7-10 惑星を越えた戦い
パトロクロス改は、頭から胴体までが流線型をした軽量、運動性重視の石鎧である。
改という付属語が付いている通り、原型機に対して若干の改造が成されている。魔族との戦いは混戦となるケースが多いため、胸部装甲が数センチ増強されているのだ。その分、運動性は若干損なわれたが、敵味方入り乱れる戦闘でカタログスペックを活かせる装着者は多くない。生存性を高めるための仕方がない処置であった。
よって、亀裂より奇襲を仕掛けてきた異形の石鎧相手であっても、近接戦闘で遅れを取るはずがない。
……そう思っているのはパトロクロス改だけであったが。
異形のM2オプションを装着する石兎は、実にいやらしい形状をしていた。匍匐姿勢を保つ石鎧M2には、前傾姿勢にならなければ手が届かない。
石鎧の背中は本来、装甲が最も薄い。が、石兎M2の背中には、当然のように分厚い装甲が追加されてしまっている。しかも滑らかな曲面形状をしているため、侵入角度が甘いと、刃や弾丸が傾斜に弾かれる。
一方で、石兎M2は関節の多い尻尾の先端で、パトロクロスを突き刺し可能である。しかも、尾の先端部に備わっているのはAIを機能不全に追い込むウィルス付きの棘である。マケシス製の猛毒は、軍用機でも速効で戦闘不能に追い込む。
ただし、尻尾ばかりに注意していると、パトロクロス改の脛へと大型クローが食らい付かれるが。油圧で動く大型クローは、金属を容易に切断する。
両脚の下部を失い、立てなくなるパトロクロス改が続出していた。
『形状に惑わされるな。我に続けッ!』
すべてのパトロクロス改が対抗策を見出せず、混乱し続けていた訳ではない。
隊長機らしき肩に白い一本線が走ったパトロクロス改が、短剣でサソリの尾を斬り飛ばし、平べったい胴体を踏み付けて銃弾を浴びせている。包囲網の一部に穴を開けて、部隊を外に逃そうと善戦しているのだ。
中隊標準の四十八機のパトロクロス改に対し、石兎の襲撃部隊はわずかに十機。初撃の混乱を制さなければ勝利はない。パトロクロス部隊が体勢を立て直した瞬間、ゲームオーバーとなる。
石兎M2部隊は、パトロクロス部隊の隊長機を絶対に逃がせない。
しかし、地位に恥じず、隊長機はパトロクロスの性能を引き出して敏捷に動く。運動性重視の石鎧らしく、左右から近づくサソリの爪を跳んでかわし、立ち位置を変えながら肘に仕込んでいあるカッターで反撃していた。
そんな、石鎧の潜在能力を引き出せる技量を持つ隊長機と、真正面から対峙できる者がいるとすれば、それは同じく部隊の隊長クラスの装着者だろう。
『ふふっ、ふ……大漁ですわっ! 豊漁ですわ! オレ……失礼、わたくしのっ、獲物ですわ!』
全体的には薄青で、尾の関節部のみ白く塗った石兎M2が、パトロクロス改の隊長機の進路を邪魔するように進出する。勇ましい事この上ない。
パトロクロスの運動性に、多脚の旋回性能で追いすがる石兎。ルカの石兎で間違いないだろう。
尾の先の棘が、短剣と鍔迫り合いを演じる。
『愚かなSAめ。腕二本に尾一本で勝てるものか!』
『クローを避けてから言えばどうです』
『地面にスレスレで、可動域が狭いッ!』
ルカ機の尾を力任せに押し退け、足首を狙う大型クローをすり抜ける。隊長機は両手に握る短剣を下向きに構え直すと、最速で振り下ろした。
『取ったぞッ!!』
……硬度ある短剣の切っ先が、焦げ茶の大地にヒビを生じさせる。石兎の薄青色には届いていない。
『高機動モード解除、さあ、いきますわ』
地面と平行だったはずのルカ機は、垂直に立ち上がっていた。
本物のサソリならば節足動物の気色悪い腹が見えただろうが、直立して初めて、石兎は二足歩行機動兵器としての正位置を取り戻した。
石兎の数が非対称なカメラレンズが頭部で発光する。肩から伸びる大型クローが、活きの良い生贄へと伸ばされていく。
『ご希望でしたら、降伏を認めますわよ』
『外縁軍の装着者を、見くびるなッ。変態SA』
『そう言ってくださると、信じておりましたわ!』
立ち上がったルカ機は、まず、左右のクローを突き刺す勢いで先行させ、パトロクロスの両腕を拘束する。万力のように締め上げて逃げられないようにした後、本来の石兎の手で構えていたハンドガンを乱射した。
『破壊、破壊、破壊! いい音を奏でて、装甲板を跳ね飛ばして、フレームを千切らせて!』
パトロクロス改に穴が増えるたび、ルカの声量も高まる。己の趣味にあった破壊手段に酷く喜んでいる様子だ。
隙がありそうに思えて回りが見えているのか、血祭りになっている隊長機を救おうとする新手に対処する。
ルカは、もう十分に銃弾を撃ち込んだので隊長機を投げ飛ばして返却する。敵が受け止めている間に接近、爪を閉じたクローを槍として突き出す。間合いに入り込んだ後は、ナイフでも斬り刻んだ。
ルカの操縦は実に器用だった。人体の四肢より数多い、石兎M2のマニュピレーターを正確に操っている。本数で言えば、腕二本、クローアーム二本、尻尾一本。手数の多い者が戦闘において有利なのは道理なので、ルカは爆発的に撃墜スコアを増やしていった。
ルカが暴れ続け、六機目のパトロクロスの首をもいだのが決定打となる。
『え、もう撤退ですの?』
外縁軍の指揮官階級が全員討ち取られたため、パトロクロス部隊は撤退を開始したのだ。大戦果を上げておいて、残念そうな声を出すルカは間違っている。
防衛戦をルカの部隊は制した。
ただ、ルカに釣られて部下の石兎も血気盛んに接近戦を行ったので、二機が戦闘不能、四機が中破となっている。せっかく、四倍以上のパトロクロスを追い返したというのに、たった一戦で部隊が半壊してしまっていた。装着者に死人が出ていないのは、石兎の生存重視の設計のお陰に他ならない。
『死んでないのなら、トレーラーに帰って月野にお礼を言っておきなさい』
パトロクロス部隊は撤退させたが、トレーラーの位置を特定されてしまっている。直に次の部隊が現れるだろう。補給のため、ルカは部下を引き連れてトレーラーまで後退する。
……ただし、後退は叶わない。ルカの予想よりも次の敵部隊の到着は早いものであった。
到着が早いだけであれば、敵の有能を称えれば済む話であったが……、次の部隊は現れた高度が問題であった。
賢兎に劣る石兎の環境センサーが真上方向の敵群を捉えられたのは、本日の天気が快晴だったからに過ぎない。お陰で、ルカ達は空を見上げて、感想を述べるだけの時間が稼げてしまう。
『――ハ、まさに天の恵みですわ。晴れ時々、宇宙人ですわよ。皆さん』
光学映像ではまだ点でしかない機影は、特徴がはっきりとしない。ただ、単独で大気圏を突入できる石鎧はこの惑星では製造されていない。出現方法だけで、ルカは次の相手がアルヴと察する事ができた。
集団が、落下傘も開かず、上空から降下している。
機体数は三十強と、先程のパトロクロス部隊よりも少なめであるが、不満を覚える必要性はない。未知数の性能を持つ敵との連戦に、ルカは旨そうに唾を飲み込んだ。
『良くって、皆さん。奈国の先鋒を務める幸運と、初めて宇宙兵器をバラせる幸運に体が痺れていなければ、わたくしに続きなさいな』
予想降下地点を算出し、サソリへと変形したルカ機は高速走行を開始する。動ける石兎はすべてルカへと続いた。
部下の士気を高める言葉を通信し終えたルカは、無線を封鎖してから、小さく呟く。
『不味いですわね……。宇宙人の一部がトレーラーに到着してしまいますけど、直援の小隊だけで大丈夫かしら』
現在位置とトレーラーの中間地点が戦場となる予測を石兎AIは出力していたが、同時に、アルヴの別働隊がトレーラーに到着するとも計算されている。
『このッ! 親衛隊をッ、赤備をッ、先進的石鎧運用中隊の隊長たる私をッ! 舐め――ああっ!?』
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“石鎧名称:赤備
製造元:金時社
スペック:
高さ二・七メートルのやや胴長な石鎧。
親衛隊らしくハイスペックな石鎧であるが、尖った性能を持たないため意外にも操作性は良いとされる。
標準武装は腰にマウントしている長刀と、小回りを優先したショートバレルなライフル。手の付け根には固定式のサブマシンガンが備わっている。
過去に軍学校の卒業試験トーナメントで優勝を果たした石鎧の発展型であり、親衛隊に夢見る装着者だけでなくメーカーからも羨望せんぼうの的となっている。
実験的な機能も搭載されており、一例として、音声認識で半自律動作する機体も存在する”
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赤色のバイザーが特徴の顔を持つ細身の機体へと、赤備を駆る明野は長刀で斬りかかる。
上半身と下半身の間にある関節部が細く、両断し易く思えたので刀身を走らせたのだが……対石鎧用の長刀は見えない腕に掴まれたかのごとく、空中で止められてしまう。
刀に固執している間に反撃を受けた赤備は、やはり見えない何かに押されてトレーラーの荷台に突っ込んだ。
衛星軌道より降下したアルヴと、一台のトレーラーに納まる奈国の反アルヴ部隊との戦端は既に開かれていた。
太陽系史上、初めて行われる異星の機動兵器同士の戦いは、未知の力を解析できていない石鎧側の方が劣勢だ。
『くぅぅ、銃も弾かれる。刀も駄目。トリックはなんだ??』
明野が苦戦している相手は、細い。機体の中央に、装着者がぎりぎり入れる円柱部位が見えてしまっている。肩部が大きいため、全体的には逆三角形に見えた。
この細身の機体を、アルヴ等はアンテロープと呼称される。
アンテロープの各所に備わる機能が一度大きく発光し、光を失っていく。
衝撃から立ち上がれていない赤備への留めと、アンテロープは肩に内蔵される光学兵器にエネルギーを集束される。
『あー、待って待って。ネネイレの頼み事があるから、車ごと壊すのは禁止』
後方に控えている太いシルエットの司令官機が、アンテロープの追撃を中断させる。赤備を着る明野と背後のトレーラーの医務室にいる少女は、レーザー照射を浴びずに済む。
司令官機は特別、明野達に慈悲を掛けた訳でなかったが。
『その赤いのだけなら、壊しても良いけど。耳がないし!』
司令官機は、アンテロープとは対照的に重い爆装が施されていた。オプションが未装備状態であれば、アンテロープと体付きはあまり変わらないはずだったが、全体的に装備過剰だ。
司令官機は、アルヴの中でも特別な地位にいる者にしか与えられない。汎用機に過ぎないアンテロープが兵士であれば、ヴォルペンティンガーと呼称される司令官機は広域制圧を目的とする軍艦であった。
『君もさ。せっかく戦うなら、もっと頑張ってみたらどうなの? 僕を楽しませないのは重罪だから』
ヴォルペンティンガーの三号機を動かすのは、アルヴ火星派遣軍の序列三位、イルルットという名の赤毛の少年だ。アルヴらしくない快楽主義者であるが、頭脳はアルヴの中でも秀でている。
知的なイルルットは、遅れた文明、火星の原住民を生物として見る事ができずにいる。気分次第で殺戮を働く事は、十分に考えられた。




