7-16 ヴォルペンティンガー猛撃
『この破廉恥な偽耳は私が一分で細切れにするッ! それまでにエトロエ、イルルットはトレーラーから参考人を捕らえて来い』
ネネイレのヴォルペンティンガーは戦闘体勢に入る。
腰の左右から突き出る羽のような機関を水平に伸ばすと、地面から五十センチほど浮かび上がる。羽の関節部に付けられた水晶のような部位が、水色に輝いていた。
黙って見過ごしていると危険に感じられたので、装備していたアサルトライフルをフルオートで射撃する。弾はすべてネネイレ機の前方で跳弾して一発も届かない。
「あの羽は斥力場発生装置って奴か! ご使命が入ったから俺が一機担当する。ルカは後方部隊と合流して二機の相手をしてくれ。絶対にトレーラーに近づかせるな」
『……紙屋様』
「どうした、何か作戦か?」
『機械になっても呆けてばかりかと思っていましたが、月野の事を考えていてくれたのですわね。てっきり、月野に甘えてばかりの見下されるべき男かとばかり思っていましたが、見直しました』
「俺を何だと思っている!」
言いたい事を言ってルカは後退していった。戦意が鈍るので止めて欲しい。
『余所見をするなッ、偽耳!』
恥ずかしくて六つのカメラレンズを緩く発光させている内に、ネネイレ機が突撃して来ていた。前面に斥力場を展開したまま、ブースト加速したかのような速度で空中を進んでいる。
銀杭を使うヴォルペンティンガーとはまったく異なる戦法を、ネネイレ機は用いる。攻防一体の突撃が得意技という訳か。
「たく、全然貫通しない」
空中を滑るように進むネネイレ機の進路を計算し、十分に引きつけてから横に避ける。
避けながらネネイレ機側面に向けて鉄鋼弾を撃ち込んでみたのだが、効果はなかった。冷静に分析しているが、非常識なバリアである。
ネネイレ機は円錐状に広がる斥力場の中央に存在し、後方にも不可視の力が噴射されている。本体を狙える隙間は存在しない。
茶色い砂漠を大きく迂回して砂埃を巻き上げながら、ネネイレ機は再接近する。先程よりも速度が増しており、回避の瞬間に頭部の傍を暴風が駆け抜けていった。
賢兎の敏捷性が、ヴォルペンティンガーの突進力に敗北するのは時間の問題だろう。
手投げ式のグレネードを投げ付けてみるが、爆煙の内側から平気なバイザー顔が現れる。爆発の直撃でさえ、進路を変更できなかった。手持ちの最大火力だったのだが。
『……次……で、おわ……り!』
通信音声にノイズが混じり、ネネイレ機の周囲の斥力場は圧力を増す。大気だけでなく光さえも屈折し始めて、耳と羽のある機体が曲がって見える。
同時に移動速度は更に上昇し、コーナリングを終えた後は亜音速を突破した。空気抵抗を斥力場で相殺して無限加速を続けるネネイレ機は、進路上に再び俺を捕らえる。
動きが速過ぎて、横っ飛びで逃れられる確率は低い。
回避が間に合わないからといって、防御するのも馬鹿らしい。ネネイレ機は地上の隕石だ。少しでも触れれば、石鎧すら粉々に砕け散る。
攻撃は、先程から続けているがまったく有効な手段では――。
「ハッキング成功ッ! 不正スクリプト注入、論理攻撃!」
――いや、たった今、ネネイレ機のデータリングに対して成りすまし接続が完了した。
戦闘が始まる前からずっと液体コンピューターの解析能力を駆使して総当り攻撃を続けていたのだが、ようやく、電子的な一撃を加える事に成功する。
管理者権限を奪い、機能停止に追い込める程の暇はなかった。が、演算装置の負荷を高めて機能不全に追い込む。見た目で言えば、地面と平行するように伸ばされていた羽が、S字に折れ曲がっていく。
機体バランスを損なったヴォルペンティンガーは、自ら衝突コースから外れた。
錐揉み回転しながら高度を下げて、地面に衝突。砂地を掘り下げて岩盤で弾かれた後、近場にあった縦長の岩に突っ込んでなお、岩を砕いて向こう側に消えていく。
「物理攻撃だけが手段ではない! ……まあ、こんな古い手、惑星ではもう通用しないが」
惑星は伊達に、石鎧なんて現代兵器で戦争を続けてはいない。電子機器を搭載していれば、電子戦が発生する。
ここ数年は攻撃手段も防御手段も高度化しているため、敵の制御系に直接的な影響を及ぼす程に戦果を得るのは難しい。ただ、アルヴに対して電子攻撃がかなり有効であるという情報は、昨日の内にルカが掴んでいた。
『アァッ! な、何をしたッ、偽耳!!』
「不時着したなら、壊れていろよ!」
暴走する斥力場発生装置は停止せず、ヴォルペンティンガーは百メートル先の地面に埋まっている。斥力場は消えていないため動けないようである。
その斥力場に守られているからハードランディングした癖に損傷箇所は見当たらない。
倒れている敵であろうと問答無用で銃撃する。だが、斥力場の健在を示すように弾は見えない壁に阻まれた。やはり貫通は不可能なのか。
邪魔な斥力場を解除しようとハッキングを再開するが、通信機能も不調に陥っているのか接続できなかった。
こうなれば、我慢比べだ。
斥力場発生装置が熱暴走するか、ライフル弾切れになるか、試してやる。
『小癪な火星人がァッ!!』
ヴォルペンティンガーの羽の関節部に埋め込まれた水晶体が、激しく発光している。限界はそう遠くない。
ヴォルペンティンガー一号機が単機で賢兎に挑んだのは、一騎打ちを望んだからではない。一号機の攻防一体の攻撃は、僚機がいると発動できないからだ。
斥力場を発生させての突進中は、光を屈折させる程に空間を歪めてしまう。それだけ防御力が強いという証明であるが、メリットばかりではない。外側から見て機体の像が歪んで見えるという事は、内側から見た光景も歪んでいるという事になる。
要するに、度の強い眼鏡をかけて戦っている状態になるのだ。耳型の環境センサーを持ってしても得られる情報量は大幅に減少する。
近くに味方がいると敵と誤認して同士討ちしかねない。戦力比百倍の魔族と戦う際には、単機突撃する戦法を取っているので、一号機の設計的弱点は見逃されていた。
よって、ネネイレは単独での戦闘を選んだ。
そして、残りのヴォルペンティンガー二号機と三号機は、月野海のいるトレーラーを制圧するために進軍していた。
『明野様ッ。接近戦は危険です』
『アルヴの癖に近づいてくれた、っていうのに! ああ、杭が煩わしいッ』
肩が朱色の石兎に対して、逆関節の脚を持つヴォルペンティンガーが一気に近づく。二号機が明野機へ襲いかかろうとしている。
脚長の二号機は、明野機を見下ろしている。腿に該当する部位からスパイクを飛び出し、胴体を突き刺そうとした。
後退する事で串刺しを逃れた明野機へと、上方から二本の銀杭が迫る。
明野機が長刀を振って斬り払っている間に、二号機も腕を振る。
二号機の腕は手首から先が存在せず、刃物も存在しない。振ったところで斬れる物は何もないように思われたが――。
「斥力場収束。ソード」
――二号機の凹端子形状の腕から光が伸び出る。
光の切っ先は、明野機の頭部を凪いだ。
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“石鎧名称:ヴォルペンティンガー二号機
製造元:月の種族
スペック:
身長三メートル。月の種族の司令官機。
銀色の長耳、銀色の機体色。赤いバイザーが月の種族の石鎧の特徴である。
ヴォルペンティンガーは装着者の好みによりオプションを装着できるが、二号機は月の種族にしては珍しく、接近戦をこなせる仕様になっている。
逆関節の長脚のみで身長の半分以上となる。電磁筋肉ではなく、限定展開した斥力場により運動性を得る脚である。
兵装は脚部のスパイク。
そして、凹端子形状の両腕、斥力場収束方式のレーザー・ソードである。大気圏内で使用した場合、超高温により大気中の元素が燃えてプラズマ化するため、プラズマ・ソードとも呼称される。
レーザー・ソードの射程は一センチから一キロ。最大出力形態をブラスティング・ソードと俗に言い、視界全体をなで斬りにできるのは爽快。貴族級魔族でさえ、プラズマに焼かれて消滅してしまう威力である。
ヴォルペンティンガーらしい広域殲滅兵器であるが、最大出力で使用すると腕の交換が必要となる”
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