7-13 片鱗は角
未知の技術を有するアルヴを、俺達は必要以上に恐れていたのかもしれない。
実際、赤備は初めての戦闘だというのに、アルヴ製の石鎧の撃墜に成功している。親衛隊の明野を基準にするのは誤りかもしれないが、装着者としての技量はアルヴではなく惑星側に分がある。
そして、技術面においても決して劣っている訳ではない。
……少なくとも、奈国以外の国であればアルヴの兵器を完全に防ぎきる技術を有している。
「だ、大丈夫なのか。めちゃくちゃ被弾しているぞ」
『電磁装甲、電圧調整。消費電力はゆるやか。第一表皮も削れていない。うん、柔らかい攻撃ね!』
百の銀杭を防ぐ乱入石鎧の装着者は、弾んだ声で応答する。俺を庇って直撃を食らい続けているというのに、まったく堪えていないようだ。
グレイヴストーンなる石兎の改造機は、全身を包める特殊外装を装備している。無敵っぷりの正体はこれに違いない。
特殊外装は、マントのようであり、レインコートのようでもあり、カーテンのようでもある。亀のように首を竦めれば、頭部さえも外装の防御範囲内に収まっている。
銀杭は外装に触れた途端、刃の根に形状変化するよりも早く溶けてしまっていた。特殊外装の表面全体に掛けられた高々電圧は、異星の特殊弾頭さえも一瞬で沸点を越えさせて蒸発させていく。
「アメリアが、助けてくるなんてな」
『アメリア違う違う。クロエは、クロエだし』
「いや、どうみてもテスタメントの技術応用だしな……」
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“石鎧名称:グレイヴストーン
製造元:???
スペック:
身長二・七メートル。重装甲の試験石鎧。
耳を代表とする細部に石兎の面影があるが、元機体の部品はニ十パーセントほどしか残されていない。
どこの国が魔改造を施したのかは定かではない。奈国とアルヴの情勢に一枚噛もうとどこぞの大国が、試験機を送り込んだものと思われる。これ、石兎だから。改造していても奈国の石兎だから。
最大の特徴はオプション装備化された電磁装甲の外装である。アメリアの正式機、テスタメントの特殊装甲を小型化、省電力化するため、本試作機は作成された。防御体積を減らす事で、必要となる電力を減らす工夫が試されている。
あらゆる弾丸、近接武装を溶かす無敵装甲はオプション化されていても健在である。
ただし、あまり省電力化には成功していないので、バッテリーの増設が必要となり、結果、全体重量が石兎の三倍強になってしまっている”
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『クロエはクロエの意志で奈国に来たのです。兎さんには助けてもらった恩があったし、ルカからの協力要請は好都合だったのです』
グレイヴストーンの防御は完璧だ。集団突撃してきた百本は既に溶かし切り、周囲より飛来する追加の百本にさえ平らげようとしている。
外装は完璧にグレイヴストーンを覆っている訳ではないので、隙間を突けば石鎧本体に攻撃できるかもしれないが、装着者がそれを許さない。
複数同時に、別角度から襲い掛かる銀杭を、グレイヴストーンの装着者は立ち位置を移動して対応する。
酷く重そうなグレイヴストーンは、見かけ通りの寸胴な動きしかできないというのに、どうしてか空を飛ぶ銀杭が追随できていない。袖を振るように外装が揺れると、死角を狙う銀杭を撫でて溶かしていく。
『ウサギさんはクロエの名前を覚えていますか?』
「クロエ・エミール、覚えているさ」
二年前の卒業試験で、クロエは友好国枠で出場していた。
結局、卒業試験の三回戦で魔族に精神支配されたため石鎧同士で戦う事のなかった装着者であったが、クロエの戦闘技術は完成されていた。瑞穂や明野の域にいる達人だ。
クロエの出身国、アメリアの石鎧の性能も惑星の頂点に達している。助力してくれるのであれば、実に頼もしい。
「そうかっ! ルカの言っていた援軍は、クロエか」
ルカの外交力には恐れ入る。内縁軍が国外に助力を請うのは後々問題となりそうで不安であるが、現在進行形で助けられている俺が思う心配事ではない。
『火星人がァッ!? 何だよ、反則ばっかり持ち出して!!』
物事がうまくいかないためか、アルヴは通信機越しに吠える。
ただし、吠える以上の事はしていない。図太いアルヴ製石鎧は不動を貫いている。機動兵器らしい戦い方を一切行わない奴に、不正を嘆く権利はない。
そして、銀杭の投射装置でしかないのなら、図太いアルヴ製石鎧はここで倒してしまう。
脚部に絡み付いていた刃の根からようやく脱出できたので、グレイヴストーンの庇護下から勇み出て、ハンドガンを数発放つ。
弾は……見えない壁にぶつかって、明後日の方向に跳んで行った。あれ?
『紙屋、見えない壁があるから正面からは無駄だ。今から解析映像をデータリンクする』
ぎこちない動きをしながらも、まだ立ち続けている赤備がトリックを教えてくれる。
解析画像から分かる不可視の壁の範囲は、アルヴ製石鎧の前方のみ。回り込めばどうにかなるだろう。
『許さないぞッ、火星人。お遊びのつもりだったのに、僕を本気にさせたなッ!』
アルヴ製石鎧は、両肩の発射口を解放する。また銀杭を追加するのだろうと注意していると、両肩だけではなく、スカートアーマーも縦に割れて弾頭を晒した。これまで使用されていなかった部位が次々と割れていく。
『ヴォルペンティンガー三号機に、妖精の角を使わせたなッ』
図太いアルヴ製石鎧は、全身がハードポイントと化していた。
肘を延長した部位からも、左右の腰からも、胸の隙間からも、指先も、活性化を開始した弾頭が頭を覗かせている。恐らく、石鎧の背面にも発射口は存在するだろう。
変化は体の各所だけに留まらない。赤いバイザーと長耳の中間地点、額に位置する部分からは銀色の突起が伸びている。まるで、動物の角のようだ。一本から先が分化していくので植物かもしれない。
正体は不明。アンテナなんていう単純な答えではなさそうだ。
何のための装備かは分からないが、銀の角は発光を開始していた。
「ともかく?? 兎に角はないだろうに」
角の正体は不明のままである。が、弾頭の巣窟と化した目の前の石鎧については、正体を察する事ができた。
こいつは、戦闘機ではない。武装を運んで敵陣地を破壊する攻撃機だ。
近接戦闘を行う石鎧とは根本的な戦闘方針が異なる機体である。出身地が異なるのだ。同じ二足歩行だからといって、役割まで同じとは限らない。
『五千発のシード弾全弾発射で、全部、全部、穴だらけになってしまえぇえッ』
これまでの比ではない数の銀杭をアルヴは放つと喚く。
その間に、俺達は全員ブースト加速しており、見えない壁の死角に回り込もうとしていた。膨大な数の銀杭に襲われたら、クロエのグレイヴストーンしか生存できない。放たれる前に倒すしかなかった。
「明野先輩は右、クロエは左、俺は上か『――警告、高熱源体が上空より接近中。回避推奨』らッ!? 全機緊急散開ッ!!」
AIが新たに発生した脅威物を自動検出して、警告を宣言する。スレッド処理的に働く警告に従い、データリンクを駆使し、俺達は慌てて着弾点から回避していく。
一秒後、戦場を焦がしたのは空から差し込む剣の形をした極光だ。
雲を斬り開ける程に巨大な光の剣が俺達とアルヴとの間に分け入り、物理的に戦場を二分割していく。
『イルルット、潮時だ。退け』
『ヴォルペンティンガー二号機? 邪魔をするなよ、エトロエ!』
『退け。ネネイレ様のご要望まで、破壊しようとしたな? 重要参考人はあの模倣機体を着ている可能性があるが、どうだ?』
極光の元を辿れば、空を飛ぶ翼付きの円盤が観測された。地球に存在したという飛行機の主翼とコックピットを、円形の胴体に移植したような乗り物である。アルヴ製でまず間違いない。
『トレーラーだけ残しておくよ!』
『部隊を壊滅させておいて、妖精の角まで使うか?』
アルヴ製の輸送機は高度を急速に下げており、地上のアルヴ製石鎧を回収する意図が見受けられる。
黙って見過ごしたくはなかったが、残念ながら対空迎撃装備が賢兎にはない。ハンドガンを撃っても、気流に流されるのが落ちだろう。
当てるだけならルイズから継承した爵位権限で可能だろうが、アルヴの輸送機は豆鉄砲で落とせるような大きさではないので止めておく。
『お前がハメを外さないように監視していた。退け』
『分かったようッ。もう!』
輸送機が起す気流の乱れに俺達が煽られている間に、アルヴ製石鎧は重力を無視し、水に浮くように浮遊する。そのまま、輸送機の腹が開いて格納された。
逃げる様子は脱兎のごとくであった。あっという間に輸送機は飛び去って、空の点となってしまう。
あまり良かったとは言い難い戦況で、敵が撤退してくれたのは素直にありがたい。銀杭を打ち出すアルヴの攻撃機をむざむざと逃がしてしまったのは痛手であるが、アルヴの量産型石鎧は多数撃破できているので手打ちにしてしまおう。
「って、おーい、忘れ物……」
地面に放置されている、細身の異星の石鎧達が無言のまま空を見上げている。
仲間を置いて逃げるなんて、酷い奴等だ。




