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キカイな物語  作者: クンスト
6章 すべてはともかく遺跡に収束する
88/106

8-5 地下から、宇宙より

 発射シーケンス軒並み省略。

 天候が安定せず、むしろ悪化の兆候が見られたため、風速をある程度許容しての決行。

 作業員退避後、六十秒前からカウントダウンを開始。

 静止衛星軌道にいるアルヴに爆発を観測されて邪魔されないように、滑走路の先をふさぐ開閉ゲートは発射十秒前になってから爆砕。

「……本当に飛ぶのか。これ?」

『MARSロケット、固形燃料充填百二十パーセント。作業員の退避完了いたしましたわ。紙屋様、魔的強化を開始してください』

 ロケットのペイロードに格納されている俺を除き、傾斜角三十度で地上に続く地下滑走路は無人となった。

 ルカの要請を受けて、爵位権限『ソリテスのわら』を念じて始動する。と、全長五十メートルのロケット全体にオレンジ色の斑文はんもんが浮かび上がった。ロケットと俺は接合されているため、ロケットも体と見なされているのである。

 『ソリテスの藁』により、固形燃料の大出力による発射衝撃で自壊しないように外装へのダメージを半減させる。円柱形状のロケット全体がオレンジ色に輝く事で、準備は整った。

『カウントダウン開始マイナス十秒前……五、四、三、一、ゼロ!』


『奈国王子、鷹矢が月野海救出作戦を発令する。これより、ロケットは旧名MARSを破棄、新名は紙屋号と呼称せよ』


『五十九……五十五……五十秒前ッ!』

『アルヴ艦隊の最新位置が天文台より届きました。データ補正を行いますが……最終調整は紙屋号に一任致します』

『四十九……四十五……四十秒前ッ!』

 鷹矢やルカは安全な管制室より、ロケット発射の最終指示を出している。

 その管制室より、打ち上げ軌道の修正案が通信されてくる。前回の観測よりも、アルヴの派遣艦隊が赤道よりに南下していた。修正ルートだと、惑星の二つある月の内、恐月フォボスの直下を潜り抜ける事になるだろう。

 高度が全然違うので月と衝突する事はない。ただ、いつもより大きな月が頭上に広がるはずだ。

「飛べたとしても、固形燃料足りるか不安だな」

『三十九……三十五……三十秒前ッ!』

『メインブースター、補助ブースター共に問題なし。燃料漏れも確認できず』

『紙屋号様。地上からの最大望遠で捕捉したアルヴの艦隊も添付していますわ。救出目標がいる可能性が高い艦は、中央に布陣している串団子型です』

『二十九……二十五……二十秒前ッ!』

『取り巻きは無視して、串団子型に突っ込んでくださいませ』

「その取り巻きの巡洋艦に迎撃される心配もあるんだが……」

『十九……十五……十秒前ッ!』

『開閉口を爆砕せよっ! 空へと至る門を開け!』

 鷹矢の号令により、滑走路の先で細かな爆発が連続的に発生した。

 爆発物を正確なタイミングで炸裂させる事により、破片を滑走路に落とす事なく、夜空を見上げられる四角い隙間が形成される。ロケットにとっては狭い、十メートル四方の穴から、俺は宇宙へと飛び出す。

『九……五、四、三、二、一ッ!』

『いけぃっ! 紙屋号! 見事、恋人を救って帰ってみせよ!』


「あっ! そういえば、月野にまだ告白は済んでぇッ、ええぇえぇェェェ――ッ!?」


 大出力を誇る固形燃料式メインブースターがえて、重力の鎖を噛み千切る。百年間、幽閉され続けた無念の獣が、ようやく宇宙へと放たれたのだ。

 惑星で最も高出力のブースターには畏敬いふさえ覚えてしまうが、少し、出力が高過ぎる。

 上下左右、そして前後にもロケットに固定される機体が揺れまくる。下手なバーテンダーが振り回しているカクテルのシェイカーよりも酷い揺れだ。まだ滑走路の半分を超えたばかりだというのに、経年劣化していたロケット本体が早くも崩壊し掛けている。

 あるいは、ロケットの設計そのものに構造的欠陥があるのかもしれない。第一世代の植民者達が全員、ロケット開発に詳しい人間だったとは思えない。問題のある設計図と精度の悪い部品がロケットの材料である可能性は大いにある。


「こなくそッ、『ソリテスの藁』完全解放! ロケットはまだ持つ。分解するまで、ネジ一巻き分の余裕があるはずだ。それで駄目なら、ネジ半巻き分。それでも駄目なら、四分の一。――まだ壊れてくれるな!!」


 爵位権限を持つ俺がパーツとして組み込まれていなければ、ロケットは地下から地上へと飛び出す事さえできなかっただろう。

 ロケットの振動、大気との摩擦、燃焼エネルギーから生じるすべてのダメージを壊れる臨界点の半分にとどめていく。限りなく故障に近い状態におちいりながらも、まだ壊れていないため正常に動作しなければならない。

 ロケット噴射は惑星の季節風に勝り、白い噴煙を置き去りにして上昇を続いていく。

 オレンジ色の斑文はんもんを浮かべる巨柱が、夜空の点となるまではあっと言う間だ。




 火星派遣艦隊、旗艦アルテミナは三つの球状ユニットから構成されている。過去の地球に存在した、大洋を進む戦艦のような流線的造形は備わっていない。

 アルテミナは、美的な観点から言えば魅力の薄い宇宙船だろう。地上から観測したなら、三つの団子が刺さっている串団子としか言い表せない。

 旗艦を守るように円機動で展開している随伴艦に至っては、筒形状になってしまっている。こちらは、マカロニか何かだ。

 アルヴなりに、機能面を追及した根拠ある形であるが、知らない人間にとっては不細工な艦艇にしか見えない。

 銀色の串団子とマカロニの集団が、静止衛星軌道より赤い星を見下し続けている。不毛の土地に対しても容赦ようしゃせず、核弾頭ミサイルは地表に向けられていた。

 ……ちなみに、とらわれの月野海は、二つ目の団子の下部で与えられた仕事をこなしている。


 宇宙に上がってから、もう四日目の朝となり――宇宙に朝があればだが――、低重力にも体が慣れてきた頃になる。

 ただし、月野の手は止まりがちである。石鎧の改造という趣味的な仕事をしている最中だというのに、月野の心は沈み続け、モチベーションは皆無だ。

 敵対種族たるアルヴに脅されて務める機械いじりが、楽しいはずがない。月野自身もそのアルヴだった訳であるが、火星派遣艦隊のアルヴ達は火星人類と血の混じっている月野を同族とは認めていなかった。

「駄目。全然、駄目」

 月野が仕事を投げ出さないのは、己が真空宇宙に投げ出されたくないから、に尽きる。

 初日は麻酔が体から抜けていなかったので免除されたが、翌日から月野にはノルマが課せられた。アルヴが奈国経由で入手した賢兎ワイズ・ラビットに対する斥力場発生装置の組み込み作業を、月野はこなさなければならない。

「こんなのMオプションみたいに無理やり繋げただけ。規格が惑星レベルで違うから、システム連動も何もできていない。こんなのぼくのSAらしくない」

「――そうか? 耳と角のある機体。外見は完成しているではないか」

「アルヴのネネイレッ」

 月野の作業は難航している。

 アルヴにとって斥力場発生装置は馴染み深いものであり、優良な機械なのだろう。が、月野にとっては見えない何かを発生させる怪しい機械でしかない。

 毒か薬かも分からない錠剤を我が子に飲ませているような心痛を味わいながら、月野は己の最高傑作たる賢兎に角を接合していた。

「存外悪くない形になったものだ。角を有する兎……ジャッケロープとでも名付けようか」

「それを言うなら、ジャッカロープの間違いです」

「月の最近の流行でな。地球人類が使っていた名詞をくずすのがみやびなのだ。むべき連中の言葉を使いたくないという考えにもとづく」

 火星派遣艦隊の序列一位にしては、かなりの頻度でネネイレは月野の監視に現れる。何だかんだと、髪の色が好みの月野がペットみたいで気に入っているのだろう。あるいは、それだけ石鎧という兵器の秘密が重要事項なのかもしれない。

 斥力場発生装置である角をやした賢兎を見て、ネネイレは月の種族らしい意匠だとうなづいている。

 改造している本人たる月野は、格納スペースがないから仕方がなく外付けした角を褒められても、まったく嬉しくない。

「ぼくなら鬼兎オーガ・ラビットと名付けます」

鬼子おにごという訳か。耳の短かったお前が作った兵器ならばまさにオーガだが、読みだけはジャッケロープにしておけ。本国に報告し辛くてかなわん」

 何気ないやり取りをしていただけなのに、角付きの賢兎の通称が鬼兎ジャッケロープに決定する。気に入らない機体の名前に月野がこだわらなかったので、ネネイレの案が採用された。

 ネネイレは明日からの実働テストを開始しろと命じるが、月野は反対する。

「まだハード的に連結しただけです。明日からなんてとても間に合いません」

「やれと言っている。後で、イルルットを派遣するから、着せて動かせるようにしろ」

 序列第二位のエトロエを戦死させてしまい、月野を誘拐した際の大戦力を投入した戦いでは虎の子のヴォルペンティンガーを二十機も大破させてしまった。

 この失態は査問を受けるに十分な材料であるため、ネネイレは月野を急かしているのだ。装甲材にいわく付きの石鎧であるが、新戦力として製造できるのであれば本国と交渉する余地はまだ残されている。

 ちなみに、石鎧の装甲はドームの壁を削った物なのだが、月野はアルヴに教えていない。惑星人類にとっては広く知れ渡った常識なので、答える程の情報ではないと思っているだけであるが。

 月野はネネイレの無茶な要求を飲み込む。囚人たる月野は、無力だった。

 奥歯を噛んで無言となる月野を見て、ネネイレは満足気に頷く。


「月の種族の血が少しは流れているのだ。我々に協力している間は生かしておいてや――何があった?」


 ……二人の黄色い髪の女の言い争いが終わりかけた。そんな時である。

 部屋の中央にホログラム映像が突如浮かぶ。艦隊司令官たるネネイレの指示が必要な事件が発生したため、艦橋からネネイレに呼び出しが掛かったのだ。


『ネネイレ様お戻りを! 火星表層より艦隊に向けて、ミサイルが発射されました!』


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