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キカイな物語  作者: クンスト
プロローグ
8/106

2-3 転・契約活動

 無人機ドローンの暴走事故から数日経過していた。

 軍学校の弱みを握った月野は精力的に営業活動を続けたが、月野製作所復活の目処めどは立っていない。

「まかさ……五十人と面接して、全員に断られるなんて」

 月野は、赤の他人との慣れぬ交渉でストレスを溜めていた。肌のつやが減ってしまい、鼻から眼鏡がずり落ちそうになる回数が増えている。型の古い眼鏡が重い所為もある。

「良いんだから。あんな失礼なやから共、こっちからお断りだし」

 評判が地に落ちた瀕死の月野製作所を蘇らせる。そんな夢物語を実現するために月野は苦労し続けている。

 いや、夢という程に非現実的な方法ではない。実力さえあれば達成可能なので、月野だけは勝算ありと見ている。

 舞台はここ、軍学校で行われる予科生の卒業試験。

 手法は単純、月野製の新型石鎧に乗った予科生がトーナメントを勝ち抜き、御前試合で勝利する事。

 実に簡単な道筋だ。

 ……問題がない訳もなかったが。

「ワイズは馬鹿でも乗りこなせる親切設計だけど、馬鹿に着させようとは思わない」

 まだ、石鎧を装着してくれる予科生をまだスカウトできていない。これは大きな問題だ。

 予科生達にとって、最終卒業試験とはその後の人生を決定付ける大事なターニングポイントだ。実戦に近い形式で行われるトーナメント戦の勝敗は、直接、装着者の評価に繋がる。

 試験では学校が用意する演習機も使用可能だが、型落ちの演習機は貧弱だ。

 よって、予科生は企業から質の良い石鎧を借り入れて卒業試験を戦い抜くのが鉄則となる。企業とのコネクションを確立する能力も合わせて、試験という事なのだろう。予科生全員分の石鎧を用意できない学校側のふところ事情も大いに関係しているが。

 卒業を目前に、予科生は様々なメーカーと顔を合わせて、条件が良ければ専属契約をむすぶ。ただし、契約は早い者の順の純然なる競争なので、選り好みしていては他の予科生に先を越されてしまう。

 若い予科生にはまだ未来を見通す目もない。大抵は無難な石鎧で握手を交わす。

 だから通常、五十人と面接すれば必ず一人とは契約できるはずだった。月野の態度に問題がないのであれば、異常事態だ。

「外見で人を判断するのが、ここの予科の教育か」

 月野の外見は、縁の黒い眼鏡と紺のタイトスーツで構成されている。にわか営業部長としては決して間違っていない選択である。

 人目を引く、黄色い髪は地毛なので、これも間違っている訳ではない。身体的特徴を逐一指摘し、理由にしなければ契約を断れない予科生共が悪いのだ。

 月野の髪は、確かにこの国では珍しい。黒髪ばかりの人間の中で、たった一人だけの黄色い髪。しかし、髪の色から即敵対国のスパイが連想されるとは、ハイテクの塊たる石鎧を着る若い予科生の想像力は富んでいる。

 分厚い眼鏡レンズの裏側で、月野の両目は細められる。

 最初に面接した相手、曽我瑞穂そがみずほは月野的に嫌な女にカテゴライズされるが、それでもマシであった事実に月野は落胆したのである。瑞穂は月野の外見に関して、一切否定的な言葉を発しなかった。

「……私の外見はどうであれ、月野の汚名が全部悪いのでしょうけど」

 月野のストレス要因は、装着者たる予科生を確保できない問題だけではない。

 社運を掛けた新型石鎧、製品名“賢兎ワイズ・ラビット”の開発がまだ終っていない。

 卒業試験は石鎧を提供する企業にとっても一大イベントだ。

 昨年の卒業試験で優勝をもたらした石鎧が、偉い人の目に留まり、鶴の一声で親衛隊の装備として採用されてしまった。優れた石鎧ではあった事は確かだが、異例の発注にメーカーは大いにうるおったという。

 そういった理由で、今年の卒業試験では、企業間の競争が激化している。

 月野製作所も勝利を望む一社であるが、肝心の新型石鎧は未完成だ。一ヶ月後のトーナメントには間に合わせる予定だが、まずその予定とやらを計画する必要がある。

 流石に、昨日の一歩動くごとに異常停止してしまう醜態しゅうたいを恥じて、二足歩行ぐらいはできるようにしてはいる。カラフルに着色された装甲板も、月野が雑巾でみがき上げた。

「…………前途多難だ」

 スカウトマンとしての月野は、卒業試験を勝ち抜ける石鎧を用意しなければならない。

 技術屋としての月野は、希望の石鎧を完成させなければならない。

 寝不足で行き倒れて、次起きた時には二人に分裂してくれてはないだろうか。本気でそう思いながら、月野は五十一番目に有望な予科生を探し始めた。




 黄色い髪の妖怪が、欠陥石鎧の契約を結ばせようと徘徊はいかいしている。

 予科生の間で、卒業試験の陰鬱が元ネタと思しきうわさが出回り始めた週末、月野は百人斬りを達成した。

 全敗だった。卒業試験を戦う前から負け続きである。己が手がける石鎧に絶対の自信を持っていた月野であるが、精神的に磨耗し、焦りを覚える時期に突入していた。

「ぼくのワイズは駄目な子のはずは、ない。装着もしないで言いたい事ばかり言って」

 ストレスで独り言が多くなっているとさえ、月野は自覚していない。

「そう、一度着てみてくれたなら、きっと病み付きになってくれる。クッションが装着者に合わせて変形するから、着たまま生活する事だって――」

 月野は既に成績上位者との契約を諦めている。予科生なら誰でも良いから、早く契約して楽になりたい気持ちで一杯だ。

 営業なんてツマらない仕事に時間を割いていないで、油と鉄くず塗れになって石鎧を仕上げたい。


「――んん? 一度、着て??」


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