表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キカイな物語  作者: クンスト
5章 火星に集う者。集う仲間。
77/106

7-14 混戦の予感

 奈国東部での戦闘は一区切りが付く。付いたかどうか分からないが、少なくとも戦闘は終わった。

 だが、アルヴの一部は離脱に成功しており、奈国の外縁軍にも捕捉されてしまっている。危険な状況は変わらない。

 戦闘中、援護に駆けつけてくれたクロエ・エミールのアメリア軍……もとい、所属不明の義勇部隊のトレーラーと合流した俺達は、合計二台となった。今は奈国北東に進路を変更して逃走している。

 戦闘による損害は少なくない。ルカの部隊は戦力が半減してしまっている。

 ただし、成果はある。アルヴという難題に対する一つの光明のようなものが見えたのが、今回の戦いであった。


「はっきり言いましょう。アルヴはあまり強くありませんでしたわ」


 酷く嘲笑ちょうしょう的な感想を、ルカはブリーフィングルームに集まった面々に向けて語る。

 現在の時刻はドーム外時間で午後十時。ひとまず、安全圏まで逃れたという事で二台のトレーラーは身を寄せ合って岩陰に停車している。風化した大地にも、まだまだ隆起した台地は多い。

 この大休憩の間を使い、ルカの方のトレーラーにあるブリーフィングルームに主要メンバーを集めている。今日の戦闘について考察と今後の戦闘方針、新しい協力者の顔合わせを行う事になったのだ。

 その初っ端に、アルヴの戦力についてルカは体験者として意見を語った。

「いや、ルカ。明野先輩の赤備あかぞなは再起不能にされたから、強くない訳ではないだろう」

「何っ、赤備は直せないのか! そうなのか、月野!」

「申し訳ありません、明野さん。損耗したパーツの予備がないので無理です」

「正確には、想像よりも弱いというべきですわね。見えない壁には悩まされましたが、アルヴの石鎧は近接装備を持っていません。攻撃装備らしきものはありましたが……酷く非力でしたわ」

「回収できた機体をクロエに貰える。本国……家族へのお土産で一体頂戴」

「捕虜は面倒でしたので放置しましたが、まぁ、外縁軍あたりがビーコン信号を受信しているでしょう」

 アルヴの主戦力三十機と戦ったルカ部隊の戦果は、戦闘不能十三、大破八、中破九とアルヴにとって壊滅的なものであった。

 石兎M2型は見えない壁の突破口を見つけるまでは苦戦したようだが、環境センサーで得られた画像をデジタル補正し、見えない壁の範囲を確認してからは圧勝であったらしい。大型クローと尻尾で近接格闘を行う石兎M2型に成す術がなく、アルヴはきざまれてしまったのか。

「近接戦闘もそうですが、一番有効だったのはウィルスでしたわ。接触感染でなくても、高周波数での空気汚染でも効果がありました」

 映画に登場する宇宙人は病原菌に敗れたり、母艦のコンピューター・ウィルス汚染で一斉墜落したりするものだが、アルヴにも当てはまるようだ。

 魔族は電子攻撃を仕掛けてこないから、その方面の防御が抜けていても言い訳は立つが、俺達からの視点では実にもろい。

「アルヴの基本陣形は、三位一体になって全方位に見えない壁を隙間なく形成するものですわ。倒す時は上からグレネードを放り込むか、地面に尾を潜らせて壁を迂回うかいさせてください」

「グレネードはともかく、尾なんてルカの部隊ぐらいしか標準装備されていない」

 ルカの体感を聞いた後は、鹵獲ろかくしたアルヴ製石鎧の報告結果である。

 担当は石鎧に関してスペシャリスト、月野海だ。補佐として、マケシス営業部長たる東郷も参加している。

「アルヴの機動兵器はOAオービタルアーマーが正式名称のようです。今回遭遇したOAはアンテロープと呼ばれ、量産機種にあたります」

 ウィルスに弱いぐらいなので、専用コンピューターのハッキングも行えたようである。規格の相違により苦労するかと思われたが、月野いわく賢兎ワイズ・ラビットの液体コンピューターよりは素直なのだそうだ。

「主兵装は左肩部内蔵のレーザー砲一門。見えない壁を発生させる斥力場発生装置を利用した、一時的広域展開による吹き飛ばし。以上です」

「れ、レーザー? どうしてアルヴは、そんな……弱い武器使っているんだ?」

「石鎧の製造でも、いちおう使われていますから出力さえ足りれば武器転用可能です。アンテロープは完全に出力不足ですけど」

 アルヴとドーム世界では常識が異なるらしい。もしかすると、魔族に対してレーザー兵器は特効があるのかもしれない。

「斥力場発生装置については、完全に未知の装置です。原理を解明するためには、まず新たな量子的分野の確立が必要となるでしょう」

「まぁ、科学の発展を待っていられませんので機能について説明いたしますと、斥力場発生装置を中心に最大で五メートル圏内に場を発生させます。最硬度で斥力場を生成した場合、SAのアサルトライフルでの突破はできません。おそらく、SAの手持ちの武装では貫通不可能でしょう」

 月野の言葉を東郷が引き継ぐ。移動するトレーラーの内部で可能な事はすべて試したようで、検証結果を報告してくれる。

 原理不明の技術、斥力場なる防御壁の硬度は距離に比例する。展開範囲が広ければ広い程に、発生装置から離れれば離れる程に、防御力は劣化していく。広範囲展開であれば石鎧の主兵装であるアサルトライフルの掃射で貫通できそうであるが、最小範囲にしぼった場合は三〇〇ミリの鋼鉄を超える硬度を持つという。

 反則気味なバリアであるが、持続的に使用するとオーバーヒートする弱点まで月野達は暴き出してくれていた。今後のアルヴとの戦闘においては重大なポイントとなるだろう。

「――アンテロープについては以上です」

「あの銀杭を無駄に搭載した攻撃機については?」

「詳しい情報はありませんが、アンテロープとは運用概念が異なるOAであるのは間違いないです。識別コードはヴォルペンティンガーと記載がありました」

 聞き慣れないヴォルペンティンガーなる機体名。

 アルヴの造語かとも思ったが、辞書を検索した結果一件ヒットした。

 つのを有する兎のキメラの映像が、浮かび上がる。実在するはずのない空想上の珍獣がヴォルペンティンガー。正確なつづりはヴォルペルティンガーであるので、ややなまっている。

 ヴォルペンティンガーが撤退する際、ひたいに角のような器官を生やしていた。たしかに、角を有する兎のようだ。

 きっと、月野が命名者ならば妖精兎という名前になっていただろう。

「あいつだけは別格だ。正直、クロエが助けに現れなければ危なかった」

「兎さん、本当に中の人がいないのかな。後で乗せてくれる?」

「はッ、絶対駄目です! 女の人が紙屋君を着るなんて、ありえないっ」

 クロエの頼み事は拒否するつもりでいたが、月野が強く反発したので俺はあえて何も言わないでおく。あまり、月野との関係を詮索されたくない。俺自身、もっとしっかりしないと、とは思っているのだが。

 ……それに、クロエというか、アメリアが俺達の味方をする理由を聞いていない。最初に、信用できる人物であるか問う必要がある。

「クロエはどういった任務で渦中の奈国に来たんだ」

「アメリアではありません。あくまで、クロエはクロエの意志で来ています。対外的には、そうに違いありません」

「……で、そのクロエは何が目的だ?」

 アメリアの密命を受けた特殊部隊が、奈国の輸出品の石鎧で参戦する。

 大国の思惑なんてテンプレートに沿ったものだろうが、本人の口から聞かないと信用できない。

 金髪を揺らしたクロエは、一度天井を見上げてからどこまで話すか考えている。悩んでいたのは一瞬だったので、全部話す事にしたようだ。

「奈国一国を窓口に行われているアルヴとの対話を、クロエ達は危ぶんでいます。一方で、被害を恐れて静観したい気分でもいます。ですので、クロエ達はあくまで奈国の兵士としてアルヴに対抗しながら、調査を行うつもりです」

 作ったような幼さのない口調でも喋れるクロエに、驚きだ。

 アメリアは奈国を盾にしながら、アルヴの実力を調査するつもりでいる。本当に惑星を滅ぼせる程に強大な種族であれば低姿勢外交を開始するだろうし、反対であれば強い態度を取るだろう。

 また、奈国があっさりとアルヴに屈服してしまうのは実に面白くない。惑星全体に広がらない程度に戦力を消耗してくれたなら、アメリアはふところを痛める事なくアルヴに惑星の実力を示す事が可能だ。

 けれども、奈国の反アルヴ派はどうにも戦力がつたない。なので、援助はしておく必要がある。

 アメリアが関与したと知られれば制裁があるかもしれないが。なに、奈国の輸出品で参戦すれば、アルヴには見分けが付かないだろう。

 ……要約すると、こんな話だ。

「いくら元が石兎だからといって、世に公表されていない試作機まで戦線投入とは、大盤振る舞いだな」

「……グレイヴストーンは黙って着てきちゃった」

「おい!」

 祖国の意志に従順なようでいて、クロエは本心で俺達を助けに現れたようだ。キラキラした美女の癖に、義に厚い漢みたいな事を仕出かしている。ヴォルペンティンガーに対処できるのはクロエのグレイヴストーンのみなので、遠慮なく頼りにさせてもらおう。

 クロエはグレイヴストーン一機と石兎の輸出型モンキーモデル十二機の部隊で合流してくれた。

 戦闘で消耗したルカ部隊と合計して、半個中隊未満といったところか。減った分は増強されたが、まだつな渡りな戦力だ。

「ルカ。このまま当初の予定通り、参戦者を求めて国内を巡るのか?」

「アルヴが来るというのなら、倒してはくを付けるのを主目的にしても良いでしょう」

 アルヴとはきっと、もう一度戦う事になるだろう。今日のようにうまくいくとは限らないが、空を飛ぶ敵から逃れるのは難しい。

 なるようになるしかない。




 火星におけるリアルタイム通信網の構築は進んでいない。同一国内でも通話は困難である。

 ただし、衛星軌道上に火星派遣艦隊を持つアルヴは、艦隊を中継する事で地平線を超えての通信が可能である。……ヴォルペンティンガー三号機の装着者にして、派遣軍序列三位の赤毛のアルヴ、イルルットにとってはまったく面白くない事実であったが。

「だからさぁっ! あいつ等反則ばっかりして卑怯なんだよ!」

 気流が安定している高度に留まる輸送機の艦橋で、イルルットは本日の失態を上司に説明していた。

『レーザーで切断できず、シード弾でも貫通できない物理装甲。奈国から提供させていた石鎧の解析結果は出ているのか、エトロエ』

 戦場で泥試合を演じていたイルルット回収した派健軍の序列二位、ヴォルペンティンガー二号機の装着者たるエトロエはスティック形状の装置を手に取る。スティックの先端から網膜へと直接投影される報告資料を読み上げ始めた。


「……構成材不明。分子構造未知。技術仕官は金属か粘土かさえ分からぬと報告している」


 緑髪のエトロエは淡々と読み上げているが、報告を通信回線越しに報告を聞く黄色髪のアルヴ、派健軍の序列一位のネネイレは美しい顔をゆがめた。

『月の種族たる我等の科学技術を、私は過大評価していたか。それとも、地方惑星が我等より優れる点があると認めなければならないと。まったく、物理装甲など時代遅れとばかり思っていたがな』

「火星人類がドームと呼ぶ巨大構造物も、同質材と思われます」

 月と火星の戦力比は同等であってはならない。反乱する気も起さなくなる程に、アルヴは強大な力を見せ付けなければならないのだ。そうでなければ、アルヴ全体よりも人口の多い火星人類を支配する事はできない。

 しかし、イルルットに同伴していた部隊が倒された事により、火星人類が誤った認識を持つ可能性がある。

「材質は不明のままだが、性質が酷似している物が一つだけ存在する」

『言ってみろ』

「……魔族のウォール級の外郭がいかくだ」

 白兵戦であれば、火星人類でもアルヴに勝てる。これは誤った認識ではない。月野海を保護しアルヴに反旗する一部の部隊が、実戦にて証明した紛れもない事実である。

『エトロエ、ただの憶測だろうな』

「今現在も調査中であるが、結果は直にでない」

『私の許可なく、本国に通達するのを禁じるぞ。この情報だけで、本国の連中は火星を焦土にしかねない。遠征の手柄を灰にされるのはまだしい』

 白兵戦の優劣でアルヴの力量を見定める。その事自体が間違っている。

 火星全土を熱処理できるだけの核兵器を衛星軌道艦隊が所持しているという脅し文句は、決して誇張ではないからだ。序列一位のネネイレが決断すれば一分以内に、地表へと核弾頭が投射される。

 地球上にうごめく魔族は、その発祥が戦術核の絨毯爆撃であるため足止め程度の効果しかない。所詮は、前時代から存在する破壊兵器だ。

『観測されていた魔族共は、作戦通り、核機雷で火星公転軌道かららせたのだろ?』

「奴等は減速により軌道から外れた。次のランデブーまで半年かかる」

『貴重な半年だ。猶予期間の内に、火星人類を戦力化しなければ。それが火星人類のためでもある』

 しかし、核兵器は火星人類に対して十分な脅威となる。

 数でおとるアルヴが火星人類の統治を面倒に思った時点で、火星は本来の姿である無人星へと戻ってしまうだろう。

「未知の物質で出来た巨大構造体が、火星上に二百近く存在する。建造方法は火星人類さえ理解していない。……百年前のテラフォーミング初期に、十キロにおよぶ巨大な物質を惑星間で輸送する技術はない。植民者が独力で建造するだけの資源もない。ネネイレも理解しているだろう」

「やっぱり、火星人類は固有種なんだよ!」

「ネネイレ、あまり火星に入れ込むな。この惑星には不可解が多過ぎる」

 派遣軍の参謀役を務めるエトロエは忠告を促した。一方でイルルットの言葉は誰にも採用されずに聞き流されていく。

『分かっているが、直接、この黄色い目で確かめてからだ。次のアタックには私も参加しよう。ヴォルペンティンガー三機で、反乱分子を一掃する』

 参謀の言葉をアクティブに解釈したネネイレは、大将自らの出陣を決定した。

 月への火星に来訪を決めたぐらいにフットワークの軽いネネイレならば、会合の合間に戦場に向かう事など気分転換の散歩に等しい。




「――と、アルヴの奴等は、次は本気で月野達に襲い掛かるだろうさ。俺達は、じっくり戦闘映像を記録してから、最後の美味しい所をさらえば良い」

 風に削られる岩陰に潜む石鎧が、望遠カメラで二台のトレーラーの姿を目視しながら、今後の情勢を推測していた。

「部隊全体に知らせろ。今晩はもう寝ろ。事が起きるのは明日になってからだ」

 岩陰から抜け出て、石鎧は無音走行を開始する。

 偵察を終えた流線型の機体は、外縁軍仕様の赤銅色を解いて本来の白い装甲を取り戻す。頬の赤い一本線も復活していく。

 奈国外縁軍に属する最強の石鎧、アキレウス・ネオプトは明日の戦いを夢見てほくそ笑んだように見えた。

瑞穂みずほの部隊が追い付くのも丁度明日か。まったく、お前は愛されているからうらやましいぜ、九郎」

 実際に笑ったのはネオプトではなく、その内側にいる城森英児だったが。

「俺も嬉しいんだぜ。お前とは決着を付けないと常々思っていたからな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ