8-6 ロケットマンは到達する
西から東へと高速に過ぎ去っていく恐月とねじれの位置で交差する。人間の拳のように凹凸のある衛星が、一瞬、笑う悪魔に見えたのは錯覚か。
高度はおよそ百五十キロメートル。燃焼を終え、役目を終えた第一段ロケットを切り離す。
打ち上げ工程は三分の一を過ぎた。残り十分もしない内に、アルウの派遣艦隊に到達するだろう。望遠カメラを使えば、そろそろ視認できるかもしれない。
三十分未満で到着してしまう道のりに、宇宙とは案外近いのだと錯覚してしまいそうである。
だが、振動に振り回せれながら外界を覗えば、そこは惑星地表とは異なる世界だ。
赤い惑星と青い大気と黒い宇宙の三層構造の未知なる世界に、なんて遠くまで来てしまったのかと嘆きたくなる。まさしく世界の境界線を、俺は高速度飛翔している。
砂地ばかりの大地には国境というものはない。ひたすらに未開の土地が続く。
母星で始めて宇宙に飛び立った飛行士は、星は青かった、と言ったとか作り話だとか。
「……惑星は赤く、貧しかった」
母星のご先祖達は、酷く恵まれた生活をしていたのだと改め気付かされた。
俺がもしこの惑星の神様になれたのなら、ドームで細々と暮らす人々のために緑の大地を与えてあげるのだが。
「……高度三百キロ突破。最終シーケンスに入る」
遺跡の管制室とは通信が繋がっていない。中継衛星なんて品物は存在しないため、ロケット発射後はすべて俺一人で作戦を進行している。
外部に接続されている三つのカメラの内、振動で壊れなかった二つを操作してアルヴ艦隊を遠隔視認する。
アルヴは、中央に串団子型の旗艦を布陣させ、周囲をマカロニ型の巡洋艦で固める防御陣形を構築していた。既に俺の接近に気付いているらしく、マカロニ型が穴の開いた船体を回頭している最中である。
地表の蟻に等しい俺達を警戒していない、なんて抜けた話はないという事だ。
ロケット全体に浸透させている爵位権限『ソリテスの藁』を強める。ブースターの噴射力で飛翔しているだけのロケットに、回避機能は存在しない。仮に回避できたとしても、下手に軌道をズラせば空中分解してしまう。ロケットという機械は石鎧に比べて脆すぎる。
だから、俺は一直線に艦隊突入を目指すしかない。攻撃には頑丈さで対処するしかないのだ。
こうなっては、アルヴの防空能力の低さに期待するしかないのだが――、
「――『警告、熱源多数。船体表面温度急上昇中』ッ!? やっぱり、迎撃されるよな!」
――俺を素通りさせてくれる程にアルヴは優しくない。
映像を可視領域から変更すると、映像全体が真っ赤に染まってしまう。光学兵器、レーザーによる迎撃だ。
レーザー兵器の直撃にさらされたロケット頭頂部が血よりも赤く加熱されていく。殖民第一世代が作った船体に多少手を加えた程度の外装が、容易に融解していく。
「予定よりも早いのに燃料タンクがッ。ええぃ、第二段ロケット分離ッ!」
本体から切り離された第二段ロケットが、後方へと流れ去り、爆散した。
防御面積が減った分、魔的な力を集中できるので良しとしよう。
高度は足りているが、ブースターを失って最終加速を行えなくなった。目前に見えるアルヴ艦隊まで一分強。余裕で避けられる。
せっかく、高度四百メートルにまでやってきたのに、ここで諦める訳にはいかない。
ならば、足掻こう。
「応用、できるか!?」
派遣艦隊へと通信波を指向する。アルヴの周波数など特定済みだ。
「やるしかない! ――俺はアルヴの未来を予測する。予言が的中した場合、アルヴは次の俺の突撃を防御しない。予言が外れた場合、アルヴは俺の突撃を防御する」
『なっ、なんだ。この声はッ!?』
『弾道ミサイルが発信源だぞ!』
『特攻兵器か、火星人類めッ』
『ま、待てッ。あの色は魔族反応だ!?』
艦隊旗艦と思しき串団子型の艦橋と通話が繋がった。俺の予言を聞いて慌てふためく、複数のアルヴ達の肉声が聞こえてくる。
「――アルヴは俺の突撃を、防御しない。『クロコディルズ』応用」
爵位権限『クロコディルズ』の発動条件である予言を通信し終えた。後は、アルヴの反応次第である。
『魔族の呪文か。馬鹿め。防御するに決まってい――』
『よせっ!? 罠だ!』
爵位権限の発動条件は整った。予言の二択の内、アルヴは“防御する”を選択した。
「『偽海亀』発動ッ!!」
結果、アルヴ艦隊からのレーザー砲撃が止む。艦を覆える程の斥力場が発生し、砲撃の隙間がなくなったためである。同時に、回避運動が停止する。
爵位権限でアルヴに課した制約は、防御行動の強制である。機動兵器に搭載する程に斥力場を過信しているアルヴが、大型艦艇に斥力場を搭載していないはずがないと踏んだのだ。
本来の『クロコディルズ』は矛盾により相手を縛る権限しか有していない。が、今回発動させたのは応用技の『偽海亀』。パラドックスでもなんでもない偽予言を外したがゆえに、アルヴは防御以外の選択肢を失った。
権限に従い、アルヴは亀のように殻に篭る。解けない防御を展開してしまい、迎撃も回避も行えなくなる。
砲火が完全に止んだ。これで、どうにか突入できる。
『クソ、火星人類は魔族と結託したのか! だが、艦の斥力場を突破できるものではない』
ペイロードの外装を破棄する。賢兎の体を真空宇宙にさらして、直に艦隊を視認した。宇宙線がちくちく痛い。
このまま直進すれば艦隊中央の串団子型の中央に到達できる。
最後の難問は、斥力場をどう突破するかである。
これについては、マケシス社の秘密兵器頼りとなるだろう。
『――鹵獲したアンテロープ型を分析していた弊社の開発部門が、やってくれました。斥力場の原理については未だ解明できていませんが、突破するだけであれば惑星の技術力でも可能です。どうも、斥力場には弱点があるらしく。円形に等しいテンションを加えると力場が分散してしまい、中央部がとても薄くなるようでし――』
眼鏡の営業部長が口にした大丈夫の言葉を信じて、俺は手元のレバーを引く。
直後に、俺の背後に配置されていた円形の巨大物質が起動する。後光が輝くように固形燃料を燃焼させて、勢いよく飛び出してロケットに先行していく。
石鎧が潜り抜けられる程に巨大なブースト・バンクルが、アルヴ艦隊の斥力場と衝突した。
ロケットの加速度で見えない壁と正面衝突したバンクルは、後部が前部にめり込む。体積を大きく減少させた後、内側に残っていた固形燃料を一斉起爆させる。
出来上がったのは、宇宙に浮かぶ直径三メートルほどの火の輪。
『――卒業トーナメントで使用していただいたバンクルの応用物です。開発陣が付けている仮称は……確か、通り抜け・○? あ、○の読みはルー』
艦隊出力の斥力場に突っ込む自殺行為に、恐怖がないと言えば嘘になる。
それでも、バンクルに後追いしていた俺は、マケシス社の開発者達を信じて真空火の輪潜りを敢行する。
フィルムを貫くような軽い感触があった。
火の輪よりも大きいロケットはぺしゃんこになっていく。
……だが、輪を潜り抜けた俺は、見事、斥力場を突破できた。
そのまま第一宇宙速度で串団子型の中央部へと迫る。いや、駄目だろ。
「減速ッ。間に合ッ?!」
減速用の腰部の増設ブースターを一秒間だけ噴射して、分厚い装甲板へと体当たりした。人型の大穴を開きながら、何層か金属壁をぶち破る。
そうして、艦内部への侵入を果たした。
「痛うぅぅ――『警告、機体ダメージ負荷が許容値を超過しています。装着者はただちに機体から脱出してください』――ぅぅぅ。うげぇ」
AIによるアラートがまったく停止してくれない。
石鎧で最も頑丈なフレームも複数個所でひび割れてしまっている。突入するだけでスクラップに半歩足を踏み入れてしまった訳である。
救出作戦は開始したばかりなのにと嘆息してから、俺は艦内の捜索を開始する。




