7-15 アルヴは恋をするのか
上空にアルヴの輸送機が現れたのは、夜が明けてから一時間ほど経過した朝だった。
水分ではなく、塵と氷によって生じた霧のような雲の合間から、円盤胴体の輸送機が姿を見せたのだ。濃度の薄い雲に、僅かに銀色に光る人工物が確認され、トレーラーは臨戦態勢に移行する。
空からの襲撃にまったく慣れていない俺達は容易に敵襲を許してしまった訳であるが、アルヴが奇襲を仕掛けて来なかったので大被害を出さずに済む。
アルヴ輸送機は、こちらの攻撃が届かない上空で胴体中央のハッチを解放し、三つの異なった影を投下する。
アルヴの固有技術である斥力場発生装置で重力を相殺しているのだろう。三つの影の降下速度は、ゆったりとしている。季節風に煽られているようにも見えない。
「敵はたった三機だけ……? 考えていた作戦とは少し異なるが、どうする、ルカ?」
『お話が望みなのかもしれません。私と紙屋様だけで先行し、様子を見ましょう。銀杭を打ち出すヴォルペンティンガーが動き出した時はお願いしますね、クロエ様』
『おっけーっ!』
名実ともに部隊長となっているルカの判断に俺は従うが、明野らしき石兎が異議を唱える。
『部隊長のルカが出る事はない。私が前に出る』
『慣れない機体でなければお任せしていましたが、明野様には防衛指揮をお願いします』
前回の戦闘で被弾していた赤備は修理不能だ。
仕方がなく、明野はクロエが運んできた石兎の輸出型を借用している。申し訳程度に肩の部分が朱色に塗られて長刀を装備しているが、性能は石兎そのものだ。明野自身も石兎に慣れているとは言い難い。
明野機はトレーラー防衛に専念するため、その場に留まる。
高機動モードに変形したルカ機は既に走り出していたので、俺も地面擦れ擦れの跳躍走行を開始した。
アルヴが降り立ったのはトレーラーの進行方向、およそ二百メートル先の砂漠地帯である。
重量をまったく感じさせない着地は緩やかで、三機は砂煙をほとんど起さずに茶色の砂漠に降り立つ。
『私は月の種族、派遣軍序列一位、ネネイレである。お前達が重要参考人、月野海を有している部隊で間違いないな?』
広域通信で行われた問いかけには、音声だけではなく映像も添付されていた。
通話主は、アルヴの特徴である横に伸びた耳と、耳の存在を前提に整えられたかのような黄金比の顔を持つ女のようだ。
アルヴとしての特徴を語るにはそれだけでも十分であったが……ネネイレという女の髪と目の色は、月野と同じ黄色だった。
月野の祖父がアルヴであった可能性は、未だに不明確なままである。が、トレーラーの内部にいる月野は、映像を見て息を呑んでいるに違いない。
『どうした、返事ぐらいしてみせろ』
序列一位という偉そうな立場にいるネネイレ。大将が本当に目前にいるのかは分からないが、通信電波は中央の機体から発せられている。
「昨日の太いヴォルペンティンガーも見えるが、ネネイレは真ん中の奴か」
斜め下にいたルカ機が変形を解き、アルヴの中央の機体と向き合う。
『月の方々、わたくしは内縁軍南部方面軍特機部隊、斎藤遥でございます。貴女方は部隊の進路を妨害しております。重大な作戦妨害にあたるため、速やかなるお引取りをお願いいたしますわ』
『白々しい事を言うな。我々はお前達との交戦を躊躇しない』
現れた三機は規格統一がされておらず、形が不揃いである。
昨日戦った銀杭の投射装置満載のヴォルペンティンガーの姿も確認できるが、ネネイレの後方に控えている。直接戦闘する機体ではないので適切な布陣だと思うが、ネネイレの従者に徹しているだけかもしれない。
「ネネイレ機と、もう一機の細い奴。月野、データはないのか?」
『――ありました。三機すべての識別コードが、ヴォルペンティンガーになっています』
「えっ? 外見全然違うのに、同じ機体なのか??」
『ぼくに聞かれても……。でも、基礎フレームが似ているから、オプション装備の違いなのかも』
月野の指摘通り、三機のヴォルペンティンガーは頭と円柱な胸部のみを見比べれば良く似ている。
中央のネネイレ機は惑星の石鎧に一番酷似しているが、腰に骨だけ残った蝙蝠の羽のような機関が生えている。関節の多い装置なので良く動きそうだが、直接相手を突き刺す武器ではないだろう。
ネネイレの左側には、逆関節の長脚を持つ機体が控えている。腕もいちおう付いているが、マニュピレーターは備わっていない。
ネネイレの右側には、最も見慣れた武装コンテナの集合体のような太い機体。自律飛行する銀杭を無数に搭載するコイツを放置しては、自由な戦闘は行えない。
『話にならなんな。我等に反抗して、何の徳がある。火星人類が生存していくためには、月の種族の手を取り、魔族に立ち向かうしかないのだぞ』
トーンを強めたネネイレの声が通信機越しに響く。ルカとネネイレの交渉は決裂しつつあった。
『植民地として隷従しろ。貴女方はそう言っているのですわ』
『我々が優れているのだ。魁たる我等に資源を集中させる事が、最良の選択であると分からぬのか。残り数十年の内に自活できなくなる劣等種族に、どれだけの説得性があるという。平等を語りたければ我等より優れてからにしろ』
『プライドを捨てた家畜に未来などあるものですか。わたくし達は人間として、この瞬間を生きているのです。当方に戦争の用意あり、ですわ!』
女同士、言いたい事を言い合っている。正直、居たたまれない。
隣にいるのに第三者になってしまった立場でいると、ネネイレ機のバイザー顔が俺に向けられた。
『そこのデッドコピー。お前はどう思っているのだ!』
「お、俺?」
『偽者であっても我等と同じ長耳を持つ者であるのなら、遠い未来を含めて物事を考えられるはずだ!』
なかなか物凄い持ち上げ方をされてしまった。外見だけで判断されても困るのだが、中身のない俺を語るには外見ぐらいしかないとも言える。
アルヴと魔族を天秤に掛ける蝙蝠作戦に担う者としては、ネネイレの言葉をそのまま否定してしまえば良いと思われる。が、実のところ、俺にはアルヴを非難できるだけの材料がない。
政治に疎いというのもあるが、アルヴに限って言えばタイミングの問題が大きい。仮に、魔族よりもアルヴが五年早く到来していれば、アルヴの支配もやむなしと考えていただろう。
「……そうだな、タイミングだったんだよな。だったら、今回は間違えられないか」
『はっきり言え、偽耳!』
だから、俺はグローバルな次元でのアルヴの否定を諦めていた。
「なぁ、アルヴって恋ができる種族なのか?」
『――は? 恋だと??』
『――ん? また紙屋様は壊れました?』
『――な! 何言っているの。紙屋君!?』
冷たい反応が多くて言った傍から後悔してしまったが、話を続ける。
「最近、変な夢ばかり見ていて考えさせられる機会が多い。何かの暗示にしては鮮明というか露骨で、避けるのは難しい」
奈国がアルヴと戦う理由はないかもしれないが、俺がアルヴと戦う理由はきちんと存在する。
俺を二年間ずっと待ち続けていてくれた髪の黄色いあの子に対して、俺は責任を果たさなければならない。彼女から憎からず思われている、と思う。思われていないと辛い、と俺は感じる。
俺は幼馴染に恋していたが、もう二年前の話になってしまった。彼女からも憎からず思われていたという自負はあったのだが、完全にタイミングを逸してしまった。
両想いでも恋仲になれないのだから、この世界は難度が高い。
二度目の失敗をしないためにも、俺はアルヴから黄色い髪のあの子を守り通す必要があるだろう。
『世迷い事を言うなッ』
「そうだ。今更迷うのは不誠実だから、はっきり伝えようとは思っている。けれど、色々あり過ぎてまだ何も伝えていない。それなのに、お前達は月の種族だから、最悪、地球の傍まで連れて行かれるかもしれない。……惑星間の恋になるのは辛いと思わないか?」
『惑星間の存続について話している時に、感情の話をするなッ!』
ネネイレ機が腰の羽を円形に変化させて、俺を威嚇する。
「恋が進めば、愛になる。分かり易い究極の形は、子供か。アルヴだって子供を産むだろ?」
『汚らわしいッ、汚らわしいぞ! 安定性に欠ける内臓を使って次世代種を作成するなど、倫理に反する。これだから地方惑星の劣等種族は!』
「そうか。アルヴは恋が分からないのか」
『恋などという人間的感情を、我等が持つものかッ!!』
俺が戦う理由を理解できないのであれば、アサルトライフルの銃口を向けるしかないだろう。
こうして、アルヴとの戦端は開かれる。




