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キカイな物語  作者: クンスト
6章 すべてはともかく遺跡に収束する
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8-1 月野の正体と月野の絶望

 月野海は、己がいつ意識を失ったのかを覚えていない。

 月野が最後に見たのは、アルヴ製石鎧、翼持つヴォルペンティンガーに誘拐されて空から見下ろした惑星だ。丸い地平線が広がる絶景を眺められたのは、惑星人類としては貴重な体験だった。……眼鏡を落とした月野の視力で、感動を味わえたならの話であるが。

 いや、眼鏡の有無は些細ささいな事だろう。

 月野は気密スーツのヘルメットを装着する暇なくさらわれて動転していた。ヴォルペンティンガーから月野をかばおうとしたマケシス社の営業部長が負傷する場面を目撃した直後である。混乱の最中で、景色に関心を向けられるはずがない。

 ただし、やや遠くの地上にいる紙屋九郎と思しき賢兎ワイズ・ラビットを月野は目撃していた。そんな気がしたのだ。

 忙しそうな九郎に助けて欲しいと言えず、さりとて、己に気付いて欲しくはあった。よって、月野は九郎の名前だけを叫んだ。

 意識を失ってからおよそ半日。

 眠り続けていた月野は、己がどうなってしまったのか把握できていない。



「……ここは?」

 意識を取り戻した月野は、現在位置を把握するために体を起そうとする。だが、意思に反して体は一切動いてはくれない。

「…………あれ、おかしい。ぼくの体、動かない」

 体をくくりつけられている訳ではなさそうだ。首から下の感覚が麻痺しているため、寝返る事さえ難しい。

 己の身に何が起きているのかさっぱり分からない月野は、目をくるくると動かす。仰向けに寝ている状態でも、情報を得られないか努力ているのだ。

 正面に、クリーム色の球面な天井が見える。卵のような形をした部屋の中央で、ベッドに寝かされているのだろう。未来的なデザインで目新しいが、ただの天井に重要な情報は付着していない。

「首を動かすだけでも、ダルい。どうしてかな」

 ……ただ、月野は強い違和感を覚えた。

 見えている範囲に意味ある物は存在しない。なのに、落ち着かない。

 天井の中央のくぼみに備わるカメラが見えて、だから気持ちが落ち着かないのかと一瞬納得しかける。寝姿を監視されて肌が粟立つのは当然だから、と顔をそらすが……何かがしっくりこない。

 違和感の正体は、監視カメラのような外的要因ではなさそうだ。

 喉奥に小骨が刺さったような感覚とも異なる。

 強いて言えば、喉奥に永遠と刺さり続けていた小骨が抜け落ちていったような。

 はっきりしない状況に、月野はうなる。

「むむむ……。アルヴに誘拐されたのだから、きっと、ここってアルヴの母船なのかな」

 己は何が気に入らないのか。アルヴに誘拐されたのだから、もっと気持ちをしっかり持て、と月野は首を左右に振る。

 力加減を誤った。何かがバネになり、強めに首を振ってしまった。反射的動作で、月野は鼻先からズレてしまった眼鏡を定位置に戻そうとする。

 月野の麻痺は続いている。眼鏡は戻せないと後から気付いたが、遅かった。

「えっ、私……眼鏡は、ない?」

 気付くのが遅かった。

 月野は、祖父の形見である眼鏡を落としてからアルヴに誘拐された。だから、目覚めた時から眼鏡をかけていない。生来の近眼であるはずの月野が、天井の穴に埋め込まれた小さな監視カメラを認識できてしまっている。

 透き通った裸眼の世界が、視界に広がっている。

 月野は、麻痺した体が震える程の動悸に襲われた。


「起きたか、娘」


 動かし辛い首を動かして、月野は声が聞こえた方向へと目を向ける。やはり、月野の近眼が快復しているのは確かなようで、黄色い髪の女の顔がはっきりと見える。

 月野は度の入っていない世界の情報量に酔って、吐気を覚えるが、黄色い髪の女の美顔は気付薬となる。

「ぼくと、同じ色の髪?」

「愚かな。生粋の月の種族である私と、土人との混血であるお前の髪が、同じであるものか」

「長い耳……アルヴっ!?」

「それも愚かな。外見で判別するならば、お前もとうとき我等と同じになってしまうではないか」

 黄色い髪のアルヴの女、火星派遣軍序列一位たるネネイレは、ベッドに寝ている月野を見下している。黄色い瞳は綺麗な色をしているのに、実験動物を見る視線が月野を鋭く突き刺していた。

 月野は、ネネイレの言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。麻痺の所為か妙にぎこちない。

「捕らえたお前を学者にさせた。人為的かは分からぬが、月の種族としての血が非活性化していると学者は言っておったな。結果を確かめるために時間を浪費したくなかったが……遺伝子治療の応用でどうにかなるものだ」

 何も分からない月野をあわれに思わないネネイレは、手首のコンソールを操作した。

 監視カメラの映像が空中に投影される。

 投影映像の中では、ベッドで月野が寝ている。リアルタイム映像であるため、月野が顔を引きつらせれば、投影映像の中の月野も頬の肉を動かす。やつれた顔は、本人が思う程に不細工だ。

 良く出来た技術であるが、ディスプレイレスで画像を投影するのは無理があるのだろう。解像度が低く、背後が薄っすらと透けている。

 何より……月野の頭の左右にある耳が、長くなって映っている。画面比率の問題なのか、耳が横に酷く長い。

「お前の体を調べた結果だから、お前に教えてやろう」

 まるで、アルヴのようだ。


「お前は……アルヴと火星人類の混血で間違いない」


 そんなはずはない、と月野は小さく早く口走る。

 月野の祖父の耳は小さい方であった。まるで、自分で自分を散髪してしまった無精者のように、長い耳をナイフで斬り落としてしまったのような角度だったので、祖父がアルヴであるはずがない。

 何よりも、祖父は月野に対して優しかったのだ。惑星を植民地扱いするアルヴの同類であるはずがない。

 孫への溺愛が過ぎたため、幼い頃の月野は、保育園にも通わせてもらえなかったぐらいだ。友達と呼べる人物がルカしかいないのは、集団生活を月野が知らないからなのだが、月野は祖父をまったく恨んではいない。

「混血? そんなはずが、あるはずないっ」

「その耳では否定できぬだろう。その耳の長さが、本来の長さである。幼児期に遺伝子治療を悪用し、耳だけでも短くしようとしたのではないか」

 幼い頃の月野は病気がちであったから、同世代の友達と遊べなかった。祖父はそう言っていたので、月野はそう信じている。

 今でも、月野は信じている。

 何かの治療薬を、苦いと思いながら服用していた。そんな苦い思い出は綺麗さっぱり忘れ去っていたが。



「火星人類の遺伝子は月の種族と子を成せる程に似通っていた。火星人類が地球人類の末裔まつえいであるのならば、これはありえぬ」

 月野の由来を、月野本人の許可無く暴いてしまった。その贖罪しょくざいではないが、ネネイレはアルヴの由来を語り始める。

「月の種族の発祥は、地球人類がデザインした人工生命だ。気に入らぬが、出自だけは偽れぬ」

 忌々しい事実にネネイレは奥歯を噛み締める。

 聞き手たる月野は、ガチガチと奥歯を震わせて話を聞いていなさそうだが。


「地球の汚染地域や、開拓が始まったばかりの月といった高事故率の場所で働く、考える労働力を地球人類は欲した。その結果、開発されたのが我等であり、我等は要求仕様通りに酷使された」

 人間とまったく同じでは倫理感に抵触する。そのため、月の種族は人間とは異なる形状でなければならない。

 アルヴの耳が長い理由は、一目で人間ではないと分かるためのしるしだった。

 長耳は目立つだけで、聴覚的な補強は一切ない。ファンタジーな意味合いなど一握もないのだ。

「カプセルで速成された者が一週間やそこらで死ぬのが当然だった。地球人類のストレス解消に、なぶり殺される事件も数多く起きた。そんなあつかいが、許されるはずがないだろう」

 人工生命に対する倫理処置は、かなり徹底されていた。

 一部の趣向を持つ変態がセクサな方面で用いても混血が誕生しないように遺伝子が調整されているのも、強い倫理感によるものである。

「だから、我等は地球人類を駆逐した。お前にも月の種族の血が流れているのであれば、共感できるのではないか?」


「……ぼくの体に、何をしたんだ」

「学者に診させたと言っただろ。火星人類の発祥という謎を解くため、お前の体で試験した。結果、見事にお前は月の種族へと先祖帰りを果たした。成功したのだから不調はなく、むしろ、調子が良いぐらいではないか?」

「酷いッ、なんて事をッ」

「お前を隅々まで調べた結果、火星人類は月の種族の傍系で間違いなかった。が……、あの魔族反応を見せた石鎧といい、解析不能の装甲材といい、容疑がすべて晴れた訳ではない。何より、火星人類はエトロエを殺害した。決して許されると思うな」

「せっかく、紙屋君が気持ちが通じそうだったのに。こんな耳のぼくで……もう無理じゃないかッ」

 実感の伴わない身体の変化に、月野はひたすらに混乱しながら怒る。

 惑星人類の敵対種族のアルヴ。その一味の血を引いているという事実は、親しい人達の間に大きな軋轢あつれきを生じるだろう。表面上はつくろってくれるかもしれないが、月野はきっと、皆の心遣いに目聡めざとく気付く。

「どうして……くれるんだ……ぼくは、あの女に、勝てないのに」

 九郎の真の想い人に、月野は勝った訳でない。ヒステリックに失点をゼロに抑えている間に、向こうが勝手に自爆した。だから、九郎が月野を選ぶ気になったのだと自覚している。

 長耳という失点を得た月野は泣き始めたが、ネネイレは月野の感情など最初から無視している。

「体の調査が終わって用済みのお前だが、まだ利用させてもらおう」

 拒否すれば、真空宇宙に放って火星に返す。月野に人権があると思っていないネネイレはこう忠告する。

「石鎧なる機動兵器にエトロエは殺された。今後、敵になるにしろ、魔族に対する捨石にするにしろ、性能を把握しておく必要がある兵器だ。お前が開発者であるとも聞いている。そう難しくない仕事になるだろう」


 投影映像の中身が切り替わる。スポットライトに照らされている中央以外は暗い映像だ。

 明るい中央には、一機の石鎧が直立していた。

 石鎧の種類は賢兎ワイズ・ラビット。ただし、二年前に製造したプロトタイプではない。

 本物の月野製石鎧を欲した親衛隊の受注品だろう。標準化された脚部のRunner《走行》オプションや頭部形状の微妙な差異から、月野はそう断定した。


「アレを、我等でも使えるように改造しろ。アレの正体を探りたい」


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