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キカイな物語  作者: クンスト
6章 すべてはともかく遺跡に収束する
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8-2 九郎の正体と九郎の希望

 セピア色の思い出が蘇る。

 色々思い出はあるだろうに、俺が気絶した時に現れる思い出はいつも決まっている。それ程に強く瑞穂みずほを意識している男がいるという証左なのだろうが、だからこそ浮ばれない。




「お前ならきっと追いかけて来る。追い付ける」

「……いや、無理だから。俺は瑞穂と違って凡人なのだから、無理だって」

「いいや、必ず来る。お前のために新しい家を作っておくから、可能な限りの早さで追い付いて来い」


 かつてどこかで、瑞穂は将来、宇宙飛行士になりたいと夢を語った。ここ数年、緊張が高まる世界情勢に嫌気が差していた瑞穂は、惑星外に新天地を求めたのだろう。俺は瑞穂の夢を実現不可能な妄想だと信じていたから、まったく、危機感を覚えてはいなかった。

 だが、優秀なる瑞穂は、己の夢へと邁進まいしんし続けた。

 不穏な動きを見せる月とは異なる、新たな資源確保地として太陽系第四惑星の開拓を推進する国際情勢も、瑞穂の夢を後押しした。

 そうして、気が付けば俺達は、もう大人になっていた。

 開けた視界には、宇宙港にそびえ立つ巨大構造物。ひっくり返したお碗のような形をしているが、大気圏外に出た後はブースターを切り離してラグビーボール形態になるという。

 分厚い窓越しに見える惑星間航行船こそが、瑞穂の船だ。


「畑も作っておいてやる。キャベツ畑な。その……親しい男女には必要だから……あ、いや。もちろん、輸送物としてコウノトリの申請はしたけど、流石に食用以外は却下されて……」

「はっきり喋れよ。俺達は今生の別れになるのに、言いたい事は言ってくれ」

「馬鹿を言うな。幼馴染のお前は、私と同じ教育を受けた。私に出来て、お前に出来ない事はない。いや、私以上だ。お前には私よりも強くなれるだけの才能があるとも信じている」

「俺を過大評価しないでくれ。俺は瑞穂とは違う。走り続ける瑞穂の隣にいる事は、もう、できない」


 輝かしい瑞穂を、密かに好いていたのは間違いない。

 同時に、酷く暗い感情も瑞穂に対しては抱いていた。幼馴染の少女が、いつの間にか綺麗に成長してしまい、ホップステップでどんどん先に行く。置いていかれるのは怖いから、必死に追い付こうと努力しているのに歩幅が違い過ぎて、もう瑞穂に追い付く事は叶わない。そんな俺を、瑞穂は早くおいでと甘い声で誘惑し続ける。

 みじめだ。

 なまじ幼馴染という比較対象がある分だけ、己の矮躯わいくが目立って仕方がなかった。

 こんな嫉妬を覚えるのなら、俺と瑞穂は最初から出会っていなければ良かったというのに。そんな不可逆な願いさえ抱いてしまう。

 だから、瑞穂が火星に行ってしまうのは本当に都合が良かったのである。とてもつらいのに、これが俺の本心だ。


「先に行って、緑で豊かな星にしておいてやる。九郎は父上と共に、来い。火星で待っている」

「…………だから無理だって、言っているのに」


 宇宙港の展望台から見える一望が白く染まる。

 巨大な斥力場が発生し、発射台へのダメージを軽減するための水溜りにあった大量の水が、周辺三十キロメートルへと円形に広がったのだろう。

 斥力場は加速力では固形燃料に劣る。ユニットが肥大化してしまう。まだまだ改良が必要な技術であるが、一キロメートルを越える殖民船を打ち上げられるのは斥力場だけであった。

 固形燃料の噴射に比べれば遅く、瑞穂の船が地球から去っていく。

 展望台にいる俺は、瑞穂の船を無表情で見送った。手に旗を持ち、機械的な仕草で振りながら見送った。

 もう二度と顔を見なくて済むと安堵あんどしていたから涙は流さない。

 代わりに、胸の中央に大穴が開いたかのような喪失感は、二度と消える事はないのだろう。




 俺と瑞穂の記憶は、これで終わりだ。古めかしいカセットテープの再生ボタンを押し続けても、機械がうなるだけで何も再生されてはくれない。

 ……ただ、酷く不気味なのだが、俺には宇宙港から瑞穂を見送った記憶など存在しない。不毛の惑星には宇宙船どころか飛行機さえないのだから、当然だ。瑞穂に袖にされたのは、まぁ、その通りなのだが。

 俺の知っている瑞穂は、七年前の大戦が始まる前に首都ドームへと引っ越していった。惑星間ほどに離れていなかったので、この記憶ほどに辛い別れではなかったと思う。……嘘もはなはだしいが。

 この記憶は空想としか思えない。瑞穂よりも優先するべき女がアルヴに誘拐された状況で思う空想でもない。が、妙にリアルで心がつらいのだ。

 いったい、どこのどいつが俺にこんな毒にしかならない失恋を視聴させたのか。犯人探しを開始した俺の目前に、一匹の魔族が現れる。

 心のふちを描写したかのような湖の水面を、魔族は歩いて登場した。

 瞼を閉じたような世界に現れた魔族は、市民シビリアン級のような貧弱な体付きをしている。ただし、ただの市民級と異なり、のっぺりとした顔に両目が存在する。オレンジ色の斑文はんもんも、胸の中心へと向かって渦巻くような独特なものであった。

 ほとんど見覚えのない魔族だが、正体を察するのは容易だろう。

 俺の中には、七年も前から、ナイナーという名の魔族が住み着いている。

 ナイナーはドームに故郷を襲撃された際、死に掛けている俺の体に権限を用いて同化し、命を救ってくれた恩人だ。魔族の中で唯一優しかった彼について、知っている事は酷く少ない。

 何せ、ナイナーは善意で俺を救ったのかさえ、今に至るまで分からなかったのだ。

 ナイナーの洞のような目に涙腺はないため、オレンジ色の一本線が右目から頬まで流れ出る。夢を思い出して、泣いてしまったのだろう。

 どうしてナイナーが俺に憑依したのか、今なら分かる。地球からはるばる惑星へとやって来たナイナーは、己と瓜二つな俺を目撃して、人生をやり直せるのではないかと思い付いたのだ。ルナティッカー似である事など関係ない。九郎ナイナーという名の少年に、瑞穂という名の幼馴染がいるだけで必須条件を満たしていた。

 世界には己とそっくりな人間が五人存在するというが、惑星外も含めれば、幼馴染までそっくりな己がいても可笑しくはない、という事なのだろう。

 衝動的な行動であったのは間違いない。火星へと渡来中の伯爵級魔族、ゼノンにさえナイナーは己の奔放ほんぽうを明かしていなかったのだから、完全なる独走だった。 

 ナイナーと手が届く距離で向き合う。姿形は種族差により似ていないが、鏡を見ている心境で俺達は語り合う。


 俺はナイナーにお礼を言う。命を救ってくれてありがとう、と。

 ナイナーは俺に答える。やはり、俺と瑞穂はむすばれなかった。IFもしの世界で結ばれる程に俺と瑞穂の距離は狭くはなかった、と。

 俺はナイナーに謝罪する。月野を選ぶ俺を恨むか、と。

 ナイナーは俺に手を伸ばす。俺ながら賢明な判断だ。幼馴染を想い続けて魔族化する程に死に損ない、百年経過しても諦めない男よりはよほど利口だ、と。

 俺もナイナーに手を伸ばす。失望しているのなら力は貸してくれなくていい、と。

 ナイナーは躊躇ちゅうちょせずに俺に握手した。最後まで面倒を見てやる。その代わりに俺の願いも聞いてくれ、と。

 かつて、九郎という名前だった魔族、ナイナーは願いを言った。


「――瑞穂の、墓参りをさせてくれ」


 …………。

 ………………。

 ……………………システムコンバート完了。再起動を開始します。


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