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キカイな物語  作者: クンスト
6章 すべてはともかく遺跡に収束する
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8-9 その新しい体、角付きにつき

 爆発的な振動が何度も船体を揺らした。

 地殻の底から火山が顔を出したかのような縦揺れだ。お陰で、バラバラ殺人状態の俺の部品が床に散らばりまくる。

「ああっ。紙屋君が……死んだ? 広がるのは、駄目だって……」

 呆然としながらも、月野は反射的に俺を集めようとしてくれる。ノロノロとした動作なので成果が上がっているとは言い難い。ただ、月野の精神が正常でも、浮遊する体では限界があっただろう。

 人工重力がある区画だったはずだが、機能が停止しつつある。振動で緊急停止したのか装置が壊れたのかは分からない。

 腕や脚が宙に浮かび、三次元的に拡散していく。液体コンピューターは丸いしずくとなって、幻想的かもしれない。

「せっかく、来てくれたのに。宇宙で……死ぬなんて」

 そうだ、ここは宇宙なのだ。

 惑星上でもそうそうない大地震であるが、真空宇宙で発生するはずがない。それなのに巨大な揺れが発生したとなれば、アルヴにとっても想定外の問題が発生したのだろう。

 天文的な運の悪さで、船と隕石が衝突でもしたのだろうか。


“――くくっ。く、ははっ! ああっ! ついに、我等は火星に到着した”


 なるほど、隕石よりも凶悪な種族と衝突したのか。初老の男の笑い声が脳内に響いて、事態を大体把握してしまう。

 ついに、火星圏へと伯爵級魔族が尊来したらしい。待ちに待った、とは言い難い相手であるが、タイミングは悪くなかったと言える。船体振動のお陰で、俺はまだとどめを刺されていない。

 照明が落ちて、目に悪そうな非常灯の赤い光が室内を照らす。

「月……野ッ。放心……し、ないで、後ろ」

 壊れた外部スピーカーで月野に危機を知らせる。月野の背後にあった角付き賢兎ワイズ・ラビットが倒れかけていたのだ。無重力でも生身に当たれば痛いだろう。

「ひぃ、紙屋君の生首が喋った!?」

 月野は俺の頭部抱え込んで泣いていたが、今の俺は石鎧である。部位に分かれた程度で死んでいられない。

「まだ、死んでな……そのワイ、ズ。使える、か」

 直立ハンガーの固定ボルトが外れて、角付き賢兎が放り出された。慌てて避けた月野の脇を抜けて、天井の方へとただよい始める。

「借りて……良いか?」

鬼兎ジャッケロープを? こんなの駄作だから良いけど……」

 かつて、魔族のナイナーは重体の俺と同化する事で命を救った。魔族と人間の種族差は大きかったが、精神的には似た者同士だったから可能な荒業であった。

 二年前、魔族のルイズとの戦いで死に掛けた俺は石鎧と同化した。瀕死の体でも生存するための究極の自衛行動だったのかもしれない。

 そして、今は機能停止寸前の俺の前には、新品同然の石鎧が浮かんでいる。

 同化しない理由がない。

「ナイナー……どう、権限を応用、すれば?」

 爵位権限はナイナーの借り物なので、使用方法を本人にたずねる。

 ……回答は、あり。



 新品の船がありました。新品なので、当然ながらぴかぴかです。

 ですが、航海を続ける内に木が腐り、穴が開きました。新しい板を貼り付けて釘を打ち、修理します。

 大きな岩とぶつかって座礁しました。新しい板で修理します。

 嵐でマストが折れました。新しい板で修理します。

 新品だった船は、経年により半分以上が新しい材木に変わってしまいました。ですが、半分は元の船なので同一物と見なせるでしょう。

 次の年には、また壊れて修理して、とうとう生来の部分は四分の一となりました。ですが、まだ元の船と見なせるでしょう。

 更に翌年、破壊と修理により、元の体は八分の一へ……。

 更に翌年、破壊と修理により、元の体は一六分の一へ…………。

 更に翌年――。


 あれ、元の体が分からなくなってきたぞ。もう残っていない可能性もある。

 けれども、修理したからといって自己が失われるはずがない。これが誤りならば、食事を取って細胞分裂を続ける人間は、一年前と今日で別人という事になってしまう。

 だから、どんなに入れ変わっても、俺は俺だ。



「紙屋君、オレンジ色に光っている。目立っているから!」

 俺を破壊したヴォルペンティンガーは同じ室内にいる。爵位権限の発動を示すオレンジ色は酷く目に付くが、非常灯が赤いお陰で少しは軽減されている。


“伯爵級魔族ゼノンが許す。今日は無礼講だ。皆殺しにしてしまえ”

『どういう事だよッ! 何で今、魔族が来るんだよッ』


 何より、ヴォルペンティンガーの装着者は外の状況に夢中なようで、まだ気付いていない。

 好機を見逃さず、俺は爵位権限を発動させた。


「『テセウスの船』……発動」


 無重力を漂う俺の部品がオレンジ色に発光する。

 壊れた腕や砕けた装甲片、液体コンピューターさえも、磁石に引かれる砂鉄のように天井付近に集められていく。

 中心にあるのは、角付き賢兎だ。灰色の三対の瞳には生気が一切含まれていなかったが、月野の腕に抱えられた俺と視線が交差した瞬間、魂が注入されていった。

『お前ッ!? 何をしているッ!』

 ヴォルペンティンガーから怒号が発せられる。流石に気付かれてしまったらしく、肩の発射口から銀杭が多数発射されてしまう。

 オレンジ色の輝きは、最終段階だが消えていない。

 意識とAIが同化して、ようやく指一本動かせるかどうかの大事な初動。その大きな隙を敵が見逃すはずなく、刃の根を生やす特殊弾頭が新しい俺を無慈悲に突き刺す。


「紙屋君ッ! 鬼の角を使ってッ!!」


 月野の示した単語をそのままAI経由で命じる。

 何の機能か分からないまま、賢兎のAIとは別系統のシステムが処理を実行した。額が熱くなり、突き出る角が赤く熱を帯びる。

 次の瞬間に俺を突くはずだった銀杭は、緊急展開した見えない壁に弾き飛ばされた。

 頭に熱っぽさを感じるが、体はオールグリーン。

 俺は無事に、新しい賢兎との同化を達成する。

『月の種族以外が、斥力場を使うなんて生意気するなッ』

「お前に用はない。……吹き飛べ!!」

 すべての銀杭を発射しようとヴォルペンティンガーはえていたが、銀杭はもともと対魔族専用の武器だ。斥力場を有する機動兵器に対しては石飛礫いしつぶて未満の武器でしかない。

 ただし、死角を突かれたり月野が襲われたりする未来が予想されたので、ヴォルペンティンガーが動くよりも先に角を振る。

 膨張した斥力場がヴォルペンティンガーへと襲い掛かる。

 敵も斥力場を有していたが、力押しで打ち負かした。俺の角は出力調整が杜撰ずさんなようで、電力消費が激しい代わりに瞬発力が高かった。

 斥力場を粉砕した事を示す、甲高い音が響く。慣性移動でヴォルペンティンガーは出口から通路へと消え去っていく。

「同化で余った物だ。土産にやろう」

 地球から持参していたレンガ状爆薬をアンダースローで投げ付けてやる。信管はもちろん刺さっており、銅線が伸びきったところで通電して爆発させた。

 出口を斥力場でふたしたので、衝撃波は室内に届かない。一方で、斥力場を砕かれたヴォルペンティンガーは、一溜まりもなかっただろう。

「戦闘に情けはないな」

 執念深い敵を倒せたが、名前も知らない敵だったので感慨はなかった。



「……月野、床に倒れてどうしたんだ?」

「斥力場で飛んで、鼻を打ったっ!」

「このワイズが使い辛いからだ。システムが二系統あって、加減ができない。角を起動させただけで電力消費が三倍になるし」

 鬼の角、という名の斥力場発生装置を制御するのは一苦労だ。OSの中で別のOSが動作している状態であり、個人的には杖を持ってリモコンのボタンを押す感覚に近い。

 角さえなければ、新しい体の調子は良い。同化は完璧に成功したようで、耳の軽快に動かせる。

「船内で戦闘が激化しているな。さて、俺達は逃げようか」

 赤い鼻をした月野に、俺は手を伸ばした。

「ぼくは……」

 月野は……躊躇ちゅうちょした。


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