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キカイな物語  作者: クンスト
プロローグ
9/106

2-4 結・契約活動

 徹夜の寝不足と、百人斬りによる脳機能低下で思い出すのに時間を有したが、月野は昨日の無人機暴走事件を思い出す。


 無人機が暴れた際、月野製の新型石鎧を勝手に動かした青年がいたではないか、と。


 警備部隊の石鎧が到着して無人機をスクラップにした時、青年は既にいなくなっていた。お礼や不満を言う前に逃げられた所為で、現場検証が大変だったから印象的だ。

「もうぼくには彼しかいないけど、彼がいるなら!」

 月野が謎の青年に固執しなければならない理由は、彼の声が若かったからである。

 演習場に隣接している駐車場。

 駐車場に偶然現れた石鎧を装着できる若い男。

 若い男ならば予科生の可能性が高い。こう月野は仮定で仮定を連想していったのだ。黄色い髪を膨らませる月野自身は、かなり信憑性のある仮定だと信じていた。

「直に探さないと!」

 一筋の希望を幻視した月野は、急ぎ足で軍学校の事務所へと向かう。石鎧を装着した謎の青年の手がかりを得るためである。

 しかし、監視カメラの死角で事件は発生しており、学校側もまだ特定できていないとの回答だった。

 この程度の困難で諦める月野ではない。次は駐車場におもむき、月野製作所の中型トラックまで戻る。トラックの後ろに回りこんで扉を開き、荷台へと乗り込んだ。

 トラックの荷台には本日も新型石鎧、兎耳の石鎧、賢兎ワイズ・ラビットを乗せてあった。

 荷台に乗せてあると言っても、コンテナの長方形空間に石鎧を体育座りさせている訳ではない。移動可能な整備施設として機能するように荷台は改造されている。美術館に絵が飾られているかのが如く工具が壁に並び、メンテナンス用のタッチパネル式PCが設置され、格納式のクレーンさえも備わっていた。

 そして、肝心の賢兎は荷台の中央にある手術ベッドのような台座に寝かされている。

 月野は慣れた手付きでPCを起動する。暗い荷台の中で電灯を点灯させる暇を惜しみ、青白い液晶画面の光だけを頼りに、ケーブルを用意して石鎧とPCを接続する。

「パスワード入力っと。管理者メニュー起動」

 石鎧は人間を装甲で覆って密閉する。歩行による振動に振り回されないように、柔らかいクッションのような内壁が装着者の体に密着する。まるで、粘土で人間の鋳型いがたを取るかのように、人間の首から下全体を包み込むのだ。

 この機構を実現している緩衝装置に月野はPCを通してアクセスしていた。

緩衝装置クッションの調節をログに吐き出させて――出た! 身長、一五九センチ。体重、四五・五キログラム」

 緩衝装置の調節は自動的に行われる。そして自動で調節するために、内部の人間の身長や体重、骨格の形など、他人が見るべきではない個人情報の塊を採取している。

 身体データを元にして、専用のソフトウェアが人間工学から導かれる最適な形状に、石鎧の内壁を変化させるのだ。

 悪用されたりしては大変なので、管理者以外は採取した個人情報を参照できないようにはなっている。

 ……まだ開発の終っていない新型には、個人情報の保護機能は搭載されていないのだが。搭載されていたとしても、開発者である月野なら石鎧内で暗号化保存されている情報をデコードする事など造作もない。

「えーと、貰っていた予科生の一覧が確かあるはず」

 月野は前回、新型を着込んだ若者の身体データを取得し終えた。続いて、肩掛けカバンの中に埋まっていたメモリチップを苦労して発掘する。

 メモリチップ内には軍学校からメーカー向けに配布されている資料が保存されており、PC上で確認できる。

 月野はメモリチップをPCに接続して、パスワードを入力。その後に認識されたデバイスの中に、予科生の一覧資料は存在した。

 名前と写真、出身ドーム、それと性別、身長、体重、最後に成績が載っているだけの簡単な資料だ。これでも立派な軍事機密なので紛失したら大事になるだろう。

 月野は予科生一覧に絞込み検索を行い、目的の人物候補を三十人にまで絞り込んだ。


「月野製作所のシンデレラがこの中にいるはず」


 新型を一度着用した青年――シンデレラ――ならば、きっと分かってもらえる。

 根拠のない自信を得た月野は覚悟を決めた表情で、荷台からジャンプして外に飛び出す。

 もう、成績の上から順番に声を掛けていくような、恥も外聞も知らないスカウト活動を月野は行わない。乙女なら一途いちずに、目的のシンデレラのみを探す事に全力を傾ける。

 シンデレラがもう既に別のメーカーとの契約を決めていたら……。その時は大人しく廃業してしまえ、といった半ば投げりな決意である。

 ズレた眼鏡の位置を人差し指で戻して、月野は深呼吸してから予科生捜索を開始した。



 月野はその後、あらかじめ社名を伝えずに予科生をトラックに連れ込む、詐欺紛いな捜索活動を実行する。

 純朴な予科生はオロオロと、疑心暗鬼な予科生は眉をひそめて月野に従ったが、石鎧装着直後に解放されてしまう。予科生達は何に付き合わされたのか理解できていない様子だった。

 月野が求めたのは、シンデレラのみである。

 月野製作所の石鎧だと判明した後も、意外な着心地に好感を覚えた予科生が契約を名乗り出てくれた事がある。しかし、月野は石鎧を通じて得られる個人情報がシンデレラと一致していない事を理由に、すべての申し出を断っていた。

 今更、月野は有象無象と契約する気になれなかったのだ。

 無人機から月野を救おうと動いてくれたシンデレラなら――お世辞にも格好良い方法ではなかったが――、きっと会社も同じように救ってくれるはず。日々の経過で、月野は己の妄想と核心と現実の区別が付かなくなってきていた、のかもしれない。




 シンデレラ捜索から二日経ったが、空振りが続いている。

 新型石鎧の開発だけでなく、装着者の慣らし期間も必要だった。これ以上、シンデレラの捜索活動に時間は掛けられない。今日で発見できないのなら、終ったも同然。

 だというのに、メーカーが勧誘活動可能なタイムリミットぎりぎりの、十七時を越えようとしている。ドームの内壁には夕焼けが投影されている。

 半ば諦めた気持ちのままシンデレラを求める月野は、ふと、立ち止まっている一人の男子予科生を発見する。

 男子予科生が急に振り向いてきたので、月野の心拍が跳ね上がってしまう。

 男子予科生は知らない顔をしていたので、更に心拍数が上昇してしまった。

 きっとこれがラストチャンスだ。

 この、平凡な外見の青年がシンデレラである事を祈りながら、月野は口を開いた。


「あのっ! 少しよろしいですか!」


 月野は追い詰められていたが、運命に見放されていた訳ではなかった。

 声を掛けた男子予科生をトラックに連れ込んで検証した結果、彼の身体データはシンデレラと見事完全一致したのだ。鼻血が垂れ出しそうな程の興奮を覚えながらも、月野は理性的に行動する。

 今日は週末で、明日からは休日であるが、月野にとっては違う。

 山のように積み上がっている仕事を行うためには、まず会社の工場に戻らなければならない。シンデレラを生け捕りにして連れて行った方が、より効率的だ。

 石鎧の関節駆動系を管理者権限で停止させて、石鎧の内部にシンデレラを監禁する事に成功した。そのまま荷台から運転席に移動して、鍵を差し込んでモーターを始動させる。

 駐車場から外に向かう道には検問が数箇所存在した。が、メーカーの人間である月野は、フリーパスを提示すると素通り同然で通り抜けられる。石鎧メーカーなら、荷台に石鎧が入っているのは珍しい事ではない。だから、中身入りであるかまでは、誰も確認しようとしなかった。

 ちなみに、予科生が軍学校の外に出るためには申請が必要である。勝手に敷地外に出ると厳しい厳罰が科せられる。

 しかし、卒業試験が近づき申請数が増加していたため、事務所の職員はすべてを把握できていなかった。

 また、友人の不在を城森英児しろもりえいじなる予科生は気付いていたが、妙な気を利かせたため、偽装工作は完璧だった。


 こうして、月野は男子を一人、自社の工場に持ち帰る事に成功する。


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