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キカイな物語  作者: クンスト
6章 すべてはともかく遺跡に収束する
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8-4 ぼくを宇宙まで連れてって

 アルヴによる衛星上からの監視を恐れた結果、峡谷地帯に入るのを待ち、少数の部隊でトレーラー本隊から別行動を取った。

 船頭役を務めているのは、鷹矢王子が乗り込んでいる石鎧輸送車両である。

 俺達の目的地は、王族である鷹矢しか知らない。世間や歴史から完全に隔離された辺境に、月野を救える唯一の手段が眠っている。こう鷹矢は断言した。

 王子の言葉を疑う理由はないので、俺達はこうして行動している。

「惑星移民者の第一世代は、酷いホームシックに悩まされたのであろうな。生まれ故郷から遠く離れた土地で開拓事業に失敗し、改善の見込みがないと知れれば、新天地に見切りを付けたくなる気持ちは分からなくもない」

 石鎧輸送車両三台からなる部隊は、総勢たったの十八名。目的地は無人となっており、外縁軍も知らない場所である。危険はないため、少数で問題ないと鷹矢は語っていた。

 一号車両には、鷹矢とルカと俺、護衛兼運転手の親衛隊員等が乗り込んでいる。二号車両には、石鎧整備士やマケシス社から出向している技術者等が乗車している。三号車両は、鷹矢の指示で工具や固形燃料が山のように積まれており、運転手以外は乗り込んでいない。

 クロエにはトレーラー本隊の指揮を任せてあった。護衛は隊長達にお願いしている。

「母星への帰還を目指した第一世代は少なくなった。ただ、アルヴの話が真実であれば、当時、既に地球はアルヴの手で滅ぼされていた事になる。故郷が既に失われていると知らないまま、帰還を夢見た。第一世代は本当に悲劇的な御方達であるな」

 俺達の目的地は、遺跡だ。

 奈国首都になる第一殖民世代をまつっている遺跡とは異なる種類の遺跡であり、存在は秘匿されている。王族が管理する土地には数多くの遺跡が隠されている、と鷹矢は明かす。

「これから向かう遺跡には、無念の遺産が保存されているのだ。無闇に荒らしたくはない場所であるが、紙屋なる石鎧を宇宙へと届かせるには遺産を用いるしかないだろう」

 王族たる鷹矢は、本来、遺跡を隠匿し続ける義務がある。奈国そのものが存亡の危機に直面したとしても、第一世代の遺跡だけは守り通さなければならない責務があるのだという。

 だが、明野友里あけのゆりの手術中に鷹矢は決断する。

 手術が成功し、明野は一命を取りとめたが……脊髄損傷により、下半身はもう動かないと鷹矢は医師から聞かされていた。

「あの者を理由にして、王族としての役割を破棄しようとは想っておらぬよ。ただ、余なりに吟味ぎんみした結果、無念の遺産を使うべき時が来たのだと判断したのだ」

 鷹矢が停車を命じる。遺跡の入口が見えたそうなのだが、車内からは風化した岩と砂塵に埋もれた大地しか確認できない。

 クリーム色の気密スーツを着用した鷹矢が車外に出て行くので、全員で後に続く。

 滑らかな岩の表面に手を置いた鷹矢が、呪文のような言葉をつむぐ。


「箱庭の子が願う。願わくは、石棺の君の眠りが救いであらん事を」


 ただの風化した岩だった物に扉が生じ、左右にスライドしていく。錆び付いた昇降機の入口が姿を現したのだ。

 昇降機は石鎧でも乗れそうな大きさであるが、老朽化が激しくて不安だ。百年はメンテナンスされていないように見受けられる。

「別ルートの入口を開くゆえ、紙屋なる石鎧は待機しておれ。八人は乗れるはずであるが……まず、余で試してみようぞ」

 流石に王子で実験はできないので、全員で先を急ぐ鷹矢を止めた。



 鷹矢に連れられてたどり着いた遺跡は、地下に存在した。

 ドームが建造されていない惑星で生きなければならなかった第一世代植民者達は、地下に篭って激しい気候に対処していたようである。それでも、どこからか流れ込んでくる赤い砂が床に体積してしまっている。住居性はドームにはるかに劣るだろう。


「紙屋なる石鎧。これが、なんじを大気圏外に届ける唯一の策である」


 遺跡の照明はとっくの昔に壊れていたが、以前、遺跡を調査した王族達が残していたLED照明は生きていた。

 まばゆい発光が室内を照らす。それでも、空間すべてを照らすには光量がまったく足りていない。

 長細い地下空間の末端部分で照らされたのは、横倒しになっている図太い柱だ。

 画像解析したところ、直径四メートル、全長は五十メートルと計測される。柱に描かれたMARSの英字がかすれている。

「鷹矢様。これは……いったい?」

「無念の遺産、固形燃料式のロケットである。余が知る限り、奈国内に完成形のまま放置されているロケットはこれ一本であるな」

「ロケットを、第一世代の方々は完成させていたのですかっ!」

「母星への帰還が執念にまで昇華していたのであろう。資源にとぼしく、生きるだけでも厳しい環境で建造できたのは奇跡的だ。……が、第一世代は結局、これを使う事はなかった」

 よく観察すれば、巨大な地下空間は地上に向かって傾斜している。建造場所とロケット発射の滑走路を兼ねるように作られたのだろう。百年経過しても崩落しない程に頑丈な作りで、問題なく使用できそうだ。

 ロケット本体もとがった先端まで完璧に組み上がっている。地球に帰りたいという一念を持って完成させたというのに、どうして使わなかったのか分からない。

「それは、このロケットでは母星に帰れないからである。人間が乗り込み、半年以上生き続ける住居スペースを組み込むには、ロケットの規模が小さ過ぎる。そも、資源不足が深刻だったため、第一世代が用意できた固形燃料では、火星の重力を完全に振り切れない」

 鷹矢の言葉を聞いて、地下空間を訪れている人間は顔をうつむかせていく。

 せっかく作った希望の船が、泥舟以下の物でしかなかった。酷い話で、救われる所が一切存在しない。

「ならば、せめて余達が使ってやろうではないか。とらわれた同胞を救い出すという価値を、百年後の余達がロケットに与えてやろうではないか」

「……ん、待ってください。打ち出すだけで限界のロケットなのでは?」

「固形燃料を充填してやれば、惑星から大気圏外に飛び出すぐらいはできよう。そのためにトレーラーに残されていたすべての固形燃料を運び込んでおるのだ」

「そもそも、まともに発射できるのですか! 百年前の物ですよ、これっ」

「劣化は激しいが、発射ぐらいはできようぞ。空中で爆発四散する可能性が大であるが、それをどうにかするのは紙屋なるロケットの役目である」

 この王子、俺をロケットと呼びやがった。連れて来た整備士や技術者が溶接機械を運び込んでいるので、俺をロケットと合体させるつもりで間違いない。

 爵位権限『ソリテスのわら』にて足りない耐久性を誤魔化して発射。

 爵位権限『クロコディルズ』にて足りない弾道計算を誤魔化して発射。

 なるほど、魔的な解決方法を持つ俺が適任だ……って誤魔化せるか。俺の中のナイナーも危機感に震えているではないか。

「汝の覚悟は聞いておいただろうに、月野海を助けたくないのか?」

「紙屋様。お覚悟を。時間がありませんので、さっさとRocker《歌舞伎者》……いえ、Rocket《大気圏突破》オプションへの換装をお願いしますわ」

「いや、ルカ。RオプションはRunnerで差し押さえられているぞ」

 鷹矢からは今更といった口調で返答され、ルカからは承諾する暇を与えられないままロケットの先端部分へと誘導される。

 月野を救うためなら火の中、水の中であるが、打ち上げ花火となると知って喜ぶ人間は存在しない。

「アルヴにも外縁軍にも気取られたくはありません。ロケット発射は三日以内に行います! 皆様、ご尽力をっ! ……滑走路の開閉扉が動かない? なるほど。発破してしまいましょう」

 現場指揮官となったルカが全員に指示を出し始めた。

 俺も渋々、ロケットの先端に繋がれる運命を受け入れた。とぼとぼと重い足取りで、ロケットの先端にあるペイロードに入り込む。

 以後は、散髪される人間のように動かないだけである。

 技術者達が駆け足で近寄ってきた。溶接のバーナー音を聞いていると、技術者達と一緒に現れた、折れた片腕を包帯で固定している眼鏡の男が話しかけてくる。

「マケシス社の技術スタッフは優秀です。必ず、紙屋様を月野様の所へお届けしましょう。大事な業務提携先を失いたくはありません」

「東郷さん……片腕が折れているのに、無理しますね」

「目の前で月野様が連れ去れて行くのを止められなかった罰です。自分は営業部長ですので、汚名は必ず返上してみせましょう」


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