。

“火星への道中、試す機会が多かったのが幸いしたものだ。慣れるのに手間取り、核機雷を突破できたのは結局一基のみとなってしまったが……十分過ぎたようだ”

 自爆を爵位権限で止められたアルヴに、もう打つ手はない。

 船外は完全に、船内も魔族で掌握されつつある。保安部のアンテロープの損耗率は七割を越えて、火星派遣艦隊は戦闘集団として全滅した。

 屈辱の中、CICのネネイレは全艦に対して撤退を通達する。船を捨て、航空機で火星への脱出を指示したのだ。

 残存部隊の集合場所として指定されたのは、奈国の首都である。

 つい数分前まで核弾道で報復しようとしていたはずだが、その事実はアルヴしか認識していない。だから、厚顔にも外交交渉中の奈国を頼るつもりだ。

 当然、憎いアルヴを逃しはしないと魔族は追撃するが……最終的に、三千の船員と二百機の機動兵器が火星へと逃れた。

 戦力が激減したアルヴであるが、序列一位のネネイレも生き残り部隊に含まれている。ネネイレの交戦意欲は失われていない。奈国首都にて、魔族に対して抵抗を続けるだろう。

 敵のいなくなったアルウ艦隊から、魔族も順次撤収していく。

 伯爵級魔族ゼノンに率いられた眷属一万は、単独で火星へと大気圏突入した。オレンジ色に肌を輝かせた魔族は、大気摩擦に耐えている。

“よかろう。寄り道ついでだ。火星の土地にバラ撒けば、ルナティッカーといえど養分として役に立つだろうて。……あの子は、何故だかキャベツ畑を見せたがっていたからな”

 魔族も、火星降下後は奈国を目指すだろう。アルヴを追撃する義務もあるが、ゼノンは奈国の首都にある遺跡を目指しているからである。

 衛星軌道上での戦いは終わったが、次なる戦いの日は近い。



 ……こうして、艦隊からは誰一人いなくなる。

 表面温度を上げて、大気圏へと落ちていく船の中に残っているのは、つのの生えた石鎧と耳の長い女ぐらいだ。


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