7-20 混戦と爆煙の先に失うものは何か
『パパ……パパァっ?!』
『瑞穂をパパは叱らなけれなりません。パパに断りなく勝手に結婚してしまって、許しませんからね!』
『パ……父上? 父上?? ……父上を騙る闘兎! 破壊してやる』
『正真正銘、パパだ! その脚技を伝授したのは、偉大なる父だぞ!』
アキレウスの前蹴上げに対して、闘兎も前蹴上げで対応する。アキレウスが動き始めてから闘兎は動いたが、脚が交差したのは二機の中間地点だった。つまり、技の速度で闘兎はアキレウスを上回っている。
そして、脚の鍔迫り合いを制したのも闘兎だ。
技の精度が違う。威力が違う。
運動性重視のアキレウスの脚は細いが、脚技を多用する瑞穂に脚部は強化されているに違いない。それを、型落ちの石鎧で競り勝つ事は通常ありえないが、石鎧と同化して七年目の曽我隊長ならば話はまったく異なる。
『嘘だッ! 父上は死んだ』
『魔族との戦いで、九郎君と同じ体質になってしまった。このような体で、受け入れられるとは思っていなかったのだ。……パパだって寂しかったんだぞ。瑞穂ぉ』
脳から手へ、操縦桿からAIへ。この工程は人間の装着者である限り絶対に省略できない。
だが、石鎧との同化者は神経の命令が直接マニュピレーターを稼働させる。秒の数分の一だけ、石鎧が早く動かせる。
俺はまだ人間だった頃の違和感が消えていないが、隊長の体裁き完璧だった。
『生きていたのなら、連絡くらいできたはずなのにっ。今更現れて、何が父上か!』
『すまない。父として失格だ。――が、瑞穂よ。父が駄目というのなら、今の瑞穂は何だという。幼馴染の気を引くために、嫌がらせをするような子ではなかっただろうに』
……ん、瑞穂は前からそんな感じだったような。隊長。
『見本となる親がいなくなったからだろうにッ』
「母さんを悪く言うとは、なんて娘だ!」
『父上の事だッ!!』
石鎧を用いた傍迷惑な親娘喧嘩を開始する二機。俺も当然のように巻き込まれて、戦闘狂の英児も参戦しないはずがない。
俺とは近接戦闘を楽しんでいた英児だが、隊長に対してはアサルトライフルを用いる。
『瑞穂の父!? 面白そうな相手だが、今は九郎と戦いたい。邪魔するなよ』
『馬の骨にパパと呼ばれる筋合いはないわッ! 爵位権限『不動なる飛矢』発動!』
アサルトライフルのバースト射撃が空中で静止する。先の尖った弾が三つ、火薬の爆発で加速していたはずなのに、指で掴まれたかのように闘兎に届く前に止った。
英児はフルオートに変えて射撃を続けるが、無駄だ。
隊長が討伐した男爵級から受け継いだ爵位権限『不動なる飛矢』は、飛翔体の動きを封じる能力を持つ。飛んでいる物ならナイフもアンカーも対象となる。ただし、手に持つ近接武器に対しては効力を発揮しない。
よって、隊長と戦う敵は格闘距離での戦いを強いられる。
『瑞穂共々、矯正してくれるわ。若造、来いッ』
『魔族の力か。ハッ、近接オンリー上等だ』
『家族の間に入ってくるな、退けッ』
「……あの、生物学的にも戸籍的にも、俺だけ家族ではないはず……ああ、聞いちゃいないっ!」
隊長の参戦により乱戦模様はより酷くなったが、とりあえず、隊長と背中合わせになってアキレウスの猛攻を耐える。
潜在的な力量は英児と瑞穂のペアに軍配が上がるが、現状は英児VS瑞穂VS隊長プラス俺に近い。俺と隊長は魔族との死闘を生き抜いた経験があり、年単位のブランクはあるがコンビネーションは上々だ。
英児機が突き出した短剣を避けるために隊長に背中を預けたまま立ち位置を入れ替える。鼻先をかすめて行く短剣を見送りながら、視界に入り込んだ瑞穂機へと貫手を繰り出す。英児機へは隊長がハンドガンで銃撃を加えて牽制。
瑞穂機が俺の手を避けている間に、更に立ち位置を入れ替えて隊長と戦う相手を交代する。
隊長の回転脚が瑞穂機の腕を打ち、俺は瑞穂機が落とした短剣を握って英児機へと斬り付けた。
「隊長、ここで戦っていても意味がありません。月野が目標にされているんです」
『闘兎試験評価中隊全員で救援に向かっている。鷹矢王子も親衛隊を率いて参戦しておられる』
「皆と鷹矢王子ですか。それなら安心ですね」
トレーラーの方が無事という訳か。なら、後は目前のアキレウスを倒せれば……難しいな。隊長とのツーマンセルでも英児を倒せる未来が想像できない。
だが、月野が無事なのならば、たとえこの場で破壊されようとも俺という男にも意味があったのだと思える。きっとそうだ。
『九郎君。こんな時で難なのだが……娘を、瑞穂を救ってくれないか。ずっと君に恋していたはずなのに、天邪鬼な態度しか取れない不器用な娘なのだ。己よりも強い男を夫とすべし、などという建前がなければ、君と接する事ができない弱い子なのだ』
「……知っています」
『ではっ!』
月野を救い、瑞穂に断罪される。それも悪くないな――。
「…………すいません。俺もう好きな子がいます。それにきっと、俺と瑞穂は結ばれない運命にある男女なんだと――」
『――よくも、月の種族を侮ってくれた! 火星派遣軍序列一位、ネネイレが命じる。ヴォルペンティンガー四号機から百号機、この空域に動くすべてを殲滅しろッ!』
ふと、空の高みから女の拡声が落ちてきた。
声の方向を見上げてみる。
そこには大気圏を突入し、雲を突き抜けて強襲を仕掛けてくる百体の石鎧が見受けられた。斥力場発生装置を有する攻撃機の編隊が、次々と攻撃機能を起動する。
『――いや、そこの娘だけは例外にしてくれよう。エトロエを失った代償にもならんが、奴に命じた事を成し遂げてやらねば報われぬ。アンテロープ隊、総勢千機、斥力場で戦場を囲め!』
更に千機の石鎧が降下してくる。円形に並んで下りてくる量産型は、高価な壁として機能し、戦場全体を斥力場で覆い尽くす。
空がきらめき、光芒の巨剣が次々と大地を突き刺し始める。
数多の熱線が大地を蒸気とガラスに置換していく。
これこそが、アルヴの本来の戦闘教理。ちまちまと対人戦を行うのは、アルヴの流儀に反していたのだ。
状況の急転についていけずにいると、突如、トレーラーの方角から爆煙が高く昇る。
黒い煙の中から現れたのは片羽のヴォルペンティンガーであり、胸に何か柔らかい物体を抱えていた。
三対のカメラレンズと環境センサーで捕捉する。最大望遠の画像をAIでデジタル解析する。
ヴォルペンティンガーにさらわれるのは間違いなく月野だ。月野は裸眼で、祖父の形見だという眼鏡を落としてしまったのか。
絶対に気のせいなのだが、最後に月野の目線と俺の目線が交差した。
目尻に涙を溜めている月野は、きっと、俺の名前を叫んでいたに違いない。
「――紙屋君ッ!!」
アルヴによる本格的な爆撃が開始され、以降、月野の姿は見えなくなった。




