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キカイな物語  作者: クンスト
6章 すべてはともかく遺跡に収束する
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8-8 御尊来

 船内であろうと構わず投擲される銀杭。天井や壁に数本突き刺さって刃が炸裂し、構造に亀裂が走りまくる。

 船の被害を完全に無視して、逃走する俺を攻撃してくる。

 壁を蹴って、天井を更に蹴る。

 こちらは既に満身創痍だ。地の利も相手にある。起動したヴォルペンティンガーと戦うのは下策なので後ろ向きに前進し、次の区画へと向かっていた。

『どこいくのさ! 僕が殺してあげるのに!』

 ヴォルペンティンガーが銀杭オプションを付けているのが、何より厄介だ。逃げ場のない宇宙船で、小回りの利く追尾兵器と鬼ごっこをしても勝てる見込みがない。

 隊長の爵位権限なら相性は抜群に良かったのに、と弾切れのハンドガンを投げて銀杭を一つ弾き飛ばす。二十分の一本をどうにかできたところでまったく意味はない。

 曲がり角の先が目的地だったので、壁蹴りで直角的にコーナリングする。


「――『右脚電磁筋肉、断絶、耐久限界』――ってこんな時にッ」


 片脚に全体重を乗せて踏み込んだのが不味かった。アキレス腱に該当する電磁筋肉が切れて、パチン、と破裂音を鳴らす。コーナリングは失敗してしまい、ペナルティで銀杭を右半身に六本も穿うがかれてしまう。

 それでも、左手で壁を掴んで体を引く。片腕で平泳ぎしているような格好で通路を慣性で突っ切った。

 鉄扉が、行く手をさえぎる。

 悠長にプラスチック爆薬をねている余裕はないので、最後のブースト・バンクルを発射して扉を吹き飛ばす。

 更に頭から鉄扉に衝突して、そのまま内部へと突入する。



「ひぃっ!? な、何ッ」


 宇宙船にしては贅沢な広い設備だった。船外と接していないので窓がないが、天井が高いので圧迫感は薄い。

 一人のアルヴが可愛らしく悲鳴を上げていた。無重力で飛んでいく鉄扉――ついでに俺――が、彼女の背後をすり抜けて壁に埋まったからだろう。

 壁から抜け出そうとして、右脚が動かなくて苦労する。どうも、この設備には重力が存在するようで、壁から脱出した後、床に転げてしまった。

 下からのアングルでアルヴの姿を確認する。

 長耳を有する……月野ではない。

「また外れか。たく、月野はどこだ?」

「ふへぇ? その耳は初期ロットのワイズだから……まさか、紙屋君??」

「……へ??」

 アルヴは月野と同じ二十歳ぐらいの女で、うなじを隠す程度に黄色い髪を伸ばしている。

 ネネイレも黄色い髪だったので、髪色の類似は重要ではないだろう。可愛らしい顔付きも、アルヴとしては珍しくない。

 どことなく幸薄そうな雰囲気が月野に似ているが、何かが足りず、何かが多い。

 多いのは長耳の体積で間違いないが……なるほど、本体めがねがないから別人に見えるのか。

「まさか、月野なのか?」

「まさか、紙屋君!? お願い、見ないでッ!」

 横に突き出る両耳を手で覆い隠して、膝をたたんでアルヴの女はその場にしゃがみ込む。体積的に、長耳は手中に収まらないので指からはみ出ていたが、それでも必死に隠している。

 どうして、種族の象徴たる横に長い耳を隠すのか。

「見ないでッ。ぼくは、もう、人間じゃない!」

 仮に目前のアルヴが月野だとして、どうして、人間ではない俺に対して耳を隠すのか不思議でならない。

 ふと、彼女の向こう側から視線を感じた。

 一機の石鎧が、光のない三対の目で床上の俺をにらみつけていた。生みの親をいじめていると勘違いして、威嚇いかくしている。

 機体種別は俺と同じく賢兎ワイズ・ラビットのようであるが、余分な部位が備わっている。

 ……兄弟機のひたいからは、銀色のつのえているのだ。

 賢兎の傍にいる黄色い髪の女なら、このアルヴは月野でほぼ確定なのだが、どうして耳が長かったり角が付いていたりするのか。アルヴにアブダクションされると人体実験されるのだろうか。

「俺の軍学校での成績順位は、分かるか?」

「二二一位」

「斎藤ルカの正体は?」

「ファイアーウォール、一人火力支援、爆弾女」

「本当に、月野なのかっ! 良かった、耳以外無事な様子で!」

「そんな質問でぼくって確信しないでよッ! 馬鹿ぁ」

 月野に怒られてしまったので、もう少し色っぽい質問で断定してみる。

「俺の好きな女は?」


「――あの女」


 抽象的な答えであった。が、苦々しい口調から、目前のアルヴが月野であると百パーセント断定できる。

 答えの内容については訂正する必要があるだろう。好きでもない女のためにロケットかついで大気圏と突破する無謀は成し遂げられない。

 ただし、俺を追って室内に侵入してきた銀杭を転げて避けるのが第一優先だ。

『クソッ、避けるな。こんな場所まで逃げ込んで! 面倒だし、その女も火星人なんだから、殺しちゃっても構わないよねッ!』

 銀杭を満載した巨大な肩をがしがし出入り口に接触させながら、ヴォルペンティンガーは姿を現す。

 あまり狙いを定めないで放たれた多数の銀杭は、俺の逃げ道をふさぎつつ、月野も巻き込む軌道に乗っていた。

 助けにやってきたのに、目の前で殺される。そんな結果だけは避けようとして、片脚で無理やり立ち上がる。月野の体を守るために両手を広げる。

 背中に数本まとめて着弾し、腰が砕けて上半身が滑り落ちていく。

 腕が飛び、手が飛び、頭部も飛んだ。

 ズタズタに引き裂かれた部品が散乱し、赤い液体コンピューターが血溜まりを作ってしまう。

 小さく鋭い部品が月野の頬を浅く裂いて、流れ出たのは俺と同じ赤い血だ。

 青くもないし、コールタールのような黒でもない。ヘモグロビンで動く、同じ人類だ。

 ……それにしても、俺は月野の前で壊れてばかりである。月野がいると安心してしまい、つい壊れてしまうのだろう。

 そのたびに、月野を恐怖させてしまうのは申し訳ない。


『積み木みたいに崩れたぐらいで、許されるか! その頭も、斬り刻んでや――なッ!?』


 ヴォルペンティンガーは抜かりなく、頭部破壊の次弾を放とうとしたのだろうが。

 だが、思わぬ振動が、船全体を揺らしてしまい――。




 アルテミナの艦橋に戻ったネネイレは状況を確認し、一息付く。

 火星よりのミサイル攻撃が旗艦に到達した事にも驚かされたが、弾頭の中身が魔族だった事実には火星人類の正気を疑わされた。

 いや、魔族を弾頭に込めて特攻兵器と化すアイディアは、合理的といえば合理的だ。被害者でなければ誉めちぎれただろう。核兵器の使用を躊躇ためらわないアルヴからしても、魔族を生物兵器として使用するやり口は画期的だ。

「艦長。船体のダメージは問題ないか」

「はい、ネネイレ様。既に修理を開始させております。暴走していた艦の斥力場も、今は主導権が戻っており問題ございません」

「船内の被害は?」

「ヴォルペンティンガーのLハンガーが襲われ、残念ながら二十機近くが大破炎上したようです。破壊活動を行った魔族の排除は完了した、と保安部より報告を受けております」

 見下していた火星人類の反撃は、想像よりも痛烈だった。

 この一週間で、派遣艦隊に所属するヴォルペンティンガーの半数を損失してしまっている。人目を避けながら、ネネイレは悔しさで手で握り締めてしまう。


「――艦長。報復である。核弾頭を地表に向けて投下せよ。最初の一発目で火星人類が報復しなければ、以降は所定数を撃ち終えるまですべてを無視してよい。火星人口が月の種族を下回るまで、ドームを破壊し続けろ」


 ネネイレは決断を下した。

 火星人類のどの勢力がミサイル攻撃を加えてきたのか。そんな犯人探しに無駄な時間を使わず、即時報復を全艦に通達する。

 艦隊は作成済みのマニュアルに従い、十キロ級ドームを対象にして核弾頭ミサイルを投下するのみだ。

 被害者数およそ百万規模の報復であるが……火星人類は貧しいながらに数が多い。今後の支配階級たるアルヴとの人口差を埋めるための間引きは必要だったので、今回の報復は都合が良かったとも言える。

 弾頭の準備は整った。

 後は、序列一位たるネネイレの指示を待つの――。


「――えッ!? 魔族??」


「まったく、大事な時であるぞ。……驚愕していないで報告せよ」

 通信士の独り言めいた反応に、ネネイレは役目を果たせと不機嫌に言う。火星から放たれたたった一発のミサイルで同族が浮き足立っている様子が、気に入らないのだ。

 核弾頭の発射を一時取り止めて、ネネイレはどこかとやり取りしている通信士の報告を聞く。


「ネネイレ様……魔族が、船外で暴れております」


 魔族は排除したのではなかったのか、とネネイレは艦橋にいるすべてのアルヴに冷たく言い放つ。

 今回の襲撃において、保安部の対処能力があまりにも未熟であった。

 しかし、保安部だけが未熟なのではなさそうだ。火星に報復した後は、命令伝達を誤る上級船員達の再教育が必要となるだろう。


「ッ!? ネネイレ様、巡洋艦アボットでも、魔族の奇襲がありと報告!」

「アルテミナR区画船外にも、多数の魔族を確認!」


 別の通信士も、他の艦艇や部署から敵襲の報告を受け始めた。落ち着いたように見えていた状況が、一気に加速を開始する。

「待て、どういう事だ。ミサイル攻撃を受けたのは本艦だけであろう。R区画も着弾点から遠く離れ――」

「報告ッ! 巡洋艦ド・ジッターより、斥力場発生装置区画に魔族が侵入し――ド・ジッター通信途絶、爆散!!」

 投影スクリーンの右上で光って爆発する巡洋艦を目撃して、ネネイレは額から汗を流した。

 ネネイレは分かり易い非常事態を見ても、有効な対策を直に思い付けない。何が起きているのか原因を特定できていないから、というのが彼女の言い分だろう。

 つまり、ネネイレも他人を冷たく見下せる程に優秀な指揮官ではなかったという事だ。


「報告ッ! 本艦隊直上より魔族の惑星間航行船が襲来! このコースでは巻き込まれます!!」


 宇宙区間に上も下も存在しないが、アルヴの規定では旗艦を起点として上下左右を便宜的に定めている。

 天井に投影スクリーンが浮かび上がる。と、宇宙背景放射に紛れる黒色の球状物体が、最大望遠で捕捉された。

「回避ィィィッ!!」

 ネネイレが命令するよりも早く、艦長が独断で艦の斥力場を稼働させて回避運動を開始する。

 しかし、宇宙空間においては視認してからの回避は鈍足が過ぎるだろう。ラグビーボールよりも小さかった魔族の惑星間航行船が、またたきしている間に視界全体へと広がってしまう。

 三つの球状ブロックから構成される旗艦アルテミナの最後尾が、黒く巨大な船の特攻に巻き込まれ、デブリを撒き散らしながら宇宙の彼方へ飛んでいった。防御陣形で密集していた巡洋艦の半数も被害に遭う。次々と地表四万キロの空に爆発の花が咲き乱れる。

 船内から燃え上がり、半分に折れ曲がる艦の数々。

 アルヴの派遣艦隊に大打撃を加えた魔族の船も、船体を大きく歪めていた。危険な速度で大気圏へと落ちていくので、無事な着陸は不可能だろう。


“――くくっ。く、ははっ! ああっ! ついに、我等は火星に到着した。念願の赤い星が、なんと美しい。核に汚染された母なる地球が、見劣りするではないか!”


 生き残ったアルヴ艦隊の全船員が、通信機を経由しない男の狂喜を耳にする。

“しかし、残念な事に耳の長い虫が大気圏に巣食っておる。赤い星に黄色い月の兎は栄えぬと我は思う”

 声の発信源らしき黒い巨体が、三分の二しか残っていない旗艦の上へと着地した。特攻した惑星間航行船からあらかじめ降り立っていたのだろう。

 黒色の下地に黄色い模様を浮かべる魔族の肩幅は、百メートルの船体からはみ出してしまっている。質量も相応に有しているようで、足首は船の外装を貫いていた。

 複数本ある腕を広げて、巨体の魔族はうろの目と口で笑みを浮かべる。

“我の精兵なる眷属はどう思う。……そうだ、長旅で体は硬直しておるだろう”

 巨体の魔族に少し遅れて到着した数多の魔族等が、次々と船体表面に張り付いていく。

 アルヴの艦隊は千以上の魔族の襲撃を受けたという事だ。

 無事に船体へと着地できず、そのまま大気圏へと落ちていく魔族も多かった。が、魔族共の士気は異様に高い。

 地球を滅ぼしたルナティッカーを始末できる以上の喜びを、多くの魔族は知らない。


“到着祝いだ、ルナティッカー共を存分にほふろうではないか! 伯爵級魔族ゼノンが許す。今日は無礼講だ。皆殺しにしてしまえ”


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